兵庫県保険医協会

会員ページ 文字サイズ

学術・研究

歯科2020.07.05 講演

歯科定例研究会より
世界中で湧き起こる"歯科医科連携"への期待
~国民と医科を歯科医療に覚醒させるために~(2020年7月5日)

松山市・にしだわたる糖尿病内科 院長  西田  亙先生講演

はじめに

 歯周病は、嫌気性菌を主体とした細菌感染による歯周組織の慢性微小炎症(歯周組織炎)である。一方、糖尿病患者の体内では、大型化した脂肪細胞の周囲で炎症が起こり(脂肪組織炎)、炎症性サイトカインが分泌されることで、インスリン抵抗性が高まり、結果として血糖が上昇する。
 歯周組織炎と脂肪組織炎は、いずれもインフルエンザや肺炎などとは異なり軽微な炎症ではあるが、長期間にわたり持続する点が重要である。筆者の経験では、慢性歯周炎を合併した糖尿病患者のC反応性蛋白(CRP:C Reactive Protein)は0.3㎎/dl前後である。これは、従来の医科常識からすれば無視されるほどの低値ではあるが(一般的にCRP基準値は0.3㎎/dl以下とされている)、糖尿病の悪化や心筋梗塞の発症リスク上昇など、全身に大きな悪影響を与えている1)
 本稿では、歯周治療を"炎症制御"と捉えることで見えてくる、今後の医科歯科連携のあり方について考察する。

医科歯科連携の推進をめざした"診療情報連携共有料"が誕生

 2018年4月、日本で歴史的とも言える診療報酬が誕生した。「診療情報連携共有料」と呼ばれるもので、医科点数表と歯科点数表の双方に登場している。そのポイントを以下にまとめる2)
・対象は慢性疾患患者
・歯科診療を行う上で必要になる「検査値」や「処方内容」等を医科に対して「照会」した際に、歯科は120点を算定できる
・医科がこれに返答した場合は、同じく120点が算定できる
・3カ月に1回に限り算定できる(必要があれば3カ月間隔で算定可能)
・ただし、上記は「歯科側からの求め」に応じる場合に限られる
 慢性疾患が、具体的に糖尿病を意識していることは間違いなく、患者の経過について検査結果と処方内容の変化を確認するよう、厚生労働省は歯科側に求めている。しかも、この連携は「歯科側からの投げかけ」で始めるよう、医科点数表上で定められている点に着目してほしい。

糖尿病と歯周病はコインの裏表

 診療情報連携共有料の登場に象徴される通り、糖尿病の管理において、ここ10年余りで急速に注目されるようになった合併症が、歯周病である。歯周病には、他の合併症には見られない特徴が一つある。それは『糖尿病と歯周病はコインの裏表の関係にある』という事実である。歯周病が悪化すれば血糖値が上昇し、歯周病が改善すれば血糖値も下がる。双方向性の関係は、網膜症や腎症には認められないものである。
 日本糖尿病学会もこの双方向性の関係を重視し、国内外で蓄積されてきたさまざまな学術研究に基づいた上で、2016年の糖尿病診療ガイドラインにおいて、正式に2型糖尿病患者に対する歯周治療を推奨した3)。さらに、2019年の同ガイドライン改定では、その推奨度はグレードB(弱い推奨)から、最高のグレードA(強い推奨)に格上げされている4)
 歯周病と糖尿病の関係に着目しているのは、国内だけではない。2018年6月、米国歯周病学会と欧州歯周病学会は、19年ぶりに歯周炎の新分類を改定したが、この分類の中にHbA1cが登場したのである5)。HbA1cが高値であれば歯周病の進行が早くなるという注意喚起に加え、欧米の歯周病専門医らは、歯周治療が全身におよぼす好影響についても注目している。

炎症を通してつながる糖尿病と歯周病

 このように、糖尿病領域における医科歯科連携は国内外で急速な展開を見せている。中でもここ数年の進展は目覚ましいが、なぜ日本糖尿病学会・日本糖尿病協会・厚生労働省は、ここまで糖尿病と歯周病の関係を重要視するのであろうか?
 その背景には、国内外で実施されてきた膨大な臨床研究成果があることは言うまでもないが、筆者が糖尿病と歯周病が炎症で強く結ばれている事実を学んだ一例を紹介する1)
 症例は42歳男性、34歳から慢性関節リウマチと糖尿病治療のため、大学病院に通院していた。HbA1cは7%前後で安定していたが、39歳時にHbA1cが11.4%まで悪化したため、糖尿病内科外来でインスリンを導入されている。その後、HbA1cは6.2%まで改善したが、次第に増悪しHbA1c10%台が持続するため、糖尿病内科に入院した。
 入院後、研修医が行った問診から「毎朝歯茎からの出血で枕が赤く染まる」ことが明らかになった。直ちに歯科口腔外科を紹介したところ重度の歯周病が認められ、上顎と下顎の2回に分けて歯周治療が行われた。
 入院当初は、エネルギー制限食とインスリン頻回注射を行っていたにもかかわらず、血糖日内変動は200~300㎎/dlと高値で推移していた。しかし、歯周治療が完了した頃から、血糖値は急速に改善し、インスリン必要量も低下。退院2日前にはインスリンは不要となり、内服薬1剤のみで退院することになった(図)。
 退院後わずか1カ月で、HbA1cは10.5%から7.8%まで劇的に改善し、血清CRPは入院時の0.35㎎/dlから0.16㎎/dlまで半減していた(表)。
 この事実は、歯周治療により歯周組織の慢性炎症が減弱した結果、インスリン抵抗性が改善し、血糖値の低下に至った可能性を強く示唆している。
 実は、本症例の外来主治医は筆者である。当時は、患者の口腔内を観察しても扁桃以外に興味はなく、視れども見えずの状態にあった。しかも、入院前の外来では"患者に良かれ"との思いで、インスリン治療を選択しており、薬剤治療費は管理料も含めると毎月25,000円以上にもおよんでいた。適切な歯周治療を受けた後は、薬剤費は毎月500円少々と、約50分の1となり筆者は大いに反省した次第である。
 体の中でくすぶっている慢性炎症を見つけ出し、その火種を解除しなければ、最強と言われるインスリン製剤をもってしても、内科医は炎症によるインスリン抵抗性に打ち勝つことはできないことを、本症例は教えている。
 糖尿病患者がインフルエンザや肺炎などの感染症に罹患した際、炎症がインスリン抵抗性を引き起こし、著しい高血糖をきたすことは臨床上よく経験するところである。これらは強大な炎症であるが、数日から1週間で消退する。これに対して、歯周病は微弱な炎症ではあるものの、数年から10年以上にわたり持続する点が重要である。
 すなわち、長期間にわたり糖代謝に悪影響を与えうるという点において、慢性微小炎症である歯周病は、全身にとってより大きな脅威となるのである。

まとめ

 歯周病の放置は、慢性微小炎症を通じてインスリン抵抗性を産み出し、糖尿病を悪化させる。逆に捉えれば、歯周治療により慢性歯周炎が消退すれば、血糖値は改善する。よって、歯周病を合併した糖尿病患者には、歯周治療を積極的に勧めなければならない。今後は、新しく登場した診療情報連携共有料を活用し、歯科が医科と積極的に連携を取ることで、歯周治療中のHbA1cやCRPをフォローできれば、臨床経過の評価と科学的医科歯科連携の構築に役立つだろう。

参考文献

1)西田亙:歯科医院に知ってほしい糖尿病のこと、医歯薬出版、 2017
2)西田亙:歯科医院に知ってほしい糖尿病のこと その2、医歯薬出版、 2019
3)日本糖尿病学会:糖尿病診療ガイドライン、 2016
4)日本糖尿病学会:糖尿病診療ガイドライン、 2019
5)Tonetti MS et al.: Staging and grading of periodontitis: Framework and proposal of a new classification and case definition. J Clin Periodontol, 45(suppl 20)S149-S161, 2018

図 歯周病を合併した2型糖尿病症例の入院中経過
1946_02.gif


表 退院後は血清CRPの低下と共にHbA1cは著明に改善した
1946_01.gif

※学術・研究内検索です。
医科のページへ
2018年・研究会一覧PDF(歯科)
2017年・研究会一覧PDF(歯科)
2016年・研究会一覧PDF(歯科)
2015年・研究会一覧PDF(歯科)
2014年・研究会一覧PDF(歯科)
2013年・研究会一覧PDF(歯科)
2012年・研究会一覧PDF(歯科)
2011年・研究会一覧PDF(歯科)
2010年・研究会一覧PDF(歯科)
2009年・研究会一覧PDF(歯科)