歯科2019.08.04 講演
歯科定例研究会より
3つのキーフレーズで考える摂食嚥下障害への対応(2019年8月4日)
一般社団法人TOUCH 舘村 卓先生講演
はじめに
日本人の寿命は1947年に50歳を超え、2013年まで約30歳延びた。寿命50年の頃は、一生の終わり頃の一時期に罹った一つの疾患が治るか死ぬかであったため、医療には疾患治療だけが求められた。寿命90年の現在、一生に何度も複数の疾患を有して生きるため、医療には生活参加の支援が求められ、多様なサービスが提供されるようになったが、経口摂取の支援は共通している。経口摂取の必要性
経口摂取が困難とされると非経口的栄養が選択される。長期の非経口的栄養には問題が多いことが示されるようになった。非経口的栄養法の開始直後は液体栄養剤が用いられるため下痢を生じ、栄養吸収率も低下する。液体は腸管に対する負荷は小さく、蠕動運動は微弱になり、長期的には腸管は廃用性萎縮に陥って便秘となり、小腸粘膜の微絨毛も萎縮して栄養吸収状態は悪化する。一方、エネルギー源の吸収程度はほとんど変化せず、身体活動が少ない場合には「ふくよかな栄養失調」(サルコペニア肥満)となる。低栄養は、転倒・骨折、誤嚥等の問題を生じ、生活機能を低下させる。したがって、経口摂取を支援して腸管運動を維持する必要がある。
低栄養は口腔にも影響する。歯肉は菲薄化して弾性を失い、歯槽骨頂は吸収されて鋭利になる。長期に義歯を外すと不適合になるだけでなく、義歯を新製しても装着時に咬合痛が生じ、経口摂取は困難になる。口腔機能の廃用化防止と粘膜の過敏性の改善のために義歯製作前から口腔ケアを行うことが必要である。
経口摂取は難しい
摂食嚥下機能を評価せずに経口摂取に移行するのはリスクが高い。講演では、骨折疑いで入院し、総義歯を外してNGチューブを留置した後、退院のためにNGチューブ留置した状態で経口摂取を開始した直後にパンによって窒息した事故の背景について示した。パンの摂取には、舌と下顎の前後上下左右運動と唾液の分泌が必要である。総義歯を外すと口腔容積は減少して舌運動は前後方向に制限され、咀嚼できなくなる。加齢に伴い唾液分泌量は減少するため食塊形成は難しく、またわずかに分泌された唾液のアミラーゼによってパンは口腔粘膜に張り付く。さらにNGチューブは咽頭の感覚閾値を上昇させて嘔吐反射は生じなくなる。これらが窒息の背景である。
経口摂取の支援を無定見に行うと窒息や肺炎のリスクを高める。基本的な考え方は、(1)呼吸路の安全性の確保、(2)口腔咽頭機能の賦活、(3)口腔咽頭機能のレベルに応じた食事である。
経口摂取を支援するための考え方
安全に経口摂取を支援する上で必要な情報は生後から離乳完了までの児の発達過程にある。1)生後直後~離乳前期
出生直後の口腔は未発達な上下歯槽と頬の脂肪体により狭い。狭い口腔は乳首の圧迫吸啜には好都合であるが、食具や固形食を収容できない。固形食の摂取には口腔容積が増大する必要がある。これは、成人でも同様であり、咬合を維持していた義歯を外すと舌の前後運動で丸呑するような食物しか摂取できなくなる。
出生直後には栄養摂取のための原始反射(探索反射、口唇反射、吸啜反射)と異物排除のための原始反射(咬反射、挺舌反射)が見られる。固形食は食具で口腔に取り込む必要があるが、原始反射が生じる間は食具は使えず、原始反射が消失する必要がある。児では、生後2カ月頃に指しゃぶり、生後3カ月頃に「おしゃぶり」等を口に入れることで脱感作し、原始反射は生じなくなり、離乳を開始できる。脱感作により原始反射は隠されるが、成人でも頭部外傷や脳実質の萎縮により顕性化するため、脱感作が必要になる。
2)固形食摂取の2要件
固形食が摂取できるには、食具を受け入れ、舌により咽頭に送り込み、安全に嚥下できることが必要になる。(1)原始反射の消失、(2)喉頭挙上により喉頭蓋で気管口を閉鎖するため頸定するの2要件が満たされる必要がある。この2要件は成人であっても同様である。これらが満たされると以下のように固形食が摂取できる。
2-1)離乳(固形食摂取)開始後
母子手帳は離乳が生後月数の3段階(初期、中期、後期)で完了するとしているが、この考えは誤りであり、要介護者(児)にも資する情報はない。早産の場合、機能発達は満期分娩児より遅れると考えられ、月数ではなく口腔機能の状態によって固形物摂取開始時期は決まる。
ⅰ)離乳初期の口腔運動と摂取可能な食物
離乳初期の口腔は小さく、舌は前後運動しかできず、摂取できる食物は「丸呑み」する物性の食事となる。成人では、咬合を失うと口腔容積は減少し、離乳初期同様に舌運動は前後方向に制限され、初期食に似た食事しか摂取できない。長期的には舌機能は廃用化する。
この場合に上下総義歯を装着すると咬合が高くなり、廃用化した舌は口蓋に接触できず、食塊形成から送り込みが困難になる。口腔機能訓練を行い、初期食様の食物から開始することが必要である。
ⅱ)離乳中期の口腔運動と摂取可能な食物
中期食とは、食具で口に運び、口唇により拭い取り、舌の前後上下運動で押しつぶして咽頭に送り込むゼリー状食である。口唇閉鎖は押しつぶした食塊がこぼれないようにする上でも必要になる。中期食が可能かは、(1)気密な口唇閉鎖、(2)舌の前後上下運動で判定する。口唇閉鎖は、コップから水分が摂取できるかにより判定する。舌の上下運動は、舌を歯ブラシ等で押し下げた際に舌が上方に抵抗運動できるかにより判定する。
初期食から中期食に誘導するための訓練としては、ブラッシング時に舌を圧下する、口蓋雛壁の後方への触刺激により舌尖の挙上を促す、臼歯で噛んだ舌圧子を舌で上方に押し上げる、等である。口唇閉鎖は、上口唇をつまんだり、口腔前庭に指を入れてストレッチする。
ⅲ)離乳後期の口腔運動と摂取可能な食物
後期食とは、下顎と舌の前後上下左右運動による噛み砕きから唾液を混ぜる磨りつぶしにより食塊となる食物であり、舌の左右運動は、歯ブラシ等で舌側縁を内側に押した際に押し返すようになるかによって判定する。
中期食から後期食に誘導するための訓練としては、ブラッシング時に舌を側方から内側に向けて押す、口角に触れて舌尖で触れさせる、等である。
最後に
講演では、脳外科手術後に遷延性意識障害となり、7年間PEGによる非経口栄養であった婦人に対する介入の経過を紹介した。口腔咽頭機能は廃用化し、脳損傷による原始反射が見られ、定期的に歯垢が原因と思われる発熱を繰り返していた。介入直後は脱感作と治療的口腔清掃を開始した。安全な嚥下姿勢である3点セット(うなずき頭位+体幹保持+足底接地)を守り(図1,2)、舌~軟口蓋~口蓋舌弓の関連筋群のストレッチを生食水を浸して冷凍したスポンジブラシで行った。
家族による口腔ケア後にも汚れた刺激唾液の誤嚥による発熱を認めなくなったことで、本質的な嚥下機能の問題はないと判定した。既述した考え方に基づいて舌機能の段階に応じた食事を提供して、腸管の運動を促すことでPEGからの栄養剤の吸収率を改善させることができた。この事例での目標は、経口摂取により腸管運動を促すことでPEGでの栄養吸収率を向上させて、サルコペニアを改善することを通じて家族の介護負担を軽減することである。
今回の講演では、(一社)TOUCH(http://www.touch-sss.net/)が年4回提供するセミナーのダイジェスト版を紹介した。さらに深い情報についてはライブセミナーに参加していただきたい。
(2019年8月4日、歯科定例研究会より)
参考文献
舘村 卓著:摂食嚥下障害のキュアとケア第二版、医歯薬出版舘村 卓著:生活参加を支援する口腔ケアプログラムの作り方、永末書店
図1 呼吸路を守る安全な姿勢(椅子での座位)
図2 呼吸路を守る安全な姿勢(ベッド上)
図2 呼吸路を守る安全な姿勢(ベッド上)