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学術・研究

歯科2024.07.28 講演

歯科定例研究会より
"義歯の安定"の科学による追究が可能にした "リンゴ丸かじりができる" 全部床義歯
~"安定義歯"(すっぽんデンチャー)の紹介と製作法~(2024年7月28日)

千葉県・ぐみょう今井歯科医院理事長 今井 守夫先生講演

"安定義歯"の成り立ちと製作法の概略
 全部床義歯は、辺縁封鎖等の"維持"や、"咬合"の安定だけで"リンゴ丸かじりができる"わけではありません。噛める全部床義歯とするためには、"噛める"を支える義歯床に動揺を抑制する抵抗が必要になります。義歯床に"支持"を最重要とした力学的な安定(動揺を上回る抵抗)が必要と考えます。
 抵抗には支持・把持・維持の異なる作用があります。咀嚼時の義歯は、片側性咬合となる咀嚼初期ほど、力学的不均衡になります。噛み方によっては、咬合力は片側で大きくなるため、動揺の抑制は、辺縁封鎖による維持のみでは難しくなります。咀嚼時に義歯が"脱離・転覆しない"を、力学と抵抗を駆使して追究することが必要です。"吸いつき"だけで全部床義歯は安定しません。
 抵抗は、作用反作用の法則によって、義歯床からの出力だけでなく、粘膜面の性状(粘弾性と被圧変位)と状態の影響を受けます。粘膜面は、圧力が大きくなるほど反発する力が生じます。さらに過剰な圧力に対しては、痛みが生じ、警告します。義歯の安定には、義歯床から粘膜面へ、応力が無理なく伝播する接触状態の追究が重要になります。粘膜面の影響を考慮せずに義歯の安定は考えられません。安定する義歯床の製作のためには、十分に抵抗する状態に変位や移動した粘膜面の印象が必要になります。
 咀嚼初期の片側性咬合時の義歯の安定は、咀嚼末期の両側性咬合時(空口時)に義歯が十分に安定していることが条件になります、咀嚼は繰り返し行われます。空口時に少しでも落ち着かない義歯での安定した咀嚼は不可能と考えます。"リンゴ丸かじりができる"には、両側性咬合時(空口時)の義歯床に、抵抗する状態(接触状態)を追究した設定が必要と考えます。
 演者は、"義歯の安定"の科学(力学と抵抗)による追究過程を踏まえて製作した全部床義歯を"安定義歯"としています。咬合(咀嚼)時に脱離(脱落)したり、食渣が挟まる義歯では安定義歯とは言えません。安定義歯(すっぽんデンチャー)は、前歯で噛んでも脱離(脱落)しない上顎義歯と、機能にかかわらず維持のある下顎義歯を目標に製作されます(図1)。
 安定義歯は、安定の追究過程を踏まえて製作した仮義歯(ろう義歯)をトレーとした機能印象法によって製作します。以下に製作法の概要を示します。

1、仮義歯(ろう義歯)の製作は、「力学と抵抗の理論(原則)」に基づいて、手順通りに行う。
発音・咀嚼・嚥下等の口腔内の機能を妨げることなく、動揺もしにくい下顎咬合平面の位置(垂直的、水平的)を、舌の形態や動態と、口唇を含む周囲粘膜面との接触や力の方向の追究によって設定する。
片側性咬合時の力により安定する義歯(人工歯+義歯床面+床縁)の形態を、力学(てこの原理)の追究によって設定する。
両側性咬合時の力を粘膜面へ最大かつ適切に伝播する義歯床面(義歯粘膜面+研磨面)の状態を、抵抗する状態(接触状態)の追究によって設定する。
2、安定する全部床義歯の粘膜面の印象を行うために、「1」で製作した仮義歯(ろう義歯)をトレーとして、両側性咬合時に抵抗が最大となる粘膜面の形態と状態の印象を行う。
「安定する義歯床」に必要な機能印象=「接触面咬座印象+接触面調和印象」の連合印象
 全部床義歯の機能時の印象は、印象材が義歯床と粘膜面の間に介在するため、印象材も力学と抵抗の影響を受けることになります。印象材の介在によって、粘膜面への応力負担が変わるようでは粘膜面の精密な機能印象はできません。印象材も含めて、科学(力学と抵抗)で理解できる印象とする必要があると考えます(図2,3)。したがって、無圧印象の光学印象や、印象材として不適切なコンディショナーによるダイナミック印象は、不可と考えます。
3、新義歯は、技工による製作以上に調整が重要。
 新義歯の製作にあたって如何に慎重を期しても、誤差や歪が生じます。そのため、調整が重要になります。調整は、バリやアンダーカット等の"装着に必要な調整"と、その後の審美や各種試験の結果による"機能に必要な調整"に分けて行います。調整は、疼痛等の緊急性を要する部位以外、製作法同様に「力学と抵抗の理論(原則)」に基づいて、人工歯より確認しトップダウンで行うことが大切です。

 科学による理論(原則)に基づいた製作法は、従来の教科書や対症療法的な製作法と異なり、"機能時に安定する義歯"の製作に焦点を当てた、症例の難易度や術者の技能に依存しにくい製作法です。粘膜面と印象材の性状の追究と、科学的な根拠を有する印象法が、安定する義歯の粘膜面の印象を可能とします(図4)。"リンゴ丸かじりができる"全部床義歯、つまり、"食"にこだわった"安定義歯"の製作が可能になります。
 詳細は、著書を参考にしてください。
 『リンゴ丸かじりができる Imai Method Complete Denture 片側性・両側性咬合平衡に深く配慮した全部床義歯』、今井守夫著、デンタルダイヤモンド社

 来年度は、安定義歯(すっぽんデンチャー)の製作法の実際として、視点を術者にあて、実際に診療している演者の姿(動画)から、臨床手技について勉強していただく予定です。

(7月28日、歯科定例研究会より)

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