歯科2020.10.11 講演
歯科定例研究会より
保険で良い入れ歯を~総義歯製作編~(2020年10月11日)
千葉県市川市・むらおか歯科矯正歯科クリニック 村岡 秀明先生講演
はじめに
兵庫県保険医協会にお招きいただき、「保険で良い入れ歯を」のテーマでお話をさせていただくのは、これで2回目である。前回は、「パーシャルデンチャー編」というご依頼をいただいたが、今回はその続編で、「総義歯編」である。この「保険で良い入れ歯を」というテーマは、なかなか奥が深いと感じている。「保険で」という言葉の中には、「省力化を図る」という意味があるし、「良い入れ歯を」という言葉の中には、省力化ばかり考えて性能が良好でない義歯を装着しても、痛い、外れるということで何度も来院を繰り返し、結局は不採算になるばかりか、医院の評判も落とすということになりかねないことを示唆している。
今回の私の話は、あくまでも症例報告である。先生方によっては、「保険でももっとちゃんとやっているよ」という先生もいれば、「保険ではあそこまではできない」と思う先生もいるかもしれない。しかし、私が実際に日々の診療の中で行っている方法なので、「あー、村岡はあんな風にやっているのか」と気楽に読んでいただきたい。
旧義歯を持っていない72歳の患者さん
最初の症例は、72歳の旧義歯を持っていない患者さんである。ほとんどの天然歯が残根状態になっていて、全部抜歯をして総義歯を作ってくれという要望である。そして、義歯を入れた経験はないということである。このような場合、私はまず上顎から抜歯をするようにしている。初めは1本、次は2本から3本という風にして、まず上顎を全部抜歯してしまう。その後、下顎の抜歯に移るのである。
なぜかというと、上下無歯顎であり、義歯を入れた経験がない、または義歯を作ったことがあるが入れていないという患者さんに、上下の義歯を同時に入れても、なかなか使いこなせないことがあるからだ。そのような症例に接した場合、私はまず上顎だけを作るようにしている。下顎総義歯だけを作っても入れていられないが、上顎だけだと入れていることができる。それだけで容貌もそれなりに回復する。
そして、一週間ほどして、入れていられたのか聞くのである。上顎が入れていられなかったら、下顎を作っても入れてくれないので、まず上顎だけ作るのである。まず上顎を先に抜歯して、その後下顎を抜歯していくと、下顎の抜歯が終わる頃には、上顎の抜歯窩もそれなりに少し治癒してくる。そこで、時を置かず、上顎の印象に入るのである。
上顎印象はアルジネート2重印象である(最近は少し変わってきたのだが、その話題はまた次の機会に)。咬合採得をするわけではないので、仮床はパラフィンワックスで十分である。中切歯の位置を決めて(これは直接口腔内で配列する。できれば犬歯から犬歯まで6本配列すると良いのだが、中切歯だけでも良いし、ピタ中を使ってもよい)、咬合平面は鼻聴道線に平行に、カンペル平面を基準とするのがよい。この中切歯の位置と咬合平面が分かれば、上顎の総義歯は完成させることができる。臼歯部の頬舌的配列位置はそれなりである。
上顎総義歯の装着時には、痛くないことと外れないことだけを確認すれば良い。もし外れやすければ裏装してしまう。まだ対合歯がないので、咬合調整は必要がない。1週間使ってもらって、入れていられるならば、下顎の印象に移っていく。この頃には、下顎の抜歯窩もかなり治癒している。
咬合採得はまず咬合高径が不明だが、上顎総義歯を作った時に咬合平面を鼻聴道線に平行にしたら、自動的に6番の床の厚みが決まってくる。そして今度は、下顎の6番の厚みをそれと同じに設定する。なぜならば、咬合平面は上顎顎堤頂と下顎顎堤頂の真ん中辺にあるからだ。上顎前歯の位置は決まっているので、それに対して適当なオーバーバイト、オーバージェットを与えれば、前歯の位置は決まるし、これで下顎は完成できる。
問題は、臼歯部の頬舌的配列位置である。本来は下顎を基準とするので、先に上顎を大体の想定で配列しているために、良好でないこともある。その時は、6カ月後に今度は、旧義歯があるわけなので、コピーデンチャーを利用して新義歯を作ればよい。
コピーデンチャーを利用した総義歯製作法
仙台に阿部晴彦先生という方がいる。私は大学を卒業して阿部先生に総義歯を教わったが、阿部先生が私に初めて言った言葉が「村岡くん、無歯顎臨床は考古学であり建築学なんだぞ」であった。パーシャルデンチャーであれば、まだ天然歯が残っているので、配列位置や咬合高径など、それなりに参考にする基準がある。ところが無歯顎になってしまうと何も拠り所がなくなってしまっている。そのような時、大いに参考になるのが、旧義歯である。旧義歯の悪いところは修正し、良いところは取り入れて、新義歯を作るのである。そこで、臨床を始めたばかりの頃は、患者さんの旧義歯を改造して、それを咬合堤つき個人トレーとして印象採得、咬合採得を行うという方法で新義歯を作っていった。
しかし、この方法はかなり危険性を伴うものである。というのは、改造したものが良好な結果を生まないことがあるからだ。例えば、維持力は出たのだが痛みが発生して改造前よりも具合が悪いと言われてしまう、というようなことである。
そこで、コピーデンチャーの登場である。患者さんが使用している旧義歯を30分ほどお預かりしてコピーデンチャーを作ってしまう。私は、無歯顎であり旧義歯を持っているという症例であれば、100%コピーデンチャーを作って、それを改造していくという方法により新義歯を作製している。
いずれの場合でも、まず上顎の辺縁を改造して上顎の吸着を求めていく。辺縁は、トクヤマ社のトクヤマリベースⅢ、ヨシダ社のペリモールド、モリタ社のクラリベースを使いながら、まず上顎の辺縁形態を修正し、咬合高径を確認し、最後に下顎の形態を改造していく。そして、改造された上下コピーデンチャーを咬合堤つき個人トレーとして松風社のジルデフィットウォッシュタイプのシリコン印象材を使い、印象採得咬合採得を同時に行っていくのである(図1~7)。
改造に際してまず大切なのはどの手順で行っていくのかよりも、どのような形になれば良いのかを知ることである。そして、次に上記の器材の扱いに手慣れることである。根管治療や支台歯形成と違い、義歯の改造は口腔外で訓練することができない。したがって、これぞと思う症例がきたら、不採算不採算とばかり考えず、症例を重ね器材の扱いに手慣れることである。それが「保険で」という省力化につながり、また「良い入れ歯」への近道と考える。
(2020年10月11日、歯科定例研究会より)
図1 無歯顎なのに小臼歯くらいまでしかないので外れてしまう旧義歯
図2 まず人工歯部を延長して
図3 辺縁を作り
図4 口蓋部はパラフィンで裏打ちして延長して
図5 全体をウォッシュして
図6 シリコンで印象します
図7 コピーデンチャーを利用した印象採得咬合採得(左)と旧義歯(右)