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学術・研究

歯科2012.04.05 講演

歯科定例研究会より どう見極める?歯科材料の新しい知識 ―義歯床用レジン、口腔保湿剤他―

福岡県飯塚市・医療法人康和会理事
廣瀬 知二先生講演

はじめに
 歯科雑誌には、毎号のように新しい材料が紹介されている。ところが、使ってみたら期待外れだった、とんでもなかった、そんな経験をお持ちではないだろうか。
 今回は、歯科理工学の教科書には載っていない、ノンクラスプデンチャー材料、口腔保湿剤、義歯安定剤についてのトピックスを紹介する。
1.ノンクラスプデンチャー材料
 義歯の維持装置として、金属のクラスプを使用しない、いわゆるノンクラスプデンチャーに対して関連学会の見解は肯定的ではない。しかしながら、審美的要求から、徐々に普及し、種々の新しい材料も開発されている。
1)分類
 現在、薬事認可を受けている製品は、その素材からポリアミド系樹脂、ポリカーボネート系樹脂、ポリエステル系樹脂、アクリル系樹脂に分類される。代表的な製品の曲げ試験による応力―ひずみ曲線を示す(図1)。
 応力の増加にともない加熱重合型床用レジン(アクロン)がひずみ、4%以下で破折し脆性材料の特徴を示すのに対して、ノンクラスプデンチャー材料はいずれも小さい応力で大きくたわみ、また、たわんでも破折しない靭性材料の特性を示している。
2)各樹脂の特徴
(1)ポリアミド系樹脂(バルプラスト、ルシトーンFRS他)
 1956年、バルプラスト社がナイロンの一種から、義歯用材料を開発したことにはじまる、最も歴史があり、普及度も高いノンクラスプデンチャー用材料である。
 軽量で柔軟性があるのが利点であるが、即時重合レジンとは接着しない。
(2)ポリカーボネート系樹脂(レイニング樹脂、ジェットカーボ)
 ポリカーボネートは耐衝撃性が高いことを特徴とする熱可塑性樹脂である。
 既成のテンポラリークラウンに使用されている樹脂と同じ素材であるので、即時重合レジンによる修理は可能である。
(3)ポリエステル系樹脂(エステショット)
 ペットボトルにも使用されている、ポリエチレンテレフタレートを素材としている。
 即時重合レジンとの接着力が高い。曲げ強さ、曲げ弾性係数はISOの要求値を満たし、床用材料としても安定した曲げ特性を有している。
(4)アクリル系樹脂(アクリトーン)
 アクリル樹脂は、義歯床用材料として70年以上使用されているが、ノンクラスプデンチャー材料としては最近開発されたものである。今後、臨床での評価が待たれる。
 即時重合レジンによる修理やリベースが可能である。
2.口腔保湿剤
 口腔乾燥症の治療は、「原因療法」が基本であるが、原因を取り除くことが困難な場合が多く、症状を緩和する「対症療法」が重要となる。対症療法として、口腔保湿剤(以下、保湿剤と略す)が有効であることが少なくない。
 また、最近は口腔ケアに使用するアイテムとしても注目されている。
1)薬事法での位置づけ
 医薬部外品の許可を取得し、効能・効果を明示した保湿剤も一部あるが、ほとんどの製品は薬事法の分類で化粧品に相当するもの、あるいは食品、清涼飲料水として販売されている。そのため具体的な効能、効果の表示は制限されている。
2)種類と成分
 保湿剤は、剤形から液状のリキッドタイプと、粘性を持ったジェルタイプとに分類される(図2)1)
 多くのメーカーが、リキッドタイプは口腔に直接噴霧する方法や洗口薬と同様な使用を、ジェルタイプについては口腔粘膜に塗布しての使用を推奨している。
 諸成分は製品により様々であるが、基本的に保湿成分(グリセリン、ヒアルロン酸等)と水、そして、甘味料・香料、抗菌物質などの補助成分から構成されている。
3)使い分け
 リキッドタイプは口腔内で広がりやすく、また使用後の違和感も少ないので、患者自身が手軽に乾燥感を除去できる利点がある。
 自己管理が困難な場合や嚥下機能に問題がある場合は、誤嚥を防ぐため、看護・介護者によるジェルタイプの使用が望ましい。その際、古い保湿剤は微生物繁殖の温床となるため、前回塗布した保湿剤が残ったままで、さらに重ねて塗布しないよう注意が必要である。
3.義歯安定剤
 国内における義歯安定剤の販売総額は、2007年に年間118億円に達しており、多くの患者が義歯安定剤を使用していることがうかがえる。
1)分類
 義歯安定剤は、作用機序から主として粘着作用により義歯と顎堤粘膜を維持させようとする義歯粘着剤と、義歯粘膜面と顎堤粘膜間の隙間を埋めて密着作用を高めようとするホームリライナーに分類される(図3)。どちらも義歯安定剤として扱われているが、剤形、成分、物性が大きく異なる。
2)効果
 義歯安定剤の使用により、義歯の維持力が向上することが、実験的、臨床的に認められており、とくに口腔乾燥症や、顎堤の状態が悪く唾液量が少ない場合には、ある程度の効果が期待できる。
 また、嘔吐反射が強く、望ましい床外形が付与できない場合には、補助的に使用すると有効である。
3)不適切な使用による悪影響
 まず問題となるのは、顎堤吸収である。特にホームリライナーの場合、患者自身が裏装操作を行うため、不均一な圧が顎堤粘膜に加わり、顎堤粘膜の吸収を促進する可能性がある。
 また、義歯安定剤の厚さが咬合拳上や中心咬合位の偏位を招き、粘膜の肥厚や炎症を起こす場合がある。
 第3の問題は、衛生面での懸念である。義歯粘着剤は、義歯を取り外す際に一部が粘膜上に粘着残存し、そのため不衛生になりやすく、粘膜に炎症を起こす場合がある。また、ホームリライナーは口腔内で経時的に材質が劣化して、表面が多孔性となり不潔になりやすい。
4)亜鉛含有について
 2008年、亜鉛を含む義歯安定剤の過度な使用が、亜鉛過剰症―銅欠乏症の原因となり、神経障害を招くという内容の論文が発表された2)
 亜鉛は、酵素やタンパク質を構成する必須元素のひとつである。生体に摂取された亜鉛は、上部小腸で吸収されるが、その際同じ二価の陽イオンとなる銅と拮抗する。そのため、多量の亜鉛を継続的に摂取することは、2次的な銅欠乏を招く。
 筆者が国内外の市販義歯安定剤7製品について、亜鉛成分の定量を行ったところ、3製品に1gあたり16.0~37.0mgの亜鉛含有が確認された3)
 その後、国内で流通する亜鉛含有義歯安定剤は、生産中止、自主回収され、現在は市場から姿を消している。
5)使用に際しての留意点
 義歯安定剤は、その使用効果が確認されており、使用を禁じるべき材料ではない。
 しかし、誤って使用すれば、悪影響を及ぼす危険性をはらんでいるため、義歯安定剤を使用した患者が来院した場合は、適切な処置を行うとともに、義歯安定剤を使用する理由や使用期間などを確認して、正しい情報を提供し指導する必要がある。

※注 口腔保湿剤、義歯安定剤は薬理作用を期待するものではないので、本来は口腔保湿材、義歯安定材と呼ぶべきものである。しかし、患者がセルフケアに使用する製品は、「歯磨剤」「義歯洗浄剤」と慣用的に呼ばれていること、また多くの学会誌でも「口腔保湿剤」「義歯安定剤」の表記が用いられていることから、本稿でもこの呼称を用いた。

文 献
1)廣瀬知二「口腔保湿剤の『リキッドタイプ』と『ジェルタイプ』の違いは?」デンタルハイジーン 31:8 904-905, 2011
2)Nations SP,Boyer PJ, Love LA, Burritt MF, Butz JA, Wolfe GI, Hynan LS, Reisch J, and Trivedi, JR. Denture cream an unusual source of excess zinc, leading to hypocupremia and neurologic disease. Neurology 71:639-643, 2008
3)廣瀬知二「市販義歯安定剤の亜鉛含有量」日歯医療管理誌 45:89-93, 2010
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