医科2025.01.25 講演
発達障害はCommon Disease?
~発達障害対応のキホンから外来診療のリアルまで~
[診内研より554] (2025年1月25日)
安房地域医療センター 小児科部長 市河 茂樹先生講演
発達障害はCommon Disease?
発達障害とは、医学的にはDSM-5-TRの神経発達症(Neurodevelopmental Disorders)のことで、六つの疾患が含まれます。本日は、知的障害(Intellectual Developmental Disorders)、自閉症スペクトラム(Autism Spectrum Disorder)、注意欠如多動症(Attention Deficit/Hyperactivity Disorder)を中心に考えていきましょう。今や発達障害は社会にも広く認知され、有病率も5-10%と高く、標準的な対応や有効な薬物治療が存在するCommon Disease(ありふれた病気)となりつつあります。これからの医療者は発達障害の知識を持ち、対応することが求められていくでしょう。
発達障害の大原則は、1)脳機能に起因する個人の特性であり、2)生まれつきと言えるくらい発達早期に発症し、3)特性の強い人から弱い人まで連続的に存在(スペクトラム=連続帯)し、4)その特性のために社会的に問題を生じていることです。発達障害を診療するときは、親の育て方や本人の努力不足ではなく「脳機能」の問題と捉えて接することが大切です。
発達障害には「人類の多様性(neurodiversity)」という側面があり、必ずしも医療の介入が必要とは限りません。しかし、「脳の特性」のために失敗体験が重なり、周囲の叱責を受け続けると、精神疾患(うつ・不安等)や反社会的行動などの二次障害につながるリスクがあります。
発達障害診療では、早期発見・早期介入で二次障害を防止することが重要であり、その目的で5歳児健診が始まろうとしています。
発達障害の診断をめぐる問題
最近では、家族が診断基準をチェックして「ADHDだから薬をください」と受診することがあります。抗ADHD薬は、ADHDの中核症状(多動・衝動・不注意)を減らすだけでなく、社会適応機能の改善や成人後の精神合併症の減少が証明されており、非常に強力な治療手段の一つです。しかし、「多動・衝動・不注意」を来す疾患はADHDだけではありません。例えばアトピー性皮膚炎や睡眠障害でも「多動・衝動・不注意」が目立ちますし、自閉症スペクトラムも幼少期は多動のことがあります。仮に診断基準を満たしても、診断には身体疾患や不適切な養育、他の発達障害や精神疾患を除外しなければいけません。同時に、診断基準を満たさなくても発達障害に合致する「脳の特性」を持っているなら、グレーゾーンとして発達障害に準じた対応が望まれます。
発達障害を診察するために知ってほしいこと
自閉症スペクトラムは「社会的コミュニケーションおよび相互関係における持続的障害=空気が読めず、コミュニケーションが苦手」と「限局された反復する様式の行動・興味・活動=こだわり」を主症状とする発達障害です。他の特性として、思い込みが激しい(想像力の障害)ことや見通しを立てられない、聴覚や触覚などの感覚過敏/鈍麻もあります。ASDの臨床像は幅広く、「自閉症は100人診ないと分からない」と言われています。発達障害の子どもは、診察や処置に激しく抵抗します。それは上記のような特性に起因するもので、彼らなりの理由がありますから、無理に押さえつけて診察をするのではなく、表・図のような工夫をしてみましょう。もちろん、万能の方法はありませんが、嫌な体験を最小限にして徐々に慣れてもらうようにしてください。また、こうした工夫は発達障害の有無に関わらず、すべての子どもに対して有効です。
見逃してはいけない知的障害
知的障害も発達障害の一つで、軽度から最重度まで4段階に分類されています。軽度知的障害とは、知能(全検査IQ)の目安が50-70の子どもたちですが、日常会話は円滑で少し話したくらいでは分かりません。
軽度知的障害の子どもはまじめで一生懸命でも、適切なサポート下での成長は知的障害がない子どもの2分の1~3分の1、最終的な学力も小学校3~6年生と言われています。そのため、努力してもうまく行かない経験が積み重なり、抑うつや不安、ときには性被害や犯罪に利用されるなどの二次障害を来すリスクがあります。
逆に、家族や支援者が本人をよく理解して、年齢よりも発達段階に応じた課題を設定しながら育てると社会生活に困らない学力を獲得できます。また本人の社会適応能力に応じて、自分の力で、あるいは福祉の力を借りながら安定した幸せな生活を送ることも可能です。軽度知的障害は早期発見・介入で子どもの人生を変えることができるので、見逃さないようにしましょう。
発達障害の子どもに一番必要なことは
発達障害診療の目標は、自分の特性を正しく理解・受容し、制御して生きられるようになることです。それまでには、思春期や家族関係の変化、自立など様々な危機があります。発達障害の子どもに一番必要なことは、発達障害の専門的知識や薬物ではなく、子どもをありのまま受け入れて、一緒に悩んだり叱ったりして継続的にサポートしてくれる存在です。多くの場合、それは家族ですから、私たち医療者は子どもと家族の絆を最優先にして10年・20年という期間で発達障害の子どもに向き合っていくことが求められています。
(1月25日、第617回診療内容向上研究会より)
表 発達障害の子どもを診察するときの工夫
図 発達障害の子どもの診察・処置は子どもの特性に応じた工夫を