歯科2012.10.15 講演
歯科特別研究会より 歯科訪問診療の留意点―認知症・高齢者の口腔機能管理の実際―
尼崎市・村内歯科医院 村内 光一先生講演
訪問診療は患者が選択する時代
私が訪問診療を始めて、30年以上がたちます。30年前に比べ、訪問診療の内容は大きく変わりました。以前は、医療者に「お任せ」といった感じでしたが、最近は患者の意思で自ら選択する時代になってきているように思います。具体的には、医療人は患者に現状を話し、今後起こりうる予想とそれに対する処置内容などを伝え、患者もしくは家族がどのようにしてほしいのかを決めるという方向になりつつあると思われます。
それに伴い、歯科医師の訪問診療は、歯を抜いたり入れ歯を作ったりするほかに、口から食べられなくなっていく方々に対して、それを予防したり、リハビリの指導をしたりすることも大切となってきています。
場合によっては、胃ろうの選択の相談であったり、楽しみ程度でもいいから口から食べることへの支援であったりします。さらに、食べることについての終末期をどのように迎えるのかという、その方の人生観にまでも踏み込んで、相談させてもらうことも増えてきています。
難しい認知症患者への接し方
ところで歯科往診には、普通の診療室の治療と異なる点がいくつかあります。まず、往診先には認知症の患者さんが多くおられ、その方々への接し方が難しいことがあげられます。ニコニコされている方でも、入れ歯を調整しようとして口から外そうとすると急に拒否され、全く口を開いてくれなかったりします。認知症についての勉強が必要となってきます。抜歯についても、よく検討する必要があります。診療室の診療では、抜歯をした後は入れ歯という形ですが、訪問診療では異なります。その方の体力や全身状態、また薬の服用や食べている食形態などによって、抜歯を選択しないことも多くあります。
その場合、根面処理をして残根として残すという方法が、多く使われます。また訪問診療では、根面う蝕も多く見られ、これがやっかいな問題です。口腔ケアがきっちりできれば良いのですが、老老介護や複数の介助者に依存されている場合など、口腔ケアが不十分な場合が多いです。
また以前は、無歯顎の方が多かったのですが、口腔衛生活動の普及や意識の向上のおかげか、昔に比べて歯が多く残っている方が増えてきました。認知症が進み、口の中の管理が不十分となってしまうと根面う蝕が多発し、半年から1年もすれば次から次へと歯冠が破折し、残根状態となっていきます。私はこのようなケースに、歯間部を含めてレジン充填をしています。また、EBMに基づくものではありませんが、根面に定期的にフッ素塗布を行うことで予後が良好に保たれているように思い、実施しています。
これらがベストの治療ではないかもしれませんが、余生の間できるだけ問題が起きないようにと考えています。
義歯の問題もあります。元気なときに入れ歯を作られて使用されている方は、増歯したり新調したりしても使っていただける確率は高いのですが、認知症になってから初めて入れ歯を作られる方は、使っていただくことが難しいことが多いように思います。慣れるまでの違和感や痛みに対してのガマンができにくいなどが原因として考えられますが、それ以外に認知症の方は立体空間の認識にとぼしいため、入れ歯のどちらが上なのか下なのか、前後はどちらなのかわからないために混乱してしまい、入れ歯を理解してもらえないことも一因と考えられます。
また、新調時や裏装時に困難なことも多いです。印象採得も協力が得にくいですが、咬合採得は特に難しく、そのため一般的な方法では失敗することが多いです。裏装時も注意が必要です。裏装時に喉の方に流れた材料を飲み込んでしまう心配があるからです。そのため、裏装材の選択には注意が必要で、私は今リプロライナーを主に使用しています。
口腔ケアについては、嚥下に障害のある方は特に注意してケアをしなければなりません。具体的には、ムセの多い人やすでに胃ろうや鼻腔チューブで栄養をとっておられる方々です。また、姿勢については、座位か側臥位でするのが好ましいですが、術者にとっては口腔ケアをしづらい姿勢となるので、ケース・バイ・ケースで考えればいいと思います。どちらにしても、喉の奥に汚れが流れていかないように、取り除きながら進めることが大切です。
摂食嚥下障害について
歯科訪問診療で、食べることについて患者やその家族から相談されるケースが増してきました。例えば、「摂食嚥下障害が起こると誰にみてもらえるのか?」といったようなことです。本来は、病院の脳神経科や耳鼻咽喉科、またリハビリテーション科がその中心を担っているのですが、高齢で体力的に困難になった患者などにとっては、それらの病院に通院することが難しく、また症状が徐々に進行することが多いため、受診のきっかけが難しいと考えられます。多くはかかりつけ医に相談することとなりますが、一般的にはまず低栄養や脱水状態からの回復に主眼をおいてしまうため、代替栄養の手段をとることが多く、口から食べることが後回しになってしまう傾向があります。そのため、ケアマネジャーや往診に行った歯科関係者に相談するというパターンが多くなります。
摂食嚥下のメカニズムを考えたとき、口の中への取り込みから、咀嚼、送り込みまでは口の中で行われることであり、歯科関係者としては避けては通れない分野です。私が相談を受けている摂食嚥下患者は、表のような方々です。
表 相談される摂食嚥下障害患者は...
*脳血管障害
・脳梗塞
・脳出血など
*神経難病
・パーキンソン病
・筋萎縮性側索硬化症(ALS)
・脊髄小脳変性症(SCD)など
*廃用性
・長期入院
・高齢者
・認知症など
*脳外傷
*障害児
*脳血管障害
・脳梗塞
・脳出血など
*神経難病
・パーキンソン病
・筋萎縮性側索硬化症(ALS)
・脊髄小脳変性症(SCD)など
*廃用性
・長期入院
・高齢者
・認知症など
*脳外傷
*障害児
これらのうち特に多いのは脳血管障害と神経難病ですが、この二つには大きな違いがあります。
脳血管障害の方は、急性期病院に入院された後、リハビリテーション病院でリハビリを受けられ、その後在宅や老人保健施設で過ごすパターンが一般的です。私がみせていただくのは、在宅や老人保健施設におられる時ですが、発症から時間が経ち慢性化していたり、また患者が高齢であることも多く、どちらかと言うと本人が口から食べたいと望むよりは、むしろ家族からの「口から食べさせてあげたい」との願いであることが多いです。
摂食嚥下リハビリテーション学会などでは、「若い患者で、発症から時間が経っておらず、さらに本人の意思がしっかりしている」ケースがリハビリの成功率が高いと言われていますが、私がみせてもらう方はその対角線にある方が多いのです。
しかし、たとえリハビリで完全に回復できなくても、その方や家族に希望を聞きながら、安全に少しでも長く口から食べてもらえるように、支援をさせていただくことも大切であると考えています。
一方、神経難病の方は若い患者が多く、基本的には入院経験がなく在宅で過ごされており、本人の意思で摂食嚥下の相談に申し込まれてくることが多いです。ただ例外はあるものの、ほとんどの場合、摂食嚥下障害はかなり病気が進行した時点で起こることが多く、そのためその時点では体力も筋力も低下し、リハビリを受けても効果はほとんど望めません。ただし、食事の姿勢や道具を配慮することで、少しでも長く安全に食べていただくことが可能です。
認知症患者の摂食嚥下障害は、まったく異なるパターンです。これは、摂食嚥下の機能に問題があるのではなく、食べている時に食べ物が口の中に入っていることを忘れてしまうことが原因です。対策としては、食べたり飲んだりに集中できるような環境、具体的にはテレビなどがついていない落ち着いた部屋で、少人数で食べる環境が大切です。また、ゼリーなど飲み込みやすいものと交互に食べる「交互食べ」なども効果があります。
それ以外では、脳外傷の方もおられます。交通事故等で頭部損傷をして、コミュニケーションにも問題が生じます。本人や家族が若いことも多く、一般的には手厚い介護を受けています。家族は患者が生きている証がほしく、それは何でもいいから口から食べてくれるということでもあるのです。このようなケースは、慎重に少しずつステップアップしていくように心がけています。
障害者にも、摂食嚥下障害の方がいます。例えば脳性マヒの方は、主に通所施設の言語聴覚士と相談させてもらっています。ダウン症の方は、一般的に食べ物を噛まずに丸のみする傾向があるので、保護者と相談しながら進めます。知的障害の方は、運動全般が未熟なため口腔周囲筋も低緊張の方が多く、流涎(よだれ)や食べこぼしが問題となる人がいます。アプローチの方法は難しいですが、できるだけ相談には乗るようにしています。
最後に
専門でない私が、このように続けてこられたのは、地域におられる多職種の方々に助けてもらっているからです。たとえば、耳鼻科の先生にVEを依頼したときは、実際に立ち会わせていただき、直接いろいろと勉強させていただきます。同様にリハビリ科の先生にも、訪問看護師さんにも、理学療法士の方々にも、いろいろと教えていただくことで多職種の方々と顔見知りになり、他のケースでも助けていただいています。
そして、私の作ったケアプランを自院の歯科衛生士が一生懸命実践することで、患者さんや家族の方に喜ばれているのだと感謝しています。