歯科2022.04.17 講演
歯科定例研究会より
簡単!確実!あたりまえフルデンチャーテクニック(2022年4月17日)
広島県福山市・OMデンチャーシステム 岡本 信先生講演
適合が良い義歯ほど痛い?
一所懸命に印象を採り、慎重に咬合採得を行い、時間と回数をかけて完成した義歯なのに、使うと痛い。これは普通によくあることだが、原因を知らなければならない。正解は「適合が良い義歯ほど動くと痛い」である。義歯がピッタリなため、機能時に動くと不適合が生じて痛いのだ。われわれは精度の高い義歯を作る技術はすでに持っているので、あとは「動かない工夫」を行えば良いということになる。
難症例が増えている
20年くらい前の義歯の解説書を見ると、症例の患者は皆若い。60代、中には50代かもという方も。一方で、近頃のフルデンチャーの患者は、超高齢で全身疾患を有している人ばかりである。顎堤は吸収し、唾液量が減少している場合も多い。20年前と比べて、口腔内の状況はもちろん患者自身の適応能力も大きく低下していると考えるべきである。果たして従来の手法でこれらの難症例に対して、動かない義歯を作ることができるだろうか?
吸盤が絶対に外れないためには
「動かない工夫」ということで、義歯を「壁についた吸盤」に例えて考えてみる。そしてついに、吸盤が絶対に外れない方法を思いついたのである。それは吸盤を常に壁に向かって押し続けるということ。トンチのようだが、よく考えればあたりまえの事実である。この押し続ける力を口腔内では咬合力に置き換えて、義歯の安定を図ることになる。
安定のための十分条件=片側性咬合平衡
咬合平衡や咬合様式の話になると、すぐにつまらなくなるので、すべて無視して「片側性咬合平衡(Unilateral Balance)だけを達成すれば良い」と覚えてほしい。片側性咬合平衡とは、片側だけで食物を咀嚼しても義歯が安定している状態である。食べる時は、まず片側だけに食塊が存在し、破砕することから始まる(図1)。この時点で義歯が不安定になれば、食べられないのはあたりまえである。OMデンチャーシステムでは、この片側性咬合平衡を達成することを最終目的としている。UB-Area(Unilateral Balancing Area)の検査
まずは無歯顎堤上で片側性咬合平衡が得られる領域(UB-Area)の検査を行う。咬合床のロウ堤上を練成充填器の丸い方で押さえていき、咬合床が動かない範囲を記録する。UB-Areaの広さは顎堤の高さや唾液量など、生体のさまざまな条件によって変化する。UB-Areaは包括的な生体情報として、非常に重要だと考えている。オクルーザルマップの作成
UB-Areaが記録されたら、次は上下を考えなくてはならない。下顎で片側性咬合平衡が得られる部位でも上顎がダメなら、全く無意味となるからだ。そこで上下のUB-Areaが3次元的にどのような位置関係にあるのかを調べる必要がある。そのために作成するのがオクルーザルマップである。上下作業用模型を規格撮影し、画像処理で重ね合わせることでオクルーザルマップは完成する(図2)。ちなみにOMデンチャーシステムの「OM」はオクルーザルマップのことである(図3)。オーバーラップエリアに人工歯を排列
オクルーザルマップ上で上顎UB-Areaと下顎UB-Areaが重なる領域をオーバーラップエリアと呼んでいる。この領域は上も下も同時に片側性咬合平衡が得られるわけであるから、確実によく噛めるはずである。このオーバーラップエリア内に効率的に咬合接触点が収まるように人工歯排列を行う。このようにして片側性咬合平衡が達成されたフルデンチャーが完成される。詳細な手技についてはOMデンチャーシステムのYouTubeチャンネルやFacebookページで動画や情報を発信しているので、ぜひご覧いただきたい(図4)。
教科書に掲載
2022年2月に医歯薬出版より「無歯顎補綴治療学第4版」が刊行された。ほとんどの大学の総義歯の講義で用いられている教科書である。この最新版の人工歯排列の章に、私の片側性咬合平衡についての考え方が紹介された。オクルーザルマップに私の名前と参考文献も掲載されている。まさか教科書に載ることになるとは夢にも思わなかったので、本当に驚いた。しかしながら、私の考え方の学術的意義が証明された結果と受け止め、非常に嬉しく感じている。教科書に載ることは、人生の中でも一つの大きな目標のように感じていたので、達成感は大きい。
「あたりまえ」とは?
タイトルにある「あたりまえ」ということを強く意識して仕事をするようにしている。世の中には多くの情報が溢れ、物事が複雑になりすぎではないか? これらの情報をエビデンスに基づいて解明していくことは専門の人たちに任せて、われわれ一般臨床家は、例えば「りんごを手から離したら地面に落ちる」ような地球上の真理の中で、「あたりまえ」のことを確実に行っていくことが必要だと思っている。あたりまえフルデンチャーテクニックは、「噛めるところに人工歯を並べる」という、誰が考えても「あたりまえ」のことなのである。(4月17日、歯科定例研究会より)
図4 YouTube(左)とFacebook(右)で情報発信