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学術・研究

歯科2022.09.23 講演

歯科定例研究会より
北欧・アイルランドの予防歯科から学ぶ日本の歯科医療の課題 (2022年9月23日)

NPO法人「最先端のむし歯・歯周病予防を要求する会」(PSAP)理事長 西 真紀子先生講演

はじめに
 ヨーロッパの中でも様々な歯科医療システムがあり、大きく六つに分けることができる(図1)。
 そのうちの「北欧モデル」には、デンマーク、フィンランド、ノルウェー、スウェーデンの国々が入り、共通して国の保険が使われ公立歯科医院が多いこと、デンタルチームというコンセプトが発達していること、小児の歯科医療費(予防、矯正、修復治療などすべてを含む)が無料であることなどが特徴である。そのおかげで、80~95%の人々が定期的に歯科医師または歯科衛生士を訪れている。
スウェーデンの歯科医療
 北欧諸国の中で人口が最も多いスウェーデンでは、1974年に予防中心型の制度に改革し、最近の疫学調査では65~74歳の無歯顎者率は2.7%、80歳で20本以上の歯を保持している者の割合は61%だった。小児においては3歳児のカリエスフリー者率が95%、19歳では46%だった。
 スウェーデンの歯学部では、歯科医師を5年制、歯科衛生士と歯科技工士は3年制で養成している。いずれも卒業と同時に一人前に働けるように教育される。これら三つの職業につく学生らは臨床実習で共に1人の患者を担当して、デンタルチーム内のそれぞれの働き方も学ぶ。
 大学院教育では、一つのテーマにおいて4~5篇の論文を国際ジャーナルに受諾されて論文集を完成し、公開の口頭試問で審査員を論破してPhDの学位が得られる。同等の基準を満たした歯科衛生士のPhD保持者も多数存在する。そのような学問的素養を身に付けた人たちが大学や行政を率い、エビデンスに基づいた歯科医療の実践を可能にしてきたのだろう。
アイルランドの歯科医療
 一方、イギリスの西隣に位置するアイルランドの歯科医療モデルは「ハイブリッドモデル」と呼ばれ、イギリスの「ベバリッジモデル」と「北欧モデル」の中間のような形態を取る。
 急速に公立歯科医院で働く歯科医師が増加し、小児と高齢者と低所得者層の歯科医療費を無料にしつつも、その適用年齢や処置内容が限られている。そして小児歯科医の主な仕事は第一大臼歯の抜歯という。補綴処置や歯内療法は非常に高額だが抜歯は無料なので、そのような結果になるのだろう。臼歯部が欠損したまま生涯放置することも珍しくなく、中高年の口腔内を診ると、社会経済レベルの高い人でもそれが認められる。
 疫学調査では、無歯顎者率は54歳以上で18%、75歳以上で41%と、日本(55歳以上で7%、75歳以上で14%)よりも高い値が出ている。経済レベルが同じような国でも歯科医療モデルによって口腔保健の結果が随分変わることが分かる。ただし、残存歯数や無歯顎者率の国際比較は、抜歯基準やホープレス歯の取り扱いが国ごとに違う可能性があるので、注意を要する。
 予防歯科の分野でアイルランドが優れているのはフロリデーションや禁煙法をいち早く取り入れたことである。フロリデーションは1965年から1ppm、2007年から0.7ppmを添加している。禁煙法は2004年に施行された。パブ業界の反対を押し切って世界に先駆けてこの法律を制定した保健省大臣の英断は称賛に値する。また、2019~2026年の新しい歯科医療政策も始まり、より予防歯科医療を手厚くしているようだ。
日本の歯科界ができること
 予防歯科に対してこれらの国々と日本の患者らが求めることに相違はなく、むしろ、日本の患者の方がもっと健康意識が高く情報に従順であると感じることもある。健康な歯を保ちたいという需要に対し、日本の歯科界ができることは山のように積まれている。
 まず、「北欧モデル」の成功から、齲蝕と歯周病による歯の喪失は防げることを院長が認識することだろう。予防歯科は歯磨き指導やフッ化物塗布や唾液検査をすることが目的ではなく、生涯にわたって患者の歯を健康に保つことを目的にせねばならない。例えば歯磨き指導を目的にして、齲蝕で損なわれる以上の歯の実質欠損を摩耗で許してしまう臨床は本末転倒である。教育の分野ではエビデンスに基づいた歯科医療の実践に欠かせないアカデミック・リテラシー(学問的読み書き能力)が欧米に比較して弱い印象がある。研究分野では科学公正について厳格さに欠けてはならない。
 これらの課題を克服して北欧の予防歯科に追いつくために何ができるだろうか。筆者は北欧の大学院教育と同等レベルの情報を無料で提供しようと「日曜のフィーカ」というオンラインセミナーを2021年1月から始めた(図2,3)。
 開設して1年10カ月で約90回、延べ約4,500人の参加があった。そこでは、Healthy Ageing「健康な高齢化」もトピックにしている。世界中で進む少子高齢化に対する対策として、国連・世界保健機関(WHO)が2021年から10年間をHealthy Ageingの10年と制定した。そのためのワークショップ(2020年12月4日実施)で予防歯科により100歳を超えて26本の健康な歯が残る症例を発表すると、他の話題をすべてさらうかのようなインパクトがあった。私たち歯科医療従事者に求められているものの大きさは計り知れない。

(9月23日、歯科定例研究会より)

図1 ヨーロッパの歯科医療モデル。Widström E, Eaton KA. Oral healthcare systems in the extended European union. Oral Health Prev Dent. 2004;2:155-94.
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図2 オンラインセミナー「日曜のフィーカ」のある回の表紙
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図3 「日曜のフィーカ」に言及した文字媒体の一覧
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