兵庫県保険医協会

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学術・研究

歯科2024.03.31 講演

[保険診療のてびき]
始めよう歯科訪問診療
~地域から必要とされる医院を目指して~(2024年3月31日)

宝塚市・芦田歯科医院 院長 芦田 貴司先生講演

 介護保険制度が2000(平成12)年4月に施行され今年で24年の年月を迎え、制度として定着してきた。
 介護保険を使用した療養には自宅で行う療養、通所サービスを利用した療養、そして介護保険施設などや居宅系施設を利用した療養がある。
 それぞれにメリット・デメリットがあり、これが正解あるいはこれがベストという判断や決断はできない。療養時に重要な点はどのような生活を続けたいかである。施設系や療養型病院では否応なく施設側スケジュールを優先した生活となる。
 一方、自宅療養では今までの生活を継続していくことは可能で、多くの患者が自宅での療養を望まれる。われわれ医療者や介護者は様々な職種の人たちと協力し、それぞれの専門性を生かしたサービスを提供することで、療養者や高齢者の生活を支え続けることになる。
 外来診療において歯科医療者は来院患者に対し、歯科治療を行うことで地域住民の口腔健康を維持してきた。しかし、日本の人口構成が急速に変化し少子高齢化となった今、歯科を受診したくても通院できない、いわゆる歯科受診難民の高齢者が増加している。
 訪問診療の現場では、適切な歯科医療を受けていない方、あるいは咀嚼や嚥下能力を有しているにもかかわらず以前の医療機関で決められた嚥下調整食を継続して食べている高齢者がいる。
 結果として口腔の諸問題が放置され、かなり痩せている高齢者を目にする機会が多い。
 われわれ歯科医療者は口腔の健康を通し、患者の咀嚼嚥下機能の回復とともに、食支援についても行っていく必要がある。
 口腔健康管理には、う蝕治療・義歯作製・義歯治療の延長線上にある口腔の諸機能(咀嚼・嚥下・話す・笑顔を作るなど)を回復・維持させる口腔機能管理と、口腔の衛生状態を保つ口腔衛生管理がある(図1参照)。
1)口腔機能管理
 歯牙治療に関して述べると、一般の外来診療と大差はない。歯科訪問診療において外来診療と異なる点としては嚥下訓練を行うことがあると言えよう。
 嚥下運動は嚥下内視鏡検査や嚥下造影検査を施行しなくても、喉頭挙上量を頸部の触診により推測可能で、喉頭挙上量が不十分で喉頭挙上障害と判断したら、障害に対する訓練を行う必要がある。代表的な訓練法として頭部挙上訓練(シャキア法)や嚥下おでこ体操などがある。また呼吸機能を高める訓練もあり、これは誤嚥物を喀出するには大切で、代表的な訓練方法に口すぼめ呼吸方法(図2参照)やブローイング訓練などがある。嚥下と呼吸は表裏一体であり、この二つを併用して訓練をする必要があると考える。
2)口腔衛生管理
 以前は口腔ケアと称されていたが、近年、口腔ケアという言葉が口腔清掃だけの意味なのか、機能訓練を含めての意味なのか不明確であるとの考えが出てきた。
 そこで意味合いを明確にするため、学術用語として口腔清掃を含む口腔環境の改善など口腔衛生に係る行為を口腔衛生管理と定義した。
 口腔衛生状態が悪化すると、食べることが困難な「口」となる。またバイオフィルムが存在する唾液や食渣を大量に誤嚥することで、肺炎を発症する可能性が出てくる。これを予防するためには、口腔内の衛生環境を良好に保つ必要が生じる。歯科衛生士による口腔衛生管理を行う場合、月に4回までの訪問歯科衛生指導や居宅療養管理指導を行えるが、2024年6月から緩和ケアを実施する患者へは月8回までの訪問歯科衛生指導が可能となった。また、ガン末期患者への歯科衛生士等居宅療養管理指導は月に6回までと、指導回数が増加となった。
 嚥下訓練が奏功し、食形態を上げ栄養面的にも良好で、視覚的にも食欲を向上させる食事を、経口的に安全に食べることができることは大変喜ばしいが、それが全てではないことを理解しなければならない。
 われわれは経口摂取が可能か不可能かの判断時、患者を取り巻く環境も考慮しながら判断を下す必要があると考える。
 施設の場合、マンパワー的に可能であろうが、居宅の独居老人の場合ではどうであろうか。自食が可能であればよいが、介助が新たに必要となったり、食形態を上げることで食事時間が延長する結果となった場合、ご本人のみならずご家族の負担がかなり増加してしまうと、これは本末転倒である。
 経口摂取が可能との判断は安全に嚥下ができていること、その患者さんを取り巻く諸々の条件が整って初めて、食形態を上げる、あるいは経管栄養摂取から経口摂取可能との判断を下すべきと考える。
 訪問診療は支える医療であることを忘れず、患者自身をそしてご家族を支えることができて初めて医療として成功であろう。
 最後に、日本が誇る介護保険制度が、今後も国民一人ひとりの生活にかけがえのない制度として成熟し、安心な老後を送ることができるものになるよう、われわれ医療者はより良い制度へ向けて成長させていく必要がある。

参考文献

1)杏林医会誌 53巻2号 75~81 2022年6月 西山耕一郎
2)日本歯科医学会ホームページ 口腔健康管理より
3)日本呼吸ケア・リハビリテーション学会 21巻1号 9~12 2011年6月 加賀谷 斉

(3月31日、第31回歯科臨床談話会より)


図1 口腔健康管理
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図2 口すぼめ呼吸
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