歯科2024.11.10 講演
[保険診療のてびき]
言語聴覚士と歯科医師の連携により広がるサービスの質の向上について(2024年11月10日)
言語聴覚士 田中 さゆり氏講演
はじめに
言語聴覚士(以下ST)は、高次脳機能障害や失語症のほか、嚥下障害に対して評価・訓練、環境調整を実施しています。2023年現在STは4万人弱、兵庫県においては1,000人を超えましたが、他のリハビリ職に比べると非常に少ないです。そのため地域医療にまで十分に言語療法が行き届いていないのが現状です。地域で期待される歯科の役割
地域包括ケアシステムでは在宅医療を促進しており、治すことが中心の「従来型医療」から、治し支える「生活支援型医療」へと転換しつつあります。歯科の分野においても、居宅療養管理指導費などが算定され地域での役割が大きくなっています。厚生労働省保険局が実施したケアマネジャーへの調査において、ケアプランに反映する上で歯科医師に詳細な情報提供を期待した事項は、「摂食・嚥下機能」が多かったと報告があります(図1)。
つまり地域における歯科の役割で期待されているのは、「虫歯の治療、義歯の調整」から「食べる機能の維持・回復への支援」となってきており、まさに生活支援型医療へと転換しつつあります。
普段から嚥下機能面について診療いただいているとは思いますが、改めて専門職としての視点を意識していただき、より口腔機能について理解を深めていただくことが、チーム医療での歯科の存在意義をさらに大きくしていくと考えられます。
嚥下障害に対するリハビリプログラム
ご存知の通り嚥下というのは、食物認知~胃に到達するまでを5段階に分類しています。そのすべてで起こりうる嚥下障害に対するリハビリプログラムのごく一例をお伝えいたします。先行期は認知症の方が障害されることが多く、異食や早食い、一口量が多いことによりため込みを認めます。冷蔵庫を別で設置したり、食具を変更し、物理的に一口量を少なくするなどの環境調整を行います。
準備期は口腔内感覚低下や咀嚼力低下、口腔内乾燥による食塊形成不十分が起こりうる症状です。その際は氷を用いた感覚入力練習などを行っていきます。
口腔期は舌運動機能が悪く咽頭に送り込めない、感覚不良によるため込みがみられたりします。この段階のアプローチは舌運動練習や筋力練習、のどのアイスマッサージが中心となります。
咽頭期は感覚低下による嚥下反射惹起不良、筋力・嚥下圧不足による喉の食塊残留、タイミングのずれによる誤嚥が挙げられます。感覚入力練習や嚥下圧を高めるための筋力練習を行います。
食道期はがんなどの器質的狭窄によるつかえ感が生じます。ステント術のほか、バルーンカテーテルを使用した拡張練習を実施します。
上記以外にも呼吸機能を重視します。なぜかというと、誤嚥した際に肺から喉に吐き出せるほどの咳嗽力が必要になるからです。強い咳をするためには、図2のような条件が必要です。空気を吸うための胸郭が固くなってしまうと、中にある肺も膨らみにくく空気が入らないため、胸郭の柔軟性を促すことは重要になります(図2)。
写真のようなるい痩がある方は呼吸機能の低下、低栄養が考えられます(図3)。ブローイング練習のほか胸郭可動域練習を実施します。
リハビリ開始時には、すでに嚥下障害が進行している状態です。STが介入する前段階で嚥下状態に注意をむけられる人が近くにいるだけで、リハビリ開始が早まり誤嚥リスクを軽減でき、食べる幸せを提供し続けることが可能になります。そのため口腔内視診の際に舌機能評価・胸部も併せてチェックしていただけたらと思います。
歯科と多職種の連携の重要性
歯科が多職種と連携しなくてはならないのは、糖尿病などの重症化防止、栄養等さまざまな面からも明らかです。誤嚥性肺炎においてはSTが評価を行い、治療方針・訓練内容を指導し、訓練をしていただくというように連携をすることが非常に重要です。安全性を担保する意味でも専門職であるSTが診断・指導することで、安全な在宅診療が実現できると考えています。また治療方針の統一化を行うことで、早期に目標到達をすることが可能になります。嚥下評価からなにから歯科だけで抱え込まず、歯科を含めたチームでうまく連携すれば、在宅生活の支援や地域包括ケアシステムの一角を担えるのではないかと考えています。また、ケアの際に口腔体操を実施していただけたらと思います。もちろん40分と5分のリハビリ効果は異なりますが、おひとりでは5分も実施されない患者様にとって良い運動になります。少しでも口腔体操を実施していただくことで、サービスの質が向上し加算にも意義が生まれてくると思いますので、ぜひ体操も加えた診療プログラムの立案をお願いできればと思います。
介護保険では1週間120分までというリハビリ制限があり、介護保険点数外で介入できる歯科のお力をお借りすることが重要だと考えています。訪問歯科のご協力があれば、訪問リハビリでのケアが簡略化され訓練時間の確保が可能となり、嚥下機能の改善に繋がると確信しています。このように連携をとることで患者様のQOLの向上につながってきます。
STと歯科の連携の課題と展望
現在の歯科診療にはSTリハビリは点数に定められていません。そのため指示書をSTに発行しても点数が取れないため、連携したくてもできないこともあるかと思います。ケアマネジャーに連絡、ST介入後に歯科で実施できる訓練内容を指導していただくことも地域連携の一つです。現段階では歯科クリニックで地域のSTと連携が取れるというクリニックの付加価値を浸透させていくことで、地域医療における歯科の役割や利用者様のニーズにこたえられることが多くなってくると考えています。STと歯科との連携は今後さらに強くなり、地域医療における嚥下機能維持には歯科の協力が必須となります。嚥下評価を歯科だけでどうにかしようとせず、STからの指導をもとにチーム連携を実現し、ST・歯科の連携から地域包括ケアシステムをさらに強めていけるよう、今後も連携をとる方法を一緒に考えていけたらと思います。
(2024年11月10日、歯科訪問診療対策研究会&第32回歯科臨床談話会より)