歯科2017.01.22 講演
歯科定例研究会より
歯科金属アレルギーを考える
−経験した2000症例からわかったこと−
大阪市生野区・高歯科医院院長 高 永和先生講演
Ⅰ.はじめに
1928年にFleischmann1)は、アマルガム中の水銀による口内炎と肛門周囲炎の症例を世界で初めて報告した。本邦では1972年中山ら2)による、アマルガム中の水銀による口腔扁平苔癬の症例が最初である。その後も、各国で種々の歯科金属アレルギーの症例が報告されている。本邦では、2000年頃から各大学に歯科金属アレルギー外来が設置され、最近では、インターネットからも多くの関連情報を容易に入手できるようになり、歯科金属アレルギーの情報は一般的にも知られるようになってきた。一方、歯科金属アレルギーについての研究論文数は少なく、その内容も疫学調査や症例報告に関するものがほとんどで、具体的な治療につながるものがあまり見られない。つまり、歯科金属アレルギーについては、治療のガイドラインが確立されておらず、各診療機関の判断で治療が行われている状態である。このようななか、果たして歯科金属アレルギー治療はちゃんと行われているのだろうか?
われわれは、2000年に正確な診断に基づいて歯科金属アレルギー治療を行うことにより、難治性皮膚疾患が改善することを報告した3)。また、チタンインプラントによる金属アレルギー症例において純チタンによるアレルギーを4)、さらにアトピー性皮膚炎と歯科金属・レジンアレルギーを検討し、レジンアレルギーについても報告した5)。これらの報告の示すところは、すべての歯科材料はアレルギーを起こす可能性があるということである。
歯科金属アレルギーの世界最初の報告から約80年、ここで歯科金属アレルギー治療についてちゃんと考えてみたい。
Ⅱ.歯科金属アレルギー
1.歯科金属アレルギーの臨床像(図1・2)女性対男性の割合は679名対257名と女性が男性の2.6倍以上となっており、すべての年齢層において男性より女性の方が多い。また、男女とも患者数は20歳代をピークとして20歳代および30歳代に集中し、両年代を合わせると全体の66.3%(男性は70.0%、女性64.9%)を占めた。年齢分布は4〜80歳で、平均年齢は33歳(男性31歳、女性34歳)であった。
歯科金属アレルギーによる臨床症状としては、アトピー性皮膚炎が67.5%と圧倒的に多く、次いで掌蹠膿疱症9.4%、湿疹8.5%の順となった。
さらに、口腔内違和感・口内炎および口腔扁平苔癬を合わせた口腔領域の症状をみてみると、全体では全疾患中2.1%(男性0.4%、女性2.8%)と極めて少ないことが分かった。つまり、歯科金属アレルギーは口腔内の金属が原因であるにも関わらず、その症状は口腔内にほとんど発症せず、口腔内から遠隔の皮膚に発症することが極めて多いということを示している。
2.全身性接触皮膚炎
歯科金属アレルギーのように、口腔内の金属が直接接触している部位ではなく、そこから離れた遠隔の部位に発症する現象をどのように理解すればいいのか?
Veienら6)は「金属アレルギーの一部の患者では、口腔粘膜や消化管から体内に吸収される微量歯科金属により、さまざまな発疹が惹起される」と報告している。また、Fisher7)は「皮膚より経皮感作された個体で、非経皮的に、つまり経口・経気道的に摂取されたアレルゲンが血流によって散布され到達した遠隔の皮膚でアレルギー反応を呈するのが全身性接触皮膚炎である」と述べている。さらに、口腔粘膜や腸管などから体内に吸収される微量金属は、ほとんどが糞便中に排泄されるが、一部は汗・尿・乳汁中に排泄される8)ことも知られている。つまり、歯科金属アレルギーは、口腔内の金属が口腔粘膜や消化管から吸収され、血行性に全身に運ばれ、到達した部位で接触皮膚炎を起こす全身性接触皮膚炎と考えることができる。
Ⅲ.歯科金属アレルギー治療
歯科金属アレルギーが、全身性接触皮膚炎であることを考えると、その治療は接触皮膚炎の治療に準じるものと考えてよい。接触皮膚炎は、原因を特定しその原因との接触を避けることができれば、対症療法に頼らず根治できる疾患である。しかし、原因が明らかにされないままに、漫然とステロイド外用剤が使用されている場合や適切な防御方法がとられていない場合には、難治性となり治療に苦慮することが多いといわれている。
歯科金属アレルギーの場合に当てはめて考えてみると、口腔内にある原因金属が特定できれば、それを除去することで治癒に導くことができることになる。もし、原因が特定できないのに修復処置を先行した場合、そもそも歯科金属アレルギーでない場合には症状は改善しないのは当然である。さらに、修復処置を行った歯科材料にアレルギーがあった場合には、症状がさらに悪化することも考えられる。繰り返しになるが、すべての歯科材料はアレルギーを起こす可能性がある。
Ⅳ.歯科金属アレルギー治療における医科歯科連携について
歯科金属アレルギーは、口腔内ではなく全身の皮膚症状として現れるため、初めは歯科ではなく、皮膚科などを受診することになる。ここで、医科歯科ともに歯科金属アレルギーの臨床像についての情報を共有し、その連携を適切に行うことができれば、皮膚科でガイドラインに沿った適切な治療を行っても、症状がなかなか改善しない難治性皮膚疾患の症例に対して、原因・悪化因子を再検討することにより、歯科金属が原因になっている症例を見つけ出すことができるかもしれない。
その結果...
・皮膚科などで治療に苦慮していた難治性皮膚疾患を治癒に導くことができる
→Win(医科)
・原因である歯科金属の除去と安全な材料で口腔内の修復ができる
→Win(歯科)
・対症療法によっても長期に改善せず苦しんでいた症状が治癒する
→Win(患者)
・症状の治癒により長期対症療法の必要がなくなり医療費を抑制できる
→Win(国)
のWin(医科)-Win(歯科)-Win(患者)-Win(国)の関係を構築できる。
いま増加する歯科金属アレルギー患者を目の前にして、われわれ歯科医は、歯科金属について、さらに歯科金属アレルギーについても熟知しなければならない。その上で、難治性の皮膚炎患者に対しては、医科との連携を密にしながら、歯科金属アレルギーを念頭に置いた上で積極的に関わっていかねばならない。なぜなら、もしこのまま、われわれ歯科医が歯科金属アレルギーを放置しておけば、将来「歯科金属アレルギーは、歯科による医原病である」とのそしりを受けるかもしれないことを、危惧するからである。
(1月22日、歯科定例研究会より)
参考文献
1)Fleischmann P. Zur frage der gefahrlichkeit kleinster Quecksilbermengen. Dtsch Med Wochenschr 54: 304,1928.2)中山秀夫、大城晶子、佐藤重臣:歯科金属のアレルギーによると思われる扁平苔癬の2例.耳喉 44:239-247,1972.
3)高永和、高理恵子、島津恒敏、丸山剛郎:アトピー性皮膚炎における歯科金属除去による臨床症状の変化に関する研究.日補綴歯会誌44:658-662,2000.
4)Hiroshi E., Nagakazu K., Tsunetoshi S.: Suspected association of an allergic reaction with titanium dental implants :clinical report. J Prosthet Dent 2008;100:344-347.
5)島津恒敏、高永和:アトピー性皮膚炎と歯科金属・レジンアレルギー −抗原特異的リンパ球幼若化反応による検討−.皮膚 42(増刊22):22-30,2000.
6)Veien NK, Hattel T, Justesen O, Norholm A.:Contact Dermatitis 9:402-406,1983.
7)Fisher AA : Contact Dermatitis. 1986, p119-130.
8)米国研究協議会 編:環境汚染物質の生体への影響3 ニッケル,1977,p1.