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学術・研究

歯科2023.07.02 講演

歯科定例研究会より
お家に行こう!-訪問診療ことはじめ- (2023年7月2日)

日本歯科大学教授 口腔リハビリテーション多摩クリニック院長 菊谷 武先生講演

お家に行こう!-訪問診療ことはじめ-
 本講演では、訪問診療を始める前の外来患者への考え方と訪問診療での基本的考え方についてお話ししました。ここでは、二つのトピックスについて記述します。
先送りにしない歯科医療を
 75歳を過ぎたころには、二つの道が見えています。
 このままADLを保って、ピンピンコロリを目指せる道と、徐々に身体機能・認知機能が低下していき、要介護状態になっていく道です(図1・2)。もちろん前者は、いつまでも歯科医院に通ってくれる人ですから、いつまでも通ってくれることを前提に歯科診療の計画を立ててよいわけです。
 一方で、二つ目の道に行く人はどうでしょう? 徐々に予約に対してキャンセルが多くなってきて、通院が途絶えることが予想されます。その先は、枕元での診療が待っています。この道をたどる人は、基礎疾患が悪化したり、あらたな疾患が発症しているかもしれません。
 目の前の患者がどちらの道に行くのか、私たちにとっては大変重要な問題となります。なぜなら、まったく違う治療方針を立てないといけないですし、外来で安全に診療できる時間が限られているわけですから、大きな問題です。
 フレイルと診断されると、2倍から3倍の割合で、診断されていない人に比べて、寝たきりや死亡リスクが高まります。だからこそ適切に介入してそのリスクを下げることが求められます。フレイルは可逆性であり、適切な介入が求められます。
 同様に、口腔機能が低下すると、寝たきりリスクや死亡リスクが高まるために、口腔機能へのアプローチが求められ、介入による効果が期待されるわけです。
 これらは、フレイルや口腔機能低下の"表メニュー"といえるものです。表があれば裏があるわけですが、口腔機能が低下していることが明らかになった際には、寝たきりや死亡のリスクが高まったわけですから、診療方針の見直しを早急にやらなければいけなくなります。
 将来歯周病が重症化して抜歯に至りそうな歯はないか? 根面カリエスが進行し、充填しても脱離を繰り返している歯はないか? インプラント周囲炎を抱えているインプラント体はないか? といった具合です。今後、ADLや認知機能が低下すれば、より、口腔衛生状態は悪化するために、上記の問題が早期に生じることが考えられます。
 抜歯適応の歯を患者に請われて先送りにしていないか? 除去して再補綴をした方が良い歯の処置を先送りにしていないか? など、思い当たる歯はないでしょうか? 早急に手を付けないといけないことになります。外来で診療できる残された時間はあと少しだからです。
 また、今後予想されるADL、認知機能の低下、基礎疾患の増悪化はますます歯科治療を困難にする要因です。
 訪問診療に移行したら、できることは限られているわけですから、次、会うときは枕元かもしれない。そんな危機感をもって診療をするべきだと考えます。
「もう年だから、抜歯はやめてほしい」「痛くないので、このままにしてほしい」は、なぜ起きるのか?
 訪問現場では、抜歯や不適合冠の除去などを提案したときに、外来診療とは異なる意見が患者や患者家族から聞かれることがあります。
 「この年になってまで、抜歯はしないでほしい」「もう長くはないのだから、痛くならない程度の処置だけでいい」こんな意見です。
 年齢は、抜歯をするかしないかなど治療内容を選択する基準になるのでしょうか? とりあえずの処置をして次に何かあったときに適切な処置ができる保証があるでしょうか?
 「エイジズム」とは、年齢による偏見や差別を意味する言葉です。年を取っているからといって、必要な治療であるはずの内容が不要と思われることや、必要な治療が受けられないことがこれにあたります。歯科医療・介護関係者がこの考えを治療方針に持ち込むことはもちろんあってはいけないことですが、家族の意見として、または、介護者の意見として述べられることがあります。問題になるのは、本人の意思の能力がない場合です。治療方針の決定の際には、患者にとって少しでもいい結果になるように、患者が被る危害が最小になるように患者や家族を説得し、話し合いを重ねる必要があります。
 本来は、医学的診断に基づいた内容が患者や患者家族に伝えられ、患者にとって最も良いと思われる治療方針が提案されます。それは、歯科治療から期待できる利益とリスクに関する十分なエビデンスに基づいて行われます。若年期・成人期における歯科治療においては、このあたりは明確に示せるために、利益とリスクに対する価値判断が患者本人、家族、医療者の立場いずれにおいても比較的明確であるため、私たち医療者と患者の意見に大きな相違は生まれません。
 一方で、患者が認知機能やADLが低下した高齢者であったり、終末期であったりした場合には、歯科治療から期待できる利益とリスクについて十分なエビデンスがない、または、それらの見積もりが困難である場合が多く、そのため、利益とリスクに対する価値判断が患者本人、家族、医療・ケア提供者の立場によって異なりやすくなるのも事実です(図3)。
 残根歯を放置すると、病巣感染から菌血症を発症する、または歯の周囲に付着したバイオフィルムが誤嚥され誤嚥性肺炎に陥るリスクも招きかねないと考えます。一方でそれらの有害事象が患者の生命が維持されている間にどのくらいの割合で生じるのか、それが生じた場合に著しいQOLの低下や生命維持を困難にする可能性はどのくらいあるのか見積もることはなかなか難しいと考えます。
 ただ、もう年だからとか、老い先短いなどという理由で、放置した時のリスクを検討することすらやめてしまうのはあってはいけないと考えます。年だからこそ、老い先短いからこそ、患者にとって最善な結果に導くように私たち歯科医療者は、考え、本人、家族と話し合いを重ね、患者が被る危害を最小限にする必要があると思います(図4)。

(7月2日、歯科定例研究会より)

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