歯科2013.12.08 講演
[保険診療のてびき] 糖尿病の合併症管理最前線〈歯科〉 糖尿病と歯周病 −臨床歯科医の視点から−
高知市・のむら歯科 野村 圭介先生講演
歯周病の症状を悪化させる糖尿病
現在、歯周病は糖尿病の第6番目の合併症としてとらえられていますが、歯周病自体は、日本人の25歳以上の80%がかかっている、非常に罹患率の高い疾患で、糖尿病が原因で起こるというわけではありません。歯周病は、口の中のプラーク(歯垢)と呼ばれる細菌性バイオフィルムに潜んでいる、Porphyromonas gingivalisに代表される嫌気性菌による感染症です。嫌気性菌の中でも、Red complex(図)と呼ばれるこれらの細菌群が増えることによって、歯ぐきや骨といった歯を支えている「歯周組織」に炎症が起こります。この歯周組織での炎症、すなわち、慢性化した免疫応答は、細菌を攻撃する反面、炎症性サイトカインであるTNF-αやIL-1、IL-6などを産生し、歯周組織の破壊が進んでいきます。
免疫系に影響を及ぼす疾患である糖尿病は、歯周病にとっては、大きなリスクファクターであると言えます。糖尿病の人は、唾液が出にくく口が乾燥し、免疫機能が低下していて、細菌が繁殖しやすい環境になっており、糖尿病でない人に比べて、中等度あるいは重度の歯周病になる頻度は2〜3倍高く、歯周病は進行しやすく、治りにくくなります。
血糖値の上昇は、糖化タンパクを増加させ、マクロファージを刺激し、サイトカイン量を増加させます。歯周組織の構成成分であるコラーゲンの合成阻害や歯を支えている歯根膜細胞の機能異常を起こし、そこに、微小循環障害による歯周組織の血行不良が重なると、創傷治癒遅延・易感染性となり、結果的に歯周病は、ますます進行していきます。
軽症の歯肉炎だった人が糖尿病を発症すると、加速度的に歯周病の症状が悪化していきます。血糖値が200㎎/dlを超えたり、HbA1cの値が8%を超えると、歯周病は急速に重症化していきます。
歯周病は糖尿病を悪化させる合併症
糖尿病の三大合併症である糖尿病網膜症や腎症、神経障害や動脈硬化性疾患など他の合併症に比べて、歯周病の予後不良は、歯が抜けるくらいですが、問題なのは「歯周病が、糖尿病を悪化させる合併症である」という点です(表)。5㎜以上の歯周ポケットの歯が20本あれば、手のひらサイズの潰瘍があるのと同じで、その潰瘍面から歯周病菌が侵入し、それにより糖尿病を悪化させる場合があります。歯周ポケット内の慢性的な免疫応答により、その原因菌が歯周組織に入り込み、菌体内毒素とともに血管に入り、増加したTNF-αなどのサイトカインは、血流を介して肝臓、筋肉、脂肪組織に運ばれ、抗インスリン作用が惹起され、血糖値を上昇させるからです。
逆に、歯周病の治療によって、歯周組織の炎症が軽減すると、血液中のサイトカイン量が減少し、血糖値が下がった症例が報告されています。HbA1cの値が0.8%以上下がった症例もありますが、一般的には0.4%くらい低下すると言われています。このように、歯周治療を行うことによって、インスリンの効果が発揮されて血糖値が改善し、糖尿病が軽減するわけです。
すなわち、糖尿病を持つ歯周病患者さんが、歯周病の治療をしないで放置すると、血糖値は悪化の一途をたどるけれども、歯周病の治療を行うと、歯周病が治癒するだけでなく、血糖値の低下にもつながります。糖尿病の人が、定期健診等を受けて歯周病の兆候が見られた場合には、悪化する前にその治療やケアをすることが重要であるということです。
また、歯周病のために歯を失ったり、動揺するようになると、食物が噛みにくくなり、摂取エネルギーや栄養バランスが偏るようになります。炭水化物や穀物エネルギーの摂取が多くなり、食物繊維、不飽和脂肪酸、ビタミン類などの摂取量が減少します。また飽和脂肪酸、トランス脂肪酸、コレステロールなどの摂取量も増加する傾向にあり、糖尿病の方にとって大事な、食事療法にも影響が出てきます。
そして歯周病は、糖尿病だけではなくメタボリックシンドロームとも関連があり、歯周病に罹患すると、将来メタボリックシンドロームの発症リスクも高くなることもわかっています。メタボリックシンドロームや糖尿病などのマルチプルリスクファクター症候群とともに、歯周病は生体内の継続する軽微な慢性炎症、すなわちマイクロインフラメーションとして動脈硬化症を悪化させ、冠動脈疾患や脳血管障害に影響を与えることが分かってきました。
歯科医師も糖尿病医療チームの一員として貢献を
超高齢社会となり、糖尿病の患者さんも高齢となっています。糖尿病の合併症も進んだり、他の疾患をかかえておられる方への、日頃の歯科診療、特に在宅での歯科治療や口腔ケアに伺う場合は、注意深い対応が必要になっています。主治医との連携、糖尿病の専門医との連携は、患者さんの状態を情報共有することにより、有効的な歯周病治療を行うことができ、ひいては、糖尿病の悪化の予防・改善につながります。医師、看護師、栄養士、薬剤師とともに歯科医師も、糖尿病医療チームの一員として、糖尿病患者さんに貢献できたらと思います。
(小見出しは編集部、2013年12月8日・神戸支部医科歯科連携研究会、歯科の話題提供から、前号に医科を掲載)
図 プラーク細菌ピラミッド
3階層に区分されるプラーク細菌。最下層:善玉菌と弱毒菌。中層:日和見菌。最上層:Red complexと称される悪玉歯周病菌。年齢とともにピラミッドの階層が増え、10代半ば頃から最上層が構築され、20歳頃にピラミッドは完成する。
表 歯周病は糖尿病の第6番目の合併症