歯科2024.05.12 講演
歯科定例研究会より
歯周病と認知症
~関与メカニズムから認知症の予防策を考える~(2024年5月12日)
九州大学歯学研究院准教授
はじめに
要介護の原因の第1位である認知症は健康寿命延伸を阻害し医療費増大につながっているため、いかに認知症の発症を低減するかは国家的な課題となっている。一方、研究により歯周病は認知症の7割を占めるアルツハイマー型認知症(Alzheimer's Disease, AD)に、う蝕は認知症の2割を占める脳血管性認知症に関連することから、歯科の二大疾患は認知症の9割に関わっている。特にAD患者の脳に歯周病病原菌P. gingivalis(P.g)菌LPSやジンジパインが発見されてから1,2)、歯周病のADへの関与メカニズムに関心が集まっている。近年、マスコミによりADへの歯周病の関与が多く報道され、認知症の予防における口腔ケアの重要性に国民の関心が高まり、歯科医学の認知症予防への貢献が期待されている。今回の歯科定例研究会において、われわれの研究成果を中心に明らかになった歯周病のAD病態への関与メカニズムを解説し、歯科と認知症との関連エビデンスも紹介する。国民の期待に応える認知症予防への歯科からの介入アプローチを考案したい。
P. gingivalis菌のADへの関与メカニズム
1.P. gingivalis菌がAD脳病態を誘発し病態進行を促進させるADの特徴的な脳病態としてアミロイド(A)βの蓄積と凝集による老人斑とタウ(Tau)過剰リン酸化による神経線維の変性があり、脳の免疫細胞であるミクログリア活性化による脳内炎症はAβ蓄積とTauリン酸化に関わる。P.g菌LPSを腹内投与した中年マウスの脳にニューロン内Aβ産生、ミクログリア依存性脳内炎症ならびに記憶低下というAD様脳病態が誘発された。またP.g菌LPS自身ではなく、P.g菌LPSで刺激したミクログリア培養上清がニューロンにおいて、Aβ産生を誘導した3)。さらにP.g菌LPSを腹内投与した中年ADモデルマウス脳にTauリン酸化と早期の記憶低下が見られ、P.g>菌LPSで刺激したミクログリア培養上清はニューロンにおいてTauリン酸化を促進した4)。一方、P.g菌が侵入したAD脳内ニューロンにおいて、シナプスが減少し、培養ニューロンにP.g菌ジンジパイン活性が認められた5)。
これらの研究から、ジンジパインはニューロンを直接的に障害し、P.g菌LPSはミクログリアを介して、ニューロンを障害することで記憶低下をもたらすことが明らかになった。
2.P. gingivalis菌が全身炎症を増大させる
全身炎症は脳内炎症の誘発と慢性化を促し、加齢に伴い増大する全身炎症は高齢者におけるADリスク上昇の要因と考えられる6)。P.g菌LPSを腹内投与した中年マウスには、1)脾臓肥大、脾臓における炎症促進因子のIL-6とIL-17の上昇が認められ7)、2)脛骨骨量低下、脛骨におけるIL-6とIL-17の上昇ならびに記憶低下が認められ、炎症に伴う骨量低下と記憶低下と正相関した8)。一方P.g菌に全身感染した中年マウス肝臓のマクロファージにIL-1βが増え、肝臓に炎症を増大させた9)。またP.g菌を経口投与したマウスの腸はIL-6とIL-17の上昇、腸粘膜バリア機能低下ならびに腸内のバクテロイデス菌が減少した10)。
これらの研究からP.g菌は全身炎症を増大させ記憶低下に寄与することが考えられる。
3.P. gingivalis菌が炎症の惹起された臓器Aβを産生し、脳に輸入させる
脳のAβが脳で作られ、脳バリアの血液脳関門(blood-brain barrier、BBB)を介して末梢血に放出されると考えられている。私たちは世界に先駆けてP.g菌は脳外の炎症性マクロファージにAβを作らせると同時に、そのAβを脳内に輸送させることを発見した9,11)。
慢性歯周病患者の歯肉ならびにP.g菌に全身感染した中年マウスの肝臓における炎症性マクロファージにAβを発見し、P.g菌に直接感染した培養マクロファージにAβが誘導された。よってP.g菌は脳外の炎症組織においてAβ産生を誘導することがわかった9)。BBB構成の脳血管内皮細胞におけるreceptor for advanced glycation end products(RAGE)はAβの脳内への輸送体であると報告されている。P.g菌に全身感染した中年マウスは脳血管内皮細胞におけるRAGEは2倍に、その周囲脳実質内のAβが10倍に増えた。P.g菌の直接感染は培養脳血管内皮細胞の脳側に漏れるAβ量を16倍に増加させ、RAGE特異的阻害剤はそのAβ量を60%に減少させた。よってP.g菌はRAGEを介してAβの脳内への輸入を促進することが明らかになった11)。
最新研究によると7割のAD患者に脳内炎症とバリア機能障害が認められ12)、P.g菌は脳内炎症とバリア機能障害を引き起こすことも含めて、多方向にADの発症と病態進行に関与すると考えられる(図1)。
歯科と認知症リスクとの関連エビデンス
臨床研究により口腔内状態が認知症の発症リスクや認知機能低下に関わる可能性が示唆されている。疫学研究では要介護認定を受けていない65歳以上の4,425名を対象とし、歯数と義歯の使用状況を調査後、認知症を伴う要介護認定を4年間追跡調査した。その結果、歯がほとんどなく義歯未使用のヒトは20歯以上のヒトと比較して1.85倍、かかりつけ歯科医院がないヒトはあるヒトに比べて1.44倍、口腔ケアを心掛けていないヒトは心掛けているヒトに比べて1.76倍、それぞれ認知症発症リスクが高くなった13)。歯数と認知症との関連についての縦断研究でも、19歯以下のヒトは20歯以上のヒトに比較して、認知機能低下と認知症発症のリスクがいずれも2割高いことが認められた14)。
歯と口腔状態不良で認知症リスクが高くなる理由として、咀嚼は脳の血流量を増加し、脳を活性化させて認知機能維持に重要であるが、歯の喪失によって咀嚼力が低下し、脳への刺激が少なくなる。また咀嚼力が低下すると栄養素の摂取バランスが崩れ、腸を始めとする全身炎症が起こりやすい。さらに中高年の7割が罹患する歯周病は成人歯の喪失の最大原因であり前述のように脳に影響を与える。
認知症予防に歯科からの介入アプローチ
認知症予防は健康寿命の鍵と考えられる。2019年6月の「認知症施策推進大綱」に、認知症予防を「認知症にならない」ではなく、「認知症になるのを遅らせる」、「認知症になっても進行を緩やかにする」と明確に記載されており、今すぐできる認知症予防対策として歯科からの介入が考えられる。アプローチとして、正しい口腔ケア、定期歯科健診と炎症低減の食生活が挙げられる。臨床研究から歯がほとんどなくても義歯を使用することで20歯以上のヒトとの認知症発症リスクに差がなく、義歯を使用することで認知症発症リスクを下げることができる可能性が示唆されている14)。また高齢者に補綴装置を使用することでタンパク質の摂取量が約8割改善したという研究結果も示され15)、歯科治療によって栄養状態が改善されることも認知症予防につながる。超高齢化社会が進むわが国において認知症患者は増加しているが、口腔から認知症を予防し健康寿命延伸に大いに貢献できると信じている(図2)。
参考文献
1)Poole S et al., J. Alzheimer's Dis. 36:665-677. 2013.
2)Dominy SS et al., Sci Adv. 5:eaau3333. 2019.
3)Wu Z. et al. Brain Behav Immun. 65:350-361. 2017.
4)Jiang MZ. et al. Brain Behav Immun. 98:1-12. 2021.
5)Ursula H. et al., J. Alzheimer's Dis. 75:1361-1376. 2020.
6)Holmes C et al., Neurology. 73:768-774. 2009.
7)Dekita M. et al., Front Pharmacol. 8: 470. 2017.
8)Gu YB. et al., J. Alzheimer's Dis. 78:61-74.2020.
9)Nie R. et al. J. Alzheimer's Dis. 72:479-494. 2019.
10)Arimatsu K et al., Sci. Rep. 4:4828. 2014.
11)Zeng F. et al., J Neurochem. 158:724-736. 2021.
12)Tijms BM et al., Nat Aging. 4:33-47. 2024.
13)Yamamoto T et al., Psychosom. Med. 74:241-248, 2012.
14)Cerutti-Kopplin D et al., JDR Clin Trans Res. 1:10-19, 2016.
15)Taro Kusama T et al., J. Oral Rehabil. 50:1229-1238. 2023.
(5月12日、歯科定例研究会より)
図1 歯周病菌のアルツハイマー病への関与メカニズム
図2 口腔から認知症予防、健康寿命延伸への貢献