歯科2013.05.12 講演
歯科定例研究会より 接着ブリッジの臨床技法
大阪大学大学院歯学研究科顎口腔機能再建学講座
クラウンブリッジ補綴学分野 矢谷 博文先生講演
1.はじめに
21世紀における医療は治療から予防へとパラダイムがシフトしていく時代であり、治療自体にしても生体侵襲を最小限にし、患者の負担を軽減するMinimal Intervention(以下:MI)という考え方が台頭してきている。このMIという概念は少しずつクラウンブリッジの領域にも浸透しつつあり、その最大の担い手になったのが、"接着"である。接着性レジンがもたらした歯科における接着の実現は、接着ブリッジという新しい少数歯欠損補綴法を生み出し、歯質との一体化によるメタルフリーの補綴装置を可能にし、さらには直接覆髄や破折歯の救命にもその適用範囲が拡大されようとしている。
そこで、以下に新しく保険導入された接着ブリッジを中心に、接着がもたらした歯科の新技術を紹介してみたい。
2.従来のクラウンブリッジ補綴歯科治療の欠点
歯冠補綴治療とは、生体(歯)と人工物(補綴装置)の継ぎ目(インターフェイス)を作ることに他ならない。クラウンブリッジは失われた口腔の機能や審美を回復、改善するのに大きな役割を果たすことができるが、その一方で質の悪いインターフェイスのために歯髄や歯周組織に悪影響が及び、2次カリエスや歯髄炎を惹起したり、歯周病を増悪させたりすることも決してまれではない。歯科の日常臨床に再治療の占める割合はきわめて高く、歯冠補綴治療においてもクラウンブリッジの合併症により再治療となることも少なくない。しかも、その責任の一部は患者自身だけではなく術者側にある場合も少なくない。修復治療が"Repeat Restoration Cycle"(Elderton 1990)と揶揄される所以である。3.接着が変える歯冠補綴治療
歯冠補綴治療において接着のもつ臨床的意義とはどのようなものであろうか。接着と聞いてまず思い浮かぶことは、接着材の使用による歯冠補綴装置の維持力の向上ということであろう。日常臨床においてクラウンブリッジの脱落により再装着を余儀なくされる場面は多く、維持力の増強がこれらの補綴装置の脱落の防止につながることに疑いはない。それにより支台歯形成時の無駄な歯質削除を避け、マージンをできるだけ歯肉縁上に、かつエナメル質内に設定することが推奨されるようになっている。また、歯科用接着材は従来の歯科用セメントと比較してきわめて高い辺縁封鎖性を実現する。適合のよい歯冠補綴装置であっても、その辺縁適合性はせいぜい50μm程度であり、換言すると歯冠補綴装置には必ず厚さ50μm程度以上のセメントラインができるということである。したがって、辺縁封鎖性の高い接着材を使用することにより、このセメントラインというインターフェイスのほころびによって生じる辺縁漏洩や死腔の形成を防止することができる。
さらに、接着材の開発により、従来の歯科用セメントでは不可能であったポーセレンラミネートベニアやオールセラミッククラウンなどのメタルフリー補綴治療が実現した。これは、接着材により歯冠補綴装置と支台歯が一体化し、応力が広く分散するため、脆性材料であっても破折が起きにくくなるという補強効果の賜物である。この補強効果は案外知られていないが、接着の重要な臨床的意義の一つである。
このように歯冠補綴領域への接着の導入により、2次カリエスや歯髄・歯周疾患などの継発疾患の防止、脱落防止、歯質削除量の削減が図られ、ひいては歯の延命につながることが期待できる。
4.接着ブリッジとは
接着ブリッジは歯科用接着材の誕生により生まれた新しい少数歯欠損補綴法である。歯質切削量は従来のクラウンブリッジと比較して圧倒的に少なく、しかも切削範囲は原則としてエナメル質の範囲に限られることから、MIの概念に最も合致した歯冠補綴治療法である。リテーナーデザインにはっきりと定まったものはないが、前歯では図1左に示すように支台歯ごとに2本のグルーブを形成することが薦められる。臼歯のリテーナーデザインはL字型とD字型に大別される。L字型リテーナーデザインは図1右に示すとおりで、まずグルーブを図に示す位置に支台歯ごとに2本ずつ形成し、あとは咬合接触点とその周囲をクリアランスの量(最低0.5㎜)だけ切削するだけで原則として軸面や咬合面ボックスフォームなどは一切形成しない。既存のインレーなどの修復物がある場合は、まずそれを取り除き、欠損側と舌側の軸面をわずかに形成し、D字型リテーナーデザインとするが、やはりグルーブを両支台歯の欠損側隣接面に1本ずつ形成する。図2に前歯接着ブリッジの一例を示す。著者がかつて所属した岡山大学歯学部附属病院第一補綴科における接着ブリッジの15年生存率は68%であり、脱離したが治療法を変更せずに2個目の接着ブリッジを装着した症例が17%であった。すなわち、15年後も接着ブリッジが口腔内で機能している症例が85%で、支台歯の抜歯あるいは脱離により治療法を変更した症例はわずか15%に過ぎなかった。この長期経過から明らかなことは、接着ブリッジの機能生存率は表に示す従来型のクラウンブリッジよりもわずかに劣る程度であり、また接着ブリッジは脱離することはあっても支台歯を傷めない補綴技法であることがわかる。
5.接着ブリッジの装着法
口腔内に試適し、咬合調整を行った後、リテーナーおよび支台歯の被着面処理を行う。金属被着面は微細凹凸構造の付与のため50μmのアルミナによりサンドブラストを行った後、金属プライマーを塗布する。支台歯のエナメル質被着面は30秒間リン酸エッチング処理を行い、微細凹凸構造を付与する。歯に着色等の汚れがある場合は、あらかじめ歯面清掃用のジェット噴射装置等を用いて汚れを除去してからエッチング処理を行う必要がある。装着に際しては、ラバーダムあるいはクランプとコットンロールを用い十分に防湿を行った後、接着性レジンでブリッジを装着する。その際、バキュームを支台歯付近において口腔内湿度を下げるようにすると有効である。口腔内湿度を徹底的に下げて接着操作を行うにはバキュームに接続して使用する「ZOO」(APT社)がきわめて有効である。前歯の場合はリテーナーの金属色が透過して、支台歯が黒ずんで見えるのを防ぐため、必ずオペーク色の接着性レジンを用いるようにする。硬化した接着性レジンは除去しにくいため、接着ブリッジを装着したら、重合前にていねいに余剰のレジンを除去する。接着性レジンが完全に重合するには時間がかかるため、当日はブリッジ部で硬いものを噛まないよう注意を与える。
脱離しても支台歯のダメージが少ないのが接着ブリッジの利点であること、適合状態に問題なければ再度接着することが可能であることを説明しておくと脱離した際の信用の喪失につながらない。
6.おわりに
歯冠補綴装置を長期間口腔内で機能させるためにいくつかの条件があげられる。まず、不要な歯質削除を避け、できるだけエナメル質を残す必要がある。エナメル質は歯の鎧であると心得るべきである。また、接着技法の積極的な利用が、維持力の増強、辺縁封鎖性の向上、補強効果の発現により補綴装置の延命に貢献できることを知るべきである。参考文献
1)Creugers NH, Kayser AF, van't Hof MA. A meta-analysis of durability data on conventional fixed bridges. Community Dent Oral Epidemiol. 1994;22(6):448-52.
2)Verzijden CW, Creugers NH, Van't Hof MA. A meta-analysis of two different trials on posterior resin-bonded bridges. J Dent. 1994;22(1):29-32.
3)Lindh T, Gunne J, Tillberg A, Molin M. A meta-analysis of implants in partial edentulism. Clin Oral Implants Res. 1998;9(2):80-90.
4)Elderton RJ. Clinical studies concerning re-restoration of teeth. Adv Dent Res 4:4-9, 1990.
5)矢谷博文.接着の応用によるMIの実現.日歯医学会誌 27:81-84, 2008.
図1 接着ブリッジのリテーナーデザイン
図2 前歯接着ブリッジ
表 各ブリッジの生存率