歯科2011.06.05 講演
「保険でより良い歯科医療を」兵庫連絡会市民シンポジウム「みんなが知らないタバコの害-歯科からの発信」(4月17日)
明らかになったタバコの正体と新しいニコチン依存症治療
長田区・福井クリニック院長 福井 俊彦先生講演
タバコ規制は本格化したが肺がん減少せず
2003年に「WHO世界たばこ規制枠組み条約(FCTC)」が発足し、それまでタバコ産業に妨害され遅々として進まなかったタバコ規制が本格化しました。この条約は2010年4月27日現在、世界172カ国が批准しています。また米国は、独自にタバコ規制を強力に進めています。
米国では1964年のSurgeon General’s Reportで、すでに紙巻きタバコの健康被害が警告されておりました。これによって、一定の喫煙者の減少が起こりました。
しかし、タバコの健康への影響を知ったタバコ会社は、1950年代から低タール、低ニコチンの商品の開発を進めてきました。このような商品は、肺がんを減少させる効果が見込まれるとされていたためです。
実際は、ライト、マイルドなどのネーミングがなされた商品が出現してからも、決して肺がんは減少することはありませんでした。それは、喫煙者が吸い方を変化させ、深く吸い込み、また消費量も増えたからです。以前多かった肺扁平上皮癌より、最近は末梢型肺腺癌が急増しています。
タバコには様々な添加物が加えられ、より依存性が高められたため、タバコ会社は売り上げを増やすことができました。タバコに加えられている添加物の種類は、600種にのぼります。
例えば、プロジェクトステルスは、タバコの煙の視認性を悪くし、臭いをごまかすために行われました。アンモニアテクノロジーでは、煙のPhを変化させて依存性をコントロールできるようになりました。
このような、タバコ会社のとどまることのない商品開発によって、ますますタバコの毒性は高まっていったのです。タバコの煙には、実に7000種類の化合物が含まれ、そのうち69種類は発がん物質です(図1)。
受動喫煙による健康被害
喫煙者の健康だけではなく、周囲の人が吸う二次喫煙、すなわち受動喫煙によっても、健康被害が起こることが明らかになっています。WHOによると、世界で毎年540万人がタバコによって死亡し、そのうち60万3千人は受動喫煙による死亡であると報告しています。
また、わが国の厚労省も、受動喫煙による死亡者が年間6千8百人にのぼることを報告しており、特に女性の死亡は男性の倍です。男女とも、職場における受動喫煙による死亡についても言及しています。
2006年のSurgeon General’s Reportでは、「タバコ煙に安全なレベルは存在しない」ことが報告されました。ほんの少しでもタバコの煙を吸い込むと、その瞬間、血管が障害され、DNAが損傷を受けることが明らかになったからです。
また、受動喫煙の害を否定する論文のほとんどが、タバコ会社の献金を受けていたことも明らかになりました。
アメリカの新タバコ規制法 完全禁煙のみが有効
2009年オバマ政権は、新タバコ規制法を実施しました。タバコの添加物を禁止し、パッケージに画像警告を入れ、タバコ会社の広告活動、社会活動を禁止する内容です。
また、タバコ会社に対し、FDA(アメリカ食品薬品管理局)がタバコの成分を開示させることができるようになりました。
2010年のSurgeon General’s Report(図2)は、決してタバコの存在を許すものではなく、タバコのない世界を実現するための決意が現れています。アメリカ全国民に対し、タバコの正体を明らかにし、その身体に対する影響を強く警告しています。医療従事者向けのパンフレットも出され、患者に禁煙を奨めるよう促しています。
そして科学者向けには、実に700ページにのぼるフルテキストが提供されており、数千の文献に基づいて現在までに明らかになったタバコの情報が公開されています。これによって、現在では日本にいるわれわれでさえも、タバコの情報を得ることができるようになったのです。
タバコに含まれている有害物質として、公開されたものを挙げてみると、発がん物質としてホルムアルデヒド、ベンゼン、ポロニウム210、ビニールクロライド、毒性のある金属としてクロム、 ヒ素、 鉛、カドミウム、毒ガスとして一酸化炭素、シアン化水素、アンモニア、ブタン、 トルエンなどです。
このレポートで述べられているタバコによる疾患を挙げてみると、ありとあらゆる部位の癌、心筋梗塞、脳梗塞、大動脈瘤、乳幼児突然死症候群、不妊、喘息、肺気腫などです。タバコが存在しなければ癌の3分の1はなくなるとされます。
スコットランド、イングランド、イタリア、カナダなど屋内喫煙を禁止した国々では、心筋梗塞が17%程度減少したことが報告されており、しかも非喫煙者の入院が減少することが明らかになっています。これは、受動喫煙による心筋梗塞がいかに多いかということです。またカナダでは、肺疾患による入院が30%以上減少したことが報告されています。
喫煙者は、決して人が存在する場所でタバコを吸ってはいけないということです。喫煙規制は、職場や公共施設のみでは効果が少ないことが、カナダの例で明らかになっています。レストラン、バーなどを禁煙にした段階から、急に効果が出たのです。
わが国ではタバコ会社の思うつぼの状態で、まさに喫煙天国です。いや、喫煙地獄でしょう。「タバコを吸う人と、吸わない人の共存」とか、「分煙社会」といったタバコ会社が提案した概念でごまかされている状況です。各国の成果をみれば、完全禁煙のみが有効なのは明らかです。
わが国のように、タバコ会社が健康政策を妨害する状況を打開するために始まったのが、まさにWHO世界タバコ規制枠組み条約(FCTC)であり、今回のアメリカのタバコ規制法なのです。
良好な成績の禁煙外来
このように、今や世界全体、人類が一丸となって、健康と人生を守るためにタバコの撲滅に立ち向かっています。
一方で、タバコを吸う習慣そのものがニコチン依存症という精神病であることから、現在は、脳内でニコチンが作用する部位に働く内服薬を使った禁煙外来が良好な成績を収めています。日本政府もFCTCを批准しておりますので、この治療は保険適応です。
ニコチンは脳内報酬回路に作用して、快感物質ドパミンを放出させます。これが依存性の本質です(図3)。現在の禁煙外来では、主にニコチン受容体をブロックするバレニクリンという薬剤を用いて治療します。この治療では、約85%と成功率が高く、それまでのニコチン代替療法(ニコチンガム、ニコチンパッチ)の20%程度の成功率とは比較にならないほどです。
禁煙外来に来られる患者さんは、タバコが麻薬であることを実感している方々です。どうしてもやめることができない、逃れることができないことを苦痛に思って受診されます。禁煙を希望される方は、治療を受ける時代です。ぜひ、禁煙外来を利用してください。
まとめ
最後に、市民シンポジウムで話した内容のポイントをまとめてみます。
▽タバコは、依存性を高めるようにデザインされた(2010SGR)。
▽タバコ煙には7,000種の化学物質、70種の発がん物質が含まれる(2010SGR)。
▽タバコ煙に、安全なレベルは存在しない(2006SGR)。
▽タバコは、世界で年間540万人を殺している。60万3千人は、吸わない人の死である(WHO)。
▽タバコをなくせば、がんの3分の1を減らせる(2010SGR)。
▽タバコ規制は、ほぼすべての国が取り組んでいる(WHO FCTC批准 172カ国+アメリカ)。
▽専門外来では85%以上の禁煙成功率(厚労省)。