歯科2024.06.02 講演
歯科定例研究会より
歯科治療時の緊急対応と有病者歯科治療(2024年6月2日)
社会医療法人大道会森之宮病院 歯科診療部部長 旭 吉直先生講演
歯科治療に関連した重篤なショック
歯科治療は気道に近接した部位で様々な薬剤や器具を用いて行われ、治療する側にもされる側にもストレスが多い。また、いくつかの疾患を持つ高齢者や意思疎通が困難な小児や障害者・有病者が受診する機会も多い。したがって、歯科治療においては、いつ患者の急変に遭遇するか分からない。伊藤らの報告によると、1950年~2004年の歯科治療に関連した200例の重篤なショック、心肺停止、死亡報告を検討した結果、ショックが45例、心肺停止が155例(内、死亡126例)で、死亡原因は、急性心不全、窒息、ショックなどであった。心肺停止症例の内by standerによるCPRが実施されたのは、回復した25例では15例(60%)であったが、後遺症が残った4例と死亡126例では3例(2.3%)にすぎなかった(伊藤寛ら:歯科治療に関連した重篤なショック、心肺停止報告200例の検討。蘇生、24巻、82-87,2005年)。この報告から、これらの疾患、緊急事態への対策の重要性が分かる。
治療に注意すべき患者、疾患、病態
私の経験から挙げると、注意すべき患者、疾患、病態としては、・弱い患者...高齢者や小児
・頻度が高く危険なもの...異物の誤飲誤嚥
・稀ではあるが危険なもの...アナフィラキシー
・頻度が高いもの...神経原性ショック、過換気症候群
・知っておくべきもの...高血圧、虚血性心疾患、糖尿病、心臓弁膜症、脳卒中
の五つがある。
まず高齢者は一般的に有病率が高い。各疾患は慢性化しており、時に急性化する。とりわけ、循環器系疾患(高血圧症、虚血性心疾患、弁膜症、不整脈)、呼吸器系疾患(気管支喘息、慢性気管支炎、気管支拡張症、肺気腫)、脳血管障害、糖尿病、肝・腎疾患などの合併が多く、多剤服用者も多い。さらに、加齢により呼吸器や循環器を含めて全身の臓器の機能が低下し、薬物の代謝排泄機能も低下する傾向がある。一方で、各疾患の症状は非典型的で不顕性で、患者自身も状態について理解や自覚していない場合がある。したがって、歯科治療を行うにあたっては、時に患者の家族も含めて医療面接を行い、医科主治医から情報を取り寄せて全身状態を把握してから開始するべきである。
小児は「成人の小型ではない」と言われ、単に体重が軽くサイズが小さいだけでなく、各臓器が未熟である。特に成人と比較すると上気道閉塞を起こしやすく予備力も小さいので、酸素供給が途絶すると短時間で低酸素症に陥り、徐脈に至る。歯科治療の際は誤飲誤嚥への十分な対策を立てておく必要がある。
次に、異物の誤飲誤嚥について述べると、消化管異物は経過観察されることも多いが、異物の形態、大きさ、停滞部位によっては危険である。気道異物は非常に危険で、窒息から心停止へと急変することがあり、迅速な対応が必要である。
アナフィラキシーも急激に悪化するので非常に危険である。アナフィラキシーによる死亡事故は年間50~80人で最多の原因は医薬品である(医療事故調査・支援センター 一般社団法人日本医療安全調査機構:注射剤によるアナフィラキシーに係る死亡事故の分析。2018年)。歯科ではアレルゲンとなり得る薬剤や材料を多用しているので、粘膜皮膚症状、血圧低下、呼吸器症状などが急激に発症したらアナフィラキシーを疑い、直ちに救急隊への連絡、アドレナリン筋注などの対応をとらなければならない。
神経原性ショック、過換気症候群は多発するが、軽症がほとんどである。発生時には素早く患者を評価し、説明して経過をみるが、改善しない場合は別の原因を疑い高次の医療機関に紹介しなければならない。
高血圧、虚血性心疾患、糖尿病、心臓弁膜症、脳卒中などの患者の治療にあたっては、内科主治医と緊密に連絡をとって良好にコントロールされていれば治療を開始し、コントロール不良ならば応急処置にとどめるべきである。
緊急事態への対策
意識消失、心停止など深刻な事態が発生した場合は救急蘇生を実践しなければならない。成人が倒れた場合、意識の確認、救援要請、心停止と呼吸の確認、必要に応じて胸骨圧迫と人工呼吸、AEDの使用をスタッフと協力して行わなければならない。小児では呼吸障害から心停止にいたることが多い。心停止により脳への酸素供給が途絶えると、3~5分以上の心停止では、仮に自己心拍が再開しても脳障害(蘇生後脳症)を生じるとされている。したがって、このような事態に遭遇したら、一刻も早く対応しなければならない。AEDが広く普及した現在、医療従事者である歯科医師、歯科衛生士やその他の歯科医療従事者にとって一次救命法のマスターは当然である。以上、病院勤務の歯科麻酔医としての経験から重要な疾患、病態について述べたが、共通して言えるのは、事故の予防とスタッフ全員での訓練の大切さである。
本講演が安全な歯科治療の遂行に少しでも役立てば幸いである。
(6月2日、歯科定例研究会より)