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学術・研究

歯科2012.02.05 講演

歯科定例研究科より 自家歯牙移植とその周辺 ―歯根膜の活用で臨床をかえる―

東京都国立市開業 下地 勲先生講演

講演主旨

 歯科において、歯根膜ほど身近で重要な組織はないと思われ、すでに膨大な量の基礎研究が発表されている。しかし、臨床の中で歯根膜が実際にどのような役割を果たしているのか、さらには治療の中の様々な局面で具体的に歯根膜をどう活用すればよいのかを包括的に示した報告はほとんど存在しない。
 歯根膜を最大限に活用する治療が自家歯牙移植であるが、移植以外にもエンド、ペリオ、穿孔など臨床全般に及ぶ歯根膜の活用例について、理論背景と結びつけて述べたい。
 近年、GTR、EMD、GBR、PRP、FGF-2など、また、新たな歯胚形成の可能性など、いわゆる再生療法への期待は高まるばかりである。
 しかし、今回は特別な手段あるいは材料などを利用するのではなく、すでに存在する生体の組織である歯根膜のもつ機能をいかに最大限に引き出し、臨床効果をあげるのかについて取り上げたい。歯根膜の再生機能を中心に多くの症例を通して解説し、歯根膜が予想以上に優れた生物学的特性を有する組織であることを先生方に実感していただき、天然歯保存の意義の再認識につながればと思う。
 確かに、最近のインプラントの普及はめざましいものがあり、当医院でも導入以来18年たつが、(対合歯、隣在歯など顎口腔全体に及ぼす影響は別にして)インプラント自体の失敗例を経験していないほど信頼性は高い。
 一方で、その影響もあってか、歯牙保全のための努力が、以前に比べて薄れていく傾向がみられることは誠に残念である。
 このことは、内外の臨床誌上および講演会でも強く感じられ、また日常臨床においても、努力すれば十分に保存できるケースが安易に抜歯と診断され、インプラントもしくは他の処置をすすめられたとSecond opinionを求める患者さんが急増している現実からも感じられる。さらには臨床雑誌等に掲載される講演会、講習会の案内もインプラント関連が圧倒的に多く、天然歯の保存療法をめざした内容はほとんど見られないのが現状であり、今後の歯科医療の動向はこのままでいいのだろうかと不安を覚える。
 症例の選択にあたっては、歯科臨床における個々の処置の妥当性は長期的な予後がどうかにかかっていることから、短期経過症例は取り上げず、原則として15年以上経過したケースをもとに述べた。

主な項目
 以下のような項目を中心に述べた。
1.簡単に歯を抜かないで
 他の医院で抜歯と診断され、当院へSecond opinionを求めて来院したケースを中心に、長期保存した多くの症例を提示した。これらのケースで、安易に"抜歯"と診断された理由は以下の通りである。
 (1)歯肉縁下カリエス
 (2)歯冠・歯根破折
 (3)動揺や腫脹の大きい歯周炎罹患歯
 (4)穿孔(髄床底、根管)
 (5)持続的な強い疼痛を伴う難治性の根尖性歯周炎
 (6)重度の分岐部病変と誤診されやすいエンド由来の病変(特にX線写真で透化像が大きい場合)

2.インプラントの評価
 他の医院で抜歯と診断され、当院へインプラント植立を覚悟して来院される方は少なくないが、その歯が抜歯ではなく保存されることが多く、インプラントが植立されることは少ない。
 当院ではインプラントを否定するのではなく、(1)危うくなった天然歯を助けるためのインプラント、(2)必要最小限度のインプラントの本数で行うのが、私の基本姿勢である。

3.歯根膜に関する必要な基礎領域の知見
 特に、歯根膜の発生に関して解説を行った。臨床における治癒は発生の過程で起きることから、それを深く理解することなしに治癒のメカ二ズムは理解できないからである。
 その中で、歯根膜を含む歯周組織および歯髄などエナメル質以外の組織は第4の胚葉とも呼ばれる頭部神経堤細胞から派生する外胚葉性間葉由来であり、再生、恒常性維持、感覚機能など優れた生物学的特性を有する組織であることを長期症例を通して詳述した。この発生の過程を、歯周病の生じた歯根面に再現させる目的で開発されたのが、EMDのエムドゲインであることについてもふれた。
(1) 歯根膜の再生機能については自家歯牙移植の例を中心に、移植以外では以下のケースで提示した。
 (1)エンド由来疑似歯周炎罹患歯
 (2)隣在歯周炎罹患歯の影響
 (3)咬合性外傷
 (4)外科的歯内療法(歯根端切除、意図的再植)
 (5)穿孔
(2) 歯根膜の恒常性維持機能については、侵襲なしに自然治癒力を促すことで骨を含む歯周組織を改善、すなわち、歯根(セメント質)、歯根膜、固有歯槽骨が三位一体で移動することを活用することによる効果を述べた。
 具体的には、矯正力による移動、外科的挺出による骨の増加、さらには自然移動、挺出による骨の増加などの実例を、多数提示した。この機能は、自然界における、太陽熱、風力、水力などの自然エネルギーの活用に似ていることも10数年前から述べていたが、今回は震災後でもあり、特に強調した。
(3) 歯根膜の感覚機能については、機械感覚を司るルフィニ終末の機能を取り上げ、その効果として、インプラントには存在しえない過大または破壊的な咀嚼力から歯を守るセンサーとしての役割を、長期症例を通して提示した。

自家歯牙移植のインプラントより有利な点
1.歯根膜の存在による利点
 先述した再生、恒常性維持、感覚機能を活用できる。

2.抜歯直後の方がむしろ容易に、かつ確実に行えること
 抜歯直後のインプラントは、GBRなど特別の処置を伴うことが多い。

3.若年者にも適用しやすい
 移植歯は歯根膜があるゆえに顎骨の成長に伴って移動するが、インプラントは移動しないため、低位咬合、前歯部では審美障害も生じる。

4.7番1歯欠損への適用が有利
 最後方臼歯は障害、咬合干渉も多く、かつ感覚機能の存続が望まれることから、感覚機能を有する移植歯が有利。また、インプラントにすると、顎堤が狭いため頬舌(口蓋)径の狭い補綴物になりやすく、長期的清掃が困難になりやすい。

5.軟組織との付着が強い
 インプラントには天然歯と違い、結合組織性付着はもちろん、上皮性付着も存在しない。
 本稿は、「歯根膜による再生治療」(下地勲著、医歯薬出版刊、2009年)に沿っている。詳細は参照願いたい。

症例図説;歯根膜の再生機能、16歳、女性
(図1)頬側歯槽骨はほとんど削られ、付着歯肉はゼロの左下7に反対側の埋伏智歯の移植を依頼された。
(図2)右下8の半埋伏である歯根未完成歯を移植。付着歯肉を含む歯周組織の再生が起きた。歯髄診断は正常値。
(図3)歯髄治癒を示す歯髄腔消失(PCO)と、十分な歯根成長がみられる。 1677_03.jpg
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