歯科2025.01.12 講演
歯科定例研究会より
病気をもった高齢者が歯科に来たらどうしますか?
-既往歴・服用薬剤の確認/医科との診療情報連携について-(2025年1月12日)
公立八女総合病院 歯科口腔外科部長 松村 香織先生講演
はじめに
日本では現在急速に高齢化が進行している。高齢者の増加により、要介護者の増加が特に問題視されているが、一方で外来通院のできるADLの自立した高齢者も多く存在する。一見健康で外来受診ができる高齢者も、加齢によりさまざまな疾患を抱えていることが多く、その中には歯科治療を行うにあたり注意が必要な疾患も含まれている。一般歯科診療所の外来でも、全身疾患を持った患者さんの診療をされることが多くなっているのではないだろうか。全身疾患をもつ患者に対して歯科治療を行う際には、実際に治療を行う歯科医師が全身疾患に対して理解をし、対策を考えてから治療を開始すべきである。医科の診療ガイドラインは数多く存在する上に年々変更されており、常に新しい情報を得ていく必要がある。われわれは歯科専門職だが、医科とスムーズに連携して患者ごとに最適な歯科医療を提供できるように、全身疾患や薬に関する研鑽を続けていかなければならない。今回は、問診および薬剤手帳確認による全身疾患の把握と、医師との診療情報連携についてお話ししたい。
全身疾患に関する情報収集
・問診のしかた問診では、主訴の他に既往歴や服薬の状況、歯科治療時の合併症の有無などについて尋ねるようにしている。当院は高齢化の進んだ地域に位置しており、高齢者や有病者の受診比率が高いため、既往歴および薬剤使用歴を聴取する欄を比較的大きく取り、記載しやすいようにしている。また、既往歴の記載についてはできるだけ簡潔に記載ができるように、記述式ではなく主な全身疾患を挙げて選択できるようにしている(図1)。選択式にしていても記載が難しい場合も多く、その場合はスタッフが口頭で聴取している。この既往歴聴取の段階では、全身疾患をざっくりと把握することが重要である。詳しい疾患名、正確な治療経過については患者自身が覚えていないことも多く、どこの病院で、いつごろから、どんな治療を受けているのかなど、医科との診療情報連携に必要な情報を中心に聴取するようにしている。
・薬剤手帳の見かた
既往歴聴取の際に役立つのが薬剤手帳(お薬手帳)である。現在服用している薬剤やこれまで使用した薬剤名、処方医療機関について記載されており、医科との情報連携に非常に役立つ。多剤併用していることが多い高齢者では、自分の服薬内容を把握できていない場合が多々あり、実際に薬剤手帳を確認することが非常に重要である。歯科だから薬剤手帳は不要と判断されて持参されない場合も多く、当院では初診の予約取得時に持参をお願いするようにしている。
薬剤手帳を見ることで、現在服用されている薬の内容が把握できるだけでなく、どのような疾患で医科を受診されているのかを推察することもできる。当院で実施している歯科治療はほとんどが観血的歯科治療であり、出血のリスクがある抗血栓薬や創傷治癒に影響するステロイドなどを中心に薬剤手帳のチェックを行っている(図2)。
薬剤手帳には薬局で処方される内服薬のみが記載されていることが多く、院内で投与される注射薬については記載されていないことがある。病院で定期的に投与を受ける可能性がある注射薬の具体例としては抗がん剤や骨吸収抑制薬のビスフォスフォネート製剤や抗RANKL抗体などが挙げられる。
・医科との診療情報連携のしかた
有病高齢者の歯科治療時に欠かせないのが、医科主治医との診療情報のやりとりである。近年、医科との連携については国から強く求められてきており、2018年の診療報酬改定では診療情報連携共有料(情共)が新設された。情共は、検査結果や診療情報を確認する必要がある患者において、その患者の同意を得て別の保険医療機関(医科)や保険薬局に診療情報や服用薬情報の提供を求めた場合に算定できる。診療情報提供依頼書については特に規定の書式はないが、歯科治療に際して必要な内容について網羅しておく必要がある。
筆者は現在、総合病院内の歯科口腔外科に勤務しており、医局ではさまざまな診療科の医師と日常的に接している。その中で、医師から"歯科診療所からの診療情報提供依頼にどう対応したら良いかわからない"と相談されることが多々ある。医師を困らせている原因を挙げると、歯科特有の疾患名や歯式がわからない/処置名を書かれても何をするのか、どの程度の侵襲なのかが不明/治療方針について聞かれるが、歯科としての治療方針が一般的にどうなっているのか?/など、いずれも歯科側からの情報提供不足に起因していることが多い印象である。まず、治療の方針や予定は歯科側で立案し、全身状態に応じた対応策を考えて提示した上で、歯科治療に際して留意すべき点などをお伺いするような形式としたい。また、歯科特有の薬剤商品名や歯式表記は避け、処置の内容も歯科専門職以外に説明するようにかみくだいて記載すべきである。
まとめ
有病高齢者の歯科治療の際には、全身疾患や薬に対する情報収集をし、対応策を考えておくことで歯科治療中および治療後のトラブルを最小限にすることができる。私たち歯科専門職は、安心安全な歯科治療を提供できるように全身疾患に関する知識をアップデートし、全身疾患をもった患者さんについては医科と連携しながら適切な歯科医療が提供できるようにしなければならない。(1月12日、歯科定例研究会より)
図1 当院の問診票(一部抜粋)
図2 観血的歯科治療に際し注意が必要な薬剤の例