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学術・研究

歯科2019.03.24 講演

歯科定例研究会より
咬合違和感は歯科心身症?(2019年3月24日)

東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 口腔顔面痛制御学分野 西山  暁先生講演

咬合違和感とは
 咬合とは上下の歯の接触状態のことであり、下顎の閉口終末位における接触関係(咬頭嵌合位)、側方運動や前方運動時の接触関係(ガイド)がある。咬合異常の診療ガイドライン1)によると正常な咬合関係は、(1)咬頭嵌合位において下顎頭が関節窩内で安定した位置にあること、(2)咬頭嵌合位への閉口時に早期接触がないこと、(3)偏心運動時に咬頭干渉がなく適正なガイドがあることと示されている。
 しかし、医療機関に来院する患者の中には、「咬み合わせがおかしい」、「咬む位置が安定しない」といった主訴を持つものが存在する。このような患者の病態は、"咬合違和感"という言葉で表現される。これは咬合感覚異常症(Occlusal dysesthesia:OD)や、phantom bite syndrome(PBS)と同義語で用いられることが多い。そのため、咬合違和感とは歯科心身症の一種であると思われがちであり、早々に歯科系の大学病院や精神科への受診が促されてしまう。果たして、それは正しい認識といえるのだろか。
 国語辞典をみると、咬合とは"上下の歯の接触状態"であり、違和感とは"しっくりしないこと"と示されている。したがって"咬合違和感"をそのままの意味でとらえると、「上下の歯の接触状態がしっくりしないこと」ということになる。このような状況は、ODやPBS以外の疾患でも生じる可能性が高いと考えらえる。
 咬合違和感を訴える病態について、日本補綴歯科学会では「咬合違和感症候群:occlusal discomfort syndrome(ODS)」という名称を提示している2)。広義のODSは明らかな咬合の不調和の有無に関係なく、前述した「上下の歯の接触状態がしっくりしない」という訴えがある状況である。一方、狭義のODSは咬合とは無関係に咬合の違和感を訴える状況であり、ODやPBSに該当する。したがって、咬合違和感を訴える患者が来院した場合、狭義のODSではない可能性も踏まえて対応することが重要となる。
咬合違和感症候群の分類
 神奈川歯科大学の玉置教授によると、ODSはその原因から三つのタイプに分類することができる(図1)。
 タイプ1はう蝕や歯周病、根尖性歯周炎、不正咬合、さらには修復物や補綴物の調整不足などによって生じる咬合違和感である。つまり、歯や歯周組織にその原因が存在する場合である。他にも、歯根膜への負担過重によって生じる歯根膜の過敏化がある。負担過重の主な原因としてはブラキシズムが考えられる。
 タイプ2は顎関節や咀嚼筋に何らかの問題が生じ、その結果として咬合関係が不安定になり生じた咬合違和感である。顎関節や咀嚼筋に問題を生じさせる疾患はさまざまであるが、顎関節症が日常臨床では遭遇する頻度が高いと思われる。顎関節症による咬合変化は、顎関節症症状が発現してすぐに生じる場合(急性)と、時間をかけて徐々に変化が生じる場合(遅発性)がある。
 急性に生じるのは顎関節円板の位置変化に起因することが多いが、痛みによって生じる場合もあることを知っておくことが重要である3)。顎関節や咀嚼筋の痛みによって、下顎の閉口終末位が変化すると、咬合接触関係も変化することから咬合違和感が生じるようになる。また、痛みによって咬合感覚自体に変化が生じ、咬合接触関係に変化が生じていないにもかかわらず咬合違和感が生じることもある。
 したがって、痛みを伴う顎関節症患者の咬合関係の判断については、十分な注意が必要となる。遅発性に生じるのは下顎頭の変形により下顎位が変化した場合である。また、ジストニアやジスキネジアなどの不随意運動によっても咬合変化が生じることもある。
 タイプ3はタイプ1およびタイプ2に当てはまらない咬合違和感である。頭蓋内疾患や他の病気の結果として生じている場合もあるが、そのような原因が見つからない場合は、ODあるいはPBSである可能性が高くなる4)。ODあるいはPBSの場合、精神的要因が背景にある可能性が高いと考えられている。
咬合違和感症候群への対応
 ODSへの対応は、タイプごとに異なってくる。
 タイプ1では、咬合違和感の原因となっている歯や歯周組織に起因する疾患の治療を行ってゆく。すなわち、歯周疾患であればその治療を、根尖性歯周炎であれば歯内治療を進めることになる。ブラキシズムによる歯根膜への負担過重であれば、ブラキシズムのレベルダウンを行う必要があるが、そこで注目すべきは覚醒時ブラキシズムの一種である"TCH(tooth contacting habit)"である。
 TCHは「上下歯を持続的に接触させている状態が長時間化している習癖行動」であり、"くいしばり"のイメージよりも小さな力5)が生じている状態である。歯に弱くて持続的な咬合力を加えることによって、歯根膜感覚の変化が生じる可能性が報告されている6)。したがって、TCHをコントロール(※)することによって歯根膜への刺激を少なくすることが功を奏する可能性がある。
 タイプ2では、顎関節あるいは咀嚼筋に生じている疾患の治療を行ってゆく。顎関節症については、保存的治療から開始することが重要であり、その中心は運動療法や行動療法などの"セルフマネージメント"である。咀嚼筋の不随意運動がある場合は、神経内科への紹介が必要となる。
 タイプ3では、歯や歯周組織、顎関節、咀嚼筋自体に問題はないことから、咬合調整などの歯科的対応は避けるべきである。咬合調整はむしろ症状を悪化させてしまう場合も考えられる。原因の多くは精神疾患が背景になっている可能性があることから、最終的には心療内科や精神科への受診が必要となることが多い。
 しかし、タイプ3の患者の特徴として、自分の咬合を頻繁に確認する行動が多いといわれており、TCHコントロールによってその確認頻度を減少させてみることも対応の1つになりうると考えらえる(図2)。
まとめ
 以上のことから、Type1とType2については、原因が比較的明らかであるため、適切な診断さえ行えれば通常の歯科的対応により改善する可能性がある。たとえType3の可能性があったとしても、まずは歯や歯周組織、顎関節、咀嚼筋などの状況をきちんと精査する必要がある。
 患者が咬合違和感を訴えているからといって敬遠するのではなく、冷静に対応することが患者のためにも重要であるといえる。
※TCHのコントロールは行動変容法を用いて行ってゆく。リマインダーと呼ばれる合図を用いて、日常生活の中で上下の歯が当たっている頻度やそのときの状況を確認してゆく。歯が当たっていた場合は鼻から吸って口から吐き出す"深呼吸"を行い、上下の歯が離れた感覚をすぐに経験させる。この行動を繰り返すことにより、リマインダーからの合図がなくても、歯が当たっていることに患者自らが気付くにようになる。すなわち、自分で行動をリセットする能力が身についてくる。
(3月24日、歯科定例研究会より)

参考文献
1)日本補綴歯科学会。咬合異常の診療ガイドライン。http://www.hotetsu.com/s/doc/GAIDE-02_21649.pdf. 2019年4月4日参照。
2)玉置勝司 他。咬合違和感症候群。日補綴会誌 2013;5:369-386.
3)Kogawa EM, et al. Evaluatoin of minimum interdental threshold ability in dentate female temporomandibular disorder patients. J Oral Rehabil 2010;10:322-328.
4)松香芳三 他。咬合違和感の診断と対処法。日補綴会誌 2018;10:129-133.
5)Nishiyama A et al. Magnitude of bite force that is interpreted as clenching in patients with temporomandibular disorders: A pilot study. Dentistry 2014;Special Issue 2:004.
6)Liang SS, Nishiyama A, et al. Changesin sensory thresholds of the pulp and periodontal ligaments after standardized tooth clenching. Int J Dent and Oral Health 2018;4(5).

図1 咬合違和感症候群(ODS)の分類

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図2 タイプ3に対してはTCHコントロールを行ってみるのも一考である

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