歯科2012.10.28 講演
[保険診療のてびき] 知的障害者入所更生施設における23年間の歯科検診のまとめ
三田市・大槻歯科医院 大槻 榮人
【共同研究】奈良県立医科大学口腔外科学講座、大阪歯科大学高齢者歯科学講座
緒 言
知的障害者更生施設では、精神発達に障害を持つ入所者に対し、軽作業などを行いながら、自力更生を目的に訓練と治療を行っています。入所型施設では、介護職員とともに寝食を共にする生活を送っていますが、障害に目が行きがちで、口腔内はおろそかになりがちでした。われわれは、1987年より年1回定期的に歯科検診を行い、その結果をもとに口腔衛生指導と歯科治療を行ってきました。
2004年、17年間の口腔衛生管理について評価を行い、第14回日常診療経験交流会で報告いたしましたが、それから6年経過し、入所者および口腔内に変化が見られてきましたので、報告します。
対象と調査項目
A施設は、1980年に兵庫県三田市に開設された入所型の知的障害者更生施設です。現在、介護支援員14人をはじめとするスタッフ26人で、障害者に日常の生活介護と更生訓練を行っています。入所者は全員精神発達遅滞を呈し、てんかん発作の既往を持つものが過半数を占めました。対象は、A施設入所者で1987年~2010年(1995~1998年は中断)の歯科検診を受けた106人、男性67人、女性39人です。検診を始めた年の男女平均年齢は、33.8歳でした。23年間に退所や死亡などで数人の変動がありましたが、毎年の検診時には約50人の検診を行いました。
調査項目は、(1)処置歯数と未処置歯数、(2)喪失歯と義歯使用の有無、(3)アイヒナーの歯牙欠損分類、(4)口腔カンジダ菌活動性試験(ストマスタット®)、(5)う蝕活動性試験(カリオスタット®)としました。
結 果
1)入所者と平均年齢図1は、23年間の在籍者数とその平均年齢の推移を示します。
途中、1995年から阪神・淡路大震災のため、1998年まで検診が行えず、グラフが途切れていますが、在籍者はほぼ50人で推移していました。入所者、退所者は1年に数人程度で、在籍者はほぼ固定されていました。
したがって、在籍者の平均年齢が、検診を始めた1987年では33.8±10.3歳でしたが、2010年では51.0±13.2歳に上昇しました。
2)処置歯数と未処置歯数
図2は、1人当たりの処置歯数と未処置歯数の推移を示したものです。
1987年当初は、う蝕未処置歯の割合が過半数を占め、1人あたり6.8本あり、処置歯は5.2本でしたが、歯科検診とその後の治療によって、徐々に処置歯の割合が増え、2010年では処置歯は1人あたり10.7本になりました。
図3は、1人平均のカリオスタットとストマスタットの評価値の変化を示します。
カリオスタットは、口腔内のう蝕活動性を示すもので、評価は、0、±、+、++の4段階を数値化してグラフに表しました。一方、ストマスタットは口腔カンジダ菌の活動性を示すもので、評価は0、±、+の3段階を数値化して評価しました。
23年間で毎年の変動が多少見られますが、おおむね一定で目立った変化は見られませんでした。すなわち、入所者の口腔内細菌叢に変化が見られないことが示唆されます。
3)喪失歯数と義歯使用者数
図4は、1人当たりの喪失歯数と義歯使用者数を示します。
喪失歯数は2009年でやや減少しましたが、年齢の上昇とともに喪失歯数も増加し、2010年で9.4本となりました。それとともに、義歯を装着する人の数も増え、2009年、2010年とやや減少しましたが、2010年では在籍者56人中9人が義歯を使用していました。
障害の程度によっては、義歯装着できない場合もありますので、そのために2009年、2010年で減少したものと思われます。
4)アイヒナー欠損歯列分類
喪失歯数の増加と義歯装着者が増えたことから、歯牙欠損の状態について調査しました。咬合支持域数の推移は、歯牙欠損の進行と密接に関連しており、残存歯数が多くても"すれ違い咬合"では、咀嚼機能が大きく低下します。
義歯装着者を含め、対象者の歯牙欠損の状態をアイヒナーの分類(図5)にしたがって分類し、その推移をみたものです。
1987年当初、両側大臼歯部と小臼歯部の四つの咬合支持域が保持されている分類Aがもっとも多く54%でしたが、喪失歯数の増加とともに分類Aが減少し、四つの咬合支持域のうちいずれかが失われている分類Bが最も多くなり、全体の44.6%を占めるようになりました。(図6)
考 察
A施設において在籍者の平均年齢の上昇とともに、1人平均喪失歯数と義歯使用者数が増加しました。1人あたりのう蝕処置歯数が増加し、未処置歯数が減少しました。したがって、入所者の対象疾患が、う蝕から欠損歯列へ変わってきていることが考えられます。う蝕活動性試験、口腔カンジダ菌活動性試験には変化が認められませんでした。
入所者の高齢化と生活習慣病を合併することが多くなることから、障害に加えて合併疾患の状態を考慮しつつ、口腔衛生管理を行う必要があると思われます。
【文 献】 ・大槻榮人、川上正良、雲丹亀真貴子、川上哲司、桐田忠昭:知的障害者更生施設(入所)における17年間の歯科保健管理の効果.25(3):263, 2004.
・第14回日常診療経験交流会(2005年10月開催)記録集