歯科2014.01.19 講演
歯科定例研究会より 診療が変わるくすりの知識 おくすり手帳から全身状態を読む
医療法人明和病院 歯科口腔外科部長 末松 基生先生講演
はじめに
近年、医科においては生活習慣病健診・がん検診で掘り起こされた疾患に対する薬剤処方が増加の一途をたどり、さらに新薬の開発もめざましい。一方歯科では、高齢者や有病者に対する総合診療の機会が飛躍的に増加している。歯科医師は社会情勢をふまえ、医科の薬剤処方を深く理解し、安全な歯科診療を提供する必要に迫られている。
講演では、「おくすり手帳」から全身疾患を推測し、患者・歯科医師相互の危険を回避する方法を述べた。以下は、紙面の都合で内容をかなり割愛したが、詳細は月刊保団連に近々連載予定であるのでご参照いただきたい。
おくすり手帳から全身疾患を推測する
病識のない高齢者への問診に頼らず、全身状態を把握するには、「おくすり手帳をどう解読するか」が鍵になる。いくつかの標準処方のパターンの暗記で、十分に正確な結果を得ることができる。まず、典型的生活習慣病患者に対する標準処方を表1に示す。なお、以下はあえて商品名を使用する。
当科における65歳以上の初診患者になされていた処方は平均4.5剤であり、上記に加え胃薬・眠剤が入ったセット処方は、高齢者でよく遭遇する組み合わせである。この手帳を見た場合は、「高血圧、高脂血症、糖尿病に加え何らかの血栓症リスクを抱えており、かなり動脈硬化がある」と読むわけである。
ひきつづき、「歯周病リスクが高く、応急的な抜歯に備えて血圧測定と、術後の止血材と縫合の準備が必要」というところまで診察以前に察知でき、スケーリングも出血に注意するよう事前に指示ができる。
1.降圧薬の知識(表2)
主として、アンギオテンシン受容体拮抗薬(ARB)とカルシウム拮抗薬(CCB)が使用される。かつては、CCBが圧倒的シェアを占めていたが、最近はARBが逆転している。また、ACE阻害薬が臓器保護の点で見直され、特に全国に1400万人といわれる慢性腎臓病(CKD)に有用であることから、処方が増加している。降圧薬に関する問診例。
(1)1日1回投与なので、当日服用したか確認する。服用していない場合は、術中高血圧や出血に対する配慮が必要になる。
(2)狭心症・心筋梗塞・脳梗塞の既往を問診する。これは、抗血栓薬の分析につながる。
(3)腎機能障害につき問診し、抗菌薬やNSAIDsの減量処方を検討する。
2.糖尿病薬の知識(表3)
糖尿病薬は、最もパラダイムシフトが激しい分野であり、現在、抗高血糖治療から抗糖尿病治療への移行期といわれる。かつて、アマリール、アクトスの併用が多かったが、新薬のDPP-4阻害薬が瞬く間に標準治療薬となった。作用は割愛するが、低血糖になりにくく、従来品と異なりHbA1cを改善することが可能な薬剤である。シェアが低下していたメトグルコがDPP-4阻害薬との併用効果が見直され処方が増加している一方、他剤は処方が減少する可能性がある。アマリールは、強い血糖降下作用のため高頻度で処方されるが、ニューキノロン系抗菌薬、NSAIDsで作用が増強し、低血糖を生じやすくなる。
今年は、SGLT-2阻害薬、GPR40作動薬が登場し、さらに治療戦略は短期間で変化していくと思われる。
糖尿病薬に関する問診例。
(1)低血糖発作は、DPP-4阻害薬のみであればほぼ問題ないが、アマリールが併用されている場合は、食事をしてきたか確認する。
(2)合併症、特に腎臓については確実に問診する。CKDでないか、人工透析を受けていないかをチェックし、抗菌薬とNSAIDsの減量処方の必要性を検討する。
(3)コントロールの状態(HbA1c)を問診し、術後感染や根管治療、歯周治療抵抗性の可能性を説明する。腎臓に問題なければ、抗菌薬は増量や投与期間延長を考慮する。
(4)病歴が長ければ動脈硬化が潜在しているので、心血管疾患、脳卒中に関して問診する。
3.抗血栓薬の知識(表4)
国内では、バイアスピリンは300万人、ワーファリンは100万人に処方されている。(1)抗血小板薬:バイアスピリンのみの場合は脳梗塞の再発予防目的であることが多く、プラビックスが同時に処方されている場合は、大抵Dual antiplatelet therapy(DAPT)として、狭心症・心筋梗塞に対するカテーテル治療が過去に実施され、冠動脈ステントが留置されていることを意味する。
出血傾向を除けば、これらの患者は循環動態が安定しており、通常の歯科治療はむしろ安全と言える。もちろん、観血治療が必要であればリスク因子となり、DAPT施行下においては十分な準備が必要である。不可逆的に血小板の機能変化を起こすため、血小板のターンオーバー期間である7〜10日が休薬の目安となる。
休薬は、一定の確率で致死的な血栓症を誘発するため、適応は慎重を要する。
(2)抗凝固薬:ワーファリンは主に心房細動由来の血栓による脳・心筋梗塞予防、あるいは深部静脈血栓症の治療に用いられているが、注意すべきは心臓血管外科手術後血栓予防目的の可能性である。特に人工弁置換術後においては、感染性心内膜炎予防に留意する必要があり、術前抗菌薬投与を考慮せねばならない。
ワーファリンは、PT-INR2.0〜3.0の間でコントロールされていることが多いが、消炎目的で抗菌薬が事前に投与されていると腸内細菌からのビタミンK供給減少で、数値が上昇している現象をしばしば経験する。NSAIDsを併用していると、抗血小板作用によりさらに止血困難になる。
新薬のプラザキサは直接トロンビンを阻害、イグザレルト・エリキュースは第Ⅹa因子阻害作用なので、採血データで活性を推測することはできない。新薬はビタミンK非依存性で効果発現が速く、半減期も短く、使用しやすいことから急速に普及している。また相互作用としてクラリスや抗真菌薬で濃度が上昇してしまい、臓器出血につながるため注意が必要である。
周術期の休薬目安は半減期であり、ワーファリンでは約36時間なので3〜4日間、プラザキサ・イグザレルト・エリキュースはいずれも12時間前後なので1〜3日間である。
やむを得ず休薬する場合は、医科主治医との緊密な連携の下で決定するべきで、その際に歯科医師が認識すべきことは、抗血栓薬休薬はリバウンドによる凝固系亢進を生じ、1%強の確率で血栓塞栓症が発生し、その80%は死に至るというデータである。不安な場合は、病院歯科に相談するべきである。
4.骨粗鬆症治療薬の知識(表5〜6)
顎骨壊死に関しては、かつて骨粗鬆症適応の経口BP製剤と、がんの骨転移適応の注射BP製剤のみが起因薬物であったが、新たに骨粗鬆症適応の注射BP製剤に加え、骨粗鬆症・骨転移両疾患に適応がある抗RANKL抗体製剤が登場したことにより、歯科医師は認識を改める必要がある。BP製剤または抗RANKL抗体製剤使用患者に対しては、基礎疾患が骨粗鬆症かがんかを区別し、使用期間ならびに前者の場合は原発性(主に閉経後骨粗鬆症)か続発性かを確認する。続発性なら、原疾患とステロイドの使用量を問診し免疫低下リスク評価も行う。
5.がん化学療法薬の知識
近年、抗がん剤の副作用を緩和するための支持療法が次々と開発されたことに加え、医科では保険制度の改変もあり、多くが外来扱いに移行している。この間の歯科治療は、一般歯科医院へ受診することになる。特に「周術期口腔機能管理」を実施する歯科医師は、十分な知識を身につける必要がある。
対応のポイントは、以下の3点に集約される。詳細は月間保団連の連載に譲る。
1)骨髄抑制による免疫低下期の歯科治療
特に術前の導入化学療法で生じることが多い副作用で、白血球と血小板の減少による易感染性と出血傾向が問題となる。
2)口腔粘膜炎への対応
医科では「口内炎」で一括りにされる副作用であるが、アフタ性口内炎とは対応が全く異なる。また骨髄抑制期間中は、口腔カンジダ症も発症しやすい。プラークフリーにすることで口腔粘膜炎の予防に貢献できるが、発症後の特効薬はない。
3)新しい分子標的薬
アバスチンやネクサバールなど創傷治癒遅延を起こすものが数種類あり、観血処置には注意せねばならない。口腔粘膜炎を生じる薬剤もある。
おわりに
特定の薬を覚えるだけで、患者の全身状態がかなりのレベルまで短時間で推察できるようになるので、診療の幅が広がり、適切なリスク回避が可能となる。たんに「全身的に何か病気はないですか?」と問診するよりも、「心臓カテーテルの治療経験がありますね? 脳梗塞を起こしたことがありますね?」などと要所を押さえた問診をすることで的確な情報が得られる上に、患者からの信頼度も増す。
薬の知識のアップデートを習慣づけることも、重要である。