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学術・研究

歯科2012.09.05 講演

歯科定例研究会より 吸着マニア! 安定してよく噛める総義歯の臨床

仙台市・くにみ野さいとう歯科医院 齋藤 善広先生講演

はじめに
 総義歯患者の口腔内は、歯牙の喪失と加齢に伴って環境が変化し、患者ごとに多様性を示します。そのような多様性に、われわれはどのように対応したら良いのでしょうか?
 典型的な症例ばかりではありませんし、常に難症例と向き合わなければならないため、いつも苦労が絶えません。しかし、目標とする義歯の姿を明確にし、基本的なルールを知っておけば、困難な症例も攻略することが可能です。
 たとえ結果が完璧でなくとも、患者に対してはこれまで以上の快適性を提供でき、歯科医療者として患者のQOLに貢献できるものと考えます。
無歯顎者の高齢化と難症例化
 昨今の予防や歯周治療の進化により、高齢者でも自身の歯牙を有する方は多くなっています。
 その反面、歯牙を喪失するときには、顎堤となる骨組織の喪失程度も高くなっているように思われます。また、2005年の歯科疾患実態調査のデータでは、無歯顎者の高齢化が進んでいるのが分かります。総義歯患者の多くは高齢で、難症例化していると考えられます。
 高齢になると骨密度の低下が進みやすく、とくに上顎骨での骨粗鬆が目立ちます。下顎では、顎堤の吸収が頬筋や顎舌骨筋の付着部位に及ぶと、機能的な変化が生じてきて義歯の辺縁を決定するのが困難になります。
 また、免疫力や機能の低下、薬剤の服用などを背景に、唾液の減少による口腔乾燥、再発性のアフタ、粘膜の過敏などが生じやすくなってきます。困難な要件が増え、難易度がさらに高くなっているといえるでしょう。
機能時の義歯は動いている
 機能時、特に咀嚼時の義歯は常に動かされています。食物を介しての咀嚼圧、咀嚼に伴う頬粘膜や舌の動き、舌の動きに伴う口腔底の動きは、直接義歯を不安定にします。
 咀嚼圧が義歯に加わると、作業側では義歯が沈下し、平衡側では浮き上がります。同時に側方へのズレや義歯の回転も生じています(図1)。
 顎堤の吸収が進んでいる場合には、顎堤による把持効果が得られなくなり、周囲軟組織の動きに伴って義歯は容易に変位するようになります。
求めるべき義歯の姿
 総義歯は、(1)義歯床の外形、(2)咬合採得、そして(3)人工歯配列による形態の具現化、という三つのエッセンスに集約されます。
 (1)私たちの求める義歯の外形とは、吸着のための印象採得そのものです。吸着義歯は、阿部二郎式FCBT(フレームカットバックトレー)による枠なし印象法をスタート地点として、ルールに従った精密印象をすれば、誰にでも達成できます。
 (2)咬合採得は、咬合高径と咬合平面、そして顎関節の機能を考慮した水平的な下顎位をエラーなく(少なく)求めることです。自分なりの臨床技法を持たなければなりません。
 (3)そして、人工歯配列によって、前歯部の審美性と臼歯部の機能性は具現化されます。これらのすべてが、技工操作により一つの形として統合されれば、吸着して機能時に安定な総義歯が完成するのです。
印象採得・義歯の辺縁は患者が決める
下顎骨の吸収が進むと、いわゆる「ひも状の顎堤」を呈してきます。不動粘膜の幅もなく、頬粘膜がすぐに立ち上がります。
 また、舌側では直に口腔底粘膜と移行するようになり、典型的な無歯顎者の形態とは異なってくるため、従来型のスナップ印象を行っても、熟練した歯科医師でなければ各個トレーや義歯の外形線の設定は行えないでしょう。
 一方、フレームカットバックトレー(FCBT)を用いた枠なしトレー印象法は、どのような症例であっても、閉口安静位の口腔内における粘膜の折り返し部分を見つけることが可能です(図2)。
 吸着義歯の場合には、粘膜の折り返し部分に過不足なく義歯の床縁を設定し、全周を封鎖することを目的としているため、FCBTを用いた印象を行うことで各個トレーの外形線を迷わずに設定することが可能となります。
 このようにして製作された各個トレーは、わずかに完成義歯よりも小さく、機能的な辺縁形態を付け加えることで、精密印象として採得されます。
 精密印象を行うときには、図3に示すような機能運動をおこない、疑似的に機能時の口腔粘膜の動きをあらかじめ義歯の辺縁に反映させます。このような印象法は、患者主導型印象法と呼ばれ、結果的に義歯の辺縁は患者自身によって決められることになります。
 義歯の辺縁は、短すぎず、長すぎず、粘膜の折り返しに軽く圧接された状態が理想で、そのような粘膜の折り返しを見出すためには、FCBTによる一連の印象法がもっとも適しているのです。
咬合採得・高径の決定と再現性のある下顎位
 咬合採得は、咬合平面、咬合高径、水平的下顎位の3要素を決定することです。
 咬合平面は、上顎中切歯の切縁の位置と、カンペル平面に平行か若干後方上がりにすることで決定されます。
 咬合高径を決定するためには、解剖学的な方法と生理学的な方法があります。機能と形態が変化し続けている無歯顎者では、誤差の大きい解剖学的な計測は参考程度とし、嚥下位、安静位、M発音位、エアブロー法などを同時多角的に評価し、生理学的な方法によって決定したほうが良いと考えています。
 下顎の水平位は、再現性のあるタッピングポイントであると言えます。ゴシックアーチトレーサーを用いて、顎関節の滑走運動とアペックスの評価を行い、タッピングポイントの位置を評価することをお勧めします。
人工歯配列による形態の具現化・義歯安定のための技工
 咀嚼圧が義歯を転覆させ、不安定にすることを前述しました。咀嚼圧に対して、義歯を安定させる方策とはいったいなんでしょうか?
 その対応としては、二つの局面が考えられます。一つめは、咀嚼圧が加わったときにも動きにくくすることです。二つめは、義歯が動いてしまったときに早く止めることです。
 これらは、人工歯の配列位置と、咬合様式の付与によって対応できます。
 咀嚼圧が加わっても義歯が転覆しにくい状態とは、片側性バランスを獲得することです。人工歯の配列位置を舌側化し、リンガライズド人工歯を用いることで、片側性バランスが獲得しやすくなります。
 義歯の動きを早く止めるためには、両側性バランスを獲得することです。両側性バランスは、両側性平衡咬合(または、フルバランスドオクルージョン)が付与された義歯で、獲得しやすくなります。食物を介して咀嚼圧が義歯に伝わると、作業側の沈下と同時に平衡側が浮き上がりますが、義歯が傾斜することにより、平衡側(非咀嚼側)や前歯部でのバランシングコンタクトを獲得しやすくなります。
 前方および側方バランシングコンタクトが獲得される義歯では、咀嚼側の食物と合わせて義歯が動きながらも3点支持となり、咀嚼中の義歯をコントロールしやすくなります。このような3点支持による安定は、動きながら獲得されるため、義歯の動的平衡ということができます。このことは患者が実感しやすく、義歯の性能が良いと評価される部分です(図4)。
おわりに
 総義歯は、どのような難症例であっても口腔内をよく観察し、患者ごとに前述した三つのエッセンスを突きつめていく作業であると考えています。また、義歯を静的に捉えるのでなく、機能時の義歯の動きを考慮することが必要だと思います。
 吸着は義歯を安定させるための一つの要素ですが、吸着義歯を完成させることで、義歯全体のバランスが良好となり、義歯の性能が向上すると考えています。
 ぜひ、FCBTを用いた枠なしトレー印象法からスタートして、吸着義歯を経験していただきたいと思います。
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