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学術・研究

歯科2015.04.05 講演

歯科定例研究会より 小児の外傷−応急処置から長期経過まで

東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科口腔機能再構築学講座 小児歯科学分野准教授 
宮新美智世先生講演

 歯の外傷は、小児歯科臨床でしばしば遭遇するものであり、歯周組織や歯の硬組織、歯髄などが同時に損傷されるのが特徴である。また乳歯の外傷では、受傷した乳歯だけでなく、その後継永久歯へ影響が及ぶこともある。さらに、幼若永久歯が受傷した場合は、その後の歯根の伸長や、歯列咬合の発育への影響もありうる。口と歯の外傷は、身体のほかの部位とくらべても、もっとも発生頻度の高いものであることから、その予防は、重要な課題である。
Ⅰ 口と歯の外傷に対する応急対応法
1.受傷当初の注意点
 意識の確認、頭部外傷など、より重度の損傷がないかをチェックする。
 出血部位を軽く洗って、止血をはかるためにガーゼ等で圧迫する。
 血液はできるだけ飲まずに吐き出しておくようすすめる。(飲むと嘔吐反射を招くことあり)
 脱落した永久歯は、元の位置へ戻すなら急ぐ必要があり、その場で戻すのが難しい場合は、歯の保存液(HBSS,デントサプライ®)か牛乳中(冷蔵庫内)で保存する。これがない場合は、ラップやビニールで包み、できるだけ早く歯科医院を受診する。この場合、術後の良好な結果を得るためには、ラップやビニールで包んだ場合は1時間以内、牛乳中では冷蔵で12時間以内、歯の保存液の場合常温保存が可能であるが24時間以内に再植を受けることが望ましい。
 折れた歯の破片は、受診するまで乾燥を避け、水分を付けた状態で持参されるのが良い。
 唇の傷は急速に腫張するため、冷たい水をつけたタオルや氷を、薄いビニール袋に入れて冷湿布すると腫れを防げる。
2.歯科医院での対応上の注意点
 外傷は、顔面の変化や痛みのために、小児にとっての精神的なショックも大きい。きちんと治療を受ければ治ることを伝えて、患児を励ましておく。損傷の影響や術後の治癒窩底、治癒経過を説明することで、保護者は安心し、信頼関係を結びやすくなる。
 歯周組織の損傷と炎症を治癒させるためには、口腔の清潔化が効果的であるため、日ごろから歯科衛生士とチームを組んで外傷患者への指導を行える体制つくりを行っておくことが有効である。
 受傷時の状況や当初の所見など、保険等に係る調査を受けることもまれではないので、記録を取っておくことは重要である。
Ⅱ 歯の外傷による各種組織への影響(図、表)
1.エナメル質
 エナメル芽細胞と退縮エナメル上皮は、外傷や感染によって エナメル質基質形成と2次的石灰化が停止し、実質欠損をもたらす可能性がある。このような形成不全部やエナメル質の亀裂や破折は象牙質や歯髄に物理・化学的刺激をもたらす危険性をもつ。
2.牙質と歯髄
 脱臼がおきると、歯髄天蓋部で象牙質の境界で剥れが起きることがある。また、歯髄には内出血をはじめとする循環障害ならびにびまん性損傷が起き、これが歯冠の変色や幼若な歯髄の石灰変性、修復象牙質の過形成、骨による置換などを生じさせ、歯髄腔狭窄が生じる。
 また、象牙質まで亀裂が及んだり、破折面に象牙質が露出した、あるいは歯髄が露出した場合、時間経過とともに歯髄内へ感染と炎症が進行し、ついには根尖性歯周炎を引き起こす。一方、歯髄への感染を阻止できると、歯髄は再生能を発揮し、歯髄の未分化間葉細胞が修復象牙質を形成し、歯髄が保護される。
 一方、循環障害が重度で、循環が回復しない場合は、歯髄が虚血壊死あるいは液化壊死に陥る。壊死歯髄には、歯根膜の損傷部や、血流を介して、感染が起きることがある。また、歯髄が虚血状態の時、感染が起きると、血管再生は停止する。
3.歯周組織
 歯根膜の損傷は、外力の強さと方向に応じて、断裂と挫滅が生じる。挫滅部位の方がより広い組織の破壊を伴い、循環が回復しにくいため、循環障害がより重症である。挫滅部位は、一般に治癒が遷延し、歯根吸収、骨性癒着が比較的多く発現する。
 その他、歯根吸収を発生させる要素は、歯根膜の損傷範囲の広さや感染、歯髄の炎症、感染、壊死、さらに年齢であるといわれる。歯髄炎にともなうものは歯根内部吸収と炎症性歯根外吸収で、外吸収は歯髄壊死、根尖性歯周炎の歯に多くみられる。
 歯槽骨骨折では、修復過程において骨吸収と骨形成がおきる。安静が保たれ、感染がなければ、リモデリングが起こり、5週後には新生骨が形成され、数カ月間は骨が成熟する。しかし感染がおきた場合は、細菌が骨と骨髄に広がり、骨は感染の中心部を隔離するような骨吸収と肉芽組織の形成が生じ、腐骨が分離されることがある。
4.乳歯の外傷に起因する後継永久歯の形成異常
 受傷した乳歯の定期診査に際しては、口腔内診査ならびにエックス線診査をおこない、後継永久歯冠や歯根の形態や位置を観察して、萌出以後まで異常の発現を監視する。形態異常は、萌出前の段階でもエックス線写真上で確認されることがまれでない。永久歯に観察される白斑や黄斑は、目立たない程度か、レジン修復で審美的な改善が図れるものが多い。
 減形成部位は、受傷後に再び健全エナメル質の形成が回復したことによって、歯表面からのインピーダンス値は正常である場合が多いが、表層エナメル質にも異常がある場合は象牙質ならびに歯髄への感染経路となるため、萌出後時間が経つにつれて感染が進み、歯髄壊死や根尖性歯周炎を合併し、保存不可能となる歯もある。
 したがって、歯肉内萌出時期か、萌出当初に減形成部位を口腔内に露出させ、これをセメントやレジンで被覆することから開始する。さらに、萌出状態や対合歯の位置に応じて、成長発育に適したレジン修復や仮冠装着などで感染を防ぎつつ、咬合と審美性を維持する必要がある。
 乳歯受傷時年齢が低いほど、後継永久歯はより重度の影響を受けることが知られている。したがって、長期間にわたる経過管理が必要となる。もし、歯根の形態異常や萌出位置異常が生じた場合には、咬合誘導処置や矯正治療が必要になることが多い。

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参考文献
1)Andreasen, J.O. and Andreasen, F.M."Textbook and Color Atlas of Traumatic Injuries to the Teeth"(3rd ed. Munksgaard, Copenhagen, 1994.)
2)宮新美智世「小児歯科の外傷疾患 解説」(落海真喜枝、小島愛子、鈴木俊夫編集『歯科口腔領域のクリニカルパス』、医歯薬出版株式会社、東京、2004,pp126-128.)
3)宮新美智世、高木裕三:「14章外傷,第4編歯・口腔の疾患とその対応(治療、予防)」(高木裕三、田村康夫、井上美津子、白川哲夫編『小児歯科学 第4版』、医歯薬出版株式会社、pp244-266,2011.)
4)日本外傷歯学会「歯の外傷治療ガイドライン」(http://www.ja-dt.org/guidline.html, 2012.)
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