歯科2012.03.05 講演
保険診療のてびき ―652― スポーツ外傷におけるマウスガードの役割
大阪大学大学院歯学研究科顎口腔機能
再建学講座 歯科補綴学第二教室教授 前田 芳信先生講演
はじめに
スポーツを安全に、かつ、安心して行うことができれば、最大のパフォーマンスが期待できる。そのためには、可能な限りの安全対策を講じることが大切となる。
今回は、スポーツ時に発生する歯や口腔領域における外傷の予防の立場から、マウスガードの役割を中心に、Q&A形式でまとめてみた。
歯や口腔領域におけるスポーツ外傷の頻度
2005年度の調査によれば、顎口腔領域における外傷のなかでスポーツ外傷は約21%を占めており、交通事故による外傷がシートベルトやエアーバッグという予防策により、その割合が減るなかで、逆に増える傾向にある。
Q どのようなスポーツで、外傷は多いのか?
A わが国においては、野球、ラグビー、バスケット、スキー、格闘技、サッカーなどで発生頻度が高く、やはり他の選手と接触する、いわゆるコンタクトスポーツで生じることが多いことが分かる。
Q どんなところを、ケガすることが多いのか?
A 上顎では6前歯の損傷が、下顎では正中、顎角部、関節部での骨折が多い。
Q どのような人に、ケガが多いのか?
A スポーツ歯科外傷のリスクファクターは、外因性と内因性に大別される。外因性としては、コンタクトするスポーツか否か、動きの速さや激しさ、器具(ラケット、スティック)を使用するか否か、防具を使用するか否か、活動頻度、選手のレベルがあげられる。
ここで注意すべきは、選手のレベルが低い方が、また練習中の方が外傷が発生しやすいことである。
選手個人に関わる内因性のものとしては、歯列不正(前歯部の転位、被蓋の大きさ)、埋伏歯などがある場合に外傷のリスクは高くなる。
マウスガードの効果
Q マウスガードに、どのような効果が期待できるか?
A マウスガードを使用することにより、期待される効果としては、(1)外傷を予防または軽減できる、(2)脳震盪を軽減できる、(3)身体のバランスを改善できる場合がある、が考えられている。
(1)に関しては、従来から経験的にその効果が論じられてきているが、その科学的根拠を示した研究は少ない。日本スポーツ歯科医学会では、倫理的な観点を十分に考慮した共通のアンケートフォーマットを用いた、学会員による大規模疫学調査を継続しているが、現在まで(2011年末)の集計結果(約800人の結果)、マウスガードの使用時間が長いほど、外傷の発生頻度が統計的に有意に低下することが示されている。
(2)に関しては、直接的な科学的根拠が示されていないが、脳震盪により重大な事故が発生したボクシングにおいて、マウスガードが最初に義務化されたこと、それ以来事例が減少したことを考えると、その軽減効果を期待しても間違いではないと考えられる。
(3)については、適正な咬合、顎位は静的なバランスにつながることが報告されており、マウスガードにおいてもその効果は期待できる。しかしながら、マウスガードを用いることでパフォーマンスが向上することを過剰に謳うことは、ドーピングにもつながることであり、慎むべきであろう。
マウスガードの選び方
Q どのようなマウスガードがいいのか?
A マウスガードには、スポーツ用品店で市販されているストックタイプ(まったく成形性のないもの)、マウスフォームドタイプ(お湯で軟化し口の中で成形するものなど)、カスタムメイドタイプ(歯科医院で印象し、模型上で個人に合わせて製作するもの)がある。
マウスガードにおいても、「適合、外形、咬合」がポイントであり、これらいずれの点でもカスタムメイドタイプが最も優れており、外傷の予防効果も高い。
Q マウスガードが使われない理由は?
A マウスガードを製作しても、使わなくなる場合が多いとされている。その理由には、「異物感がある」「呼吸しにくい。しゃべりにくい」が多い。「異物感」の解消については慣れが必要であるが、「呼吸しにくい。しゃべりにくい」については、噛んでいないと落ちてくる適合の悪いマウスガードを使用した場合に出てくるクレームである。
これらの問題は、適合の良いカスタムメイド・マウスガードに適切なデザインを与えることで解消できることが、多くの研究によって証明されている。
Q マウスガードの基本デザインは?
A 図1はマウスガードの基本デザインで、上顎に製作し、唇側、頬側は骨の最大豊隆部を越えたところ、口蓋側は歯頸部に外形線を設定する。後縁は第一大臼歯の遠心とするが、異物感を生じなければさらに後方まで伸ばすことも可である。
前歯部の厚みに関しては、現在の一般的なマウスガードの材料であるEVA(エチレン酢酸ビニルアセテート)では3㎜あればよい。これは、EVAでは厚みが3㎜以上になっても、その衝撃吸収効果があまり変化しないからである。
マウスガードの使用法
Q マウスガードの使用方法は?
A マウスガードの衝撃吸収効果を発揮するためには、必ずしも噛みしめる必要がない。図2に示した津川の研究結果からも、人間の頭部には咬合接触による干渉機構という衝撃に対する防御機構がすでに存在している。
そのため、マウスガードを装着した場合でも、対合歯を軽く合わせた状態であっても、天然歯同士で強く噛みしめた状態とほぼ同じ程度の衝撃吸収効果が期待できる。
Q マウスガードを使用する前には、口腔清掃が必要か?
A スポーツ選手は、スポーツドリンクで水分補給をしていることが多い。スポーツドリンクの中には、糖分が多く含まれている場合があり、口腔清掃がよくないと齲蝕の原因となりやすい。
したがって、マウスガードの提供ばかりでなく、口腔清掃の指導も忘れてはならない。
Q マウスガードの手入れは?保管は?
A すばやく除菌できるマウスガード専用のスプレーも利用できるが、基本的には十分に水洗いして、高温にならないところに乾燥状態で保管することが望ましい。
Q マウスガードの耐久性は?
A マウスガードの耐久性は使用頻度によって異なるが、通常ワンシーズンとしている。適合性が低下して使用時に脱離したり、咬合面に亀裂が入っている場合には再製が必要となる。
(1月21日神戸支部研究会より。中見出しは編集部)
図1
図2 生体の防御機構とマウスガード