2011年6月15日(1657号) ピックアップニュース
燭心
「静謐」(せいひつ)私はこの言葉が何となく気に入っている。今は亡き作家の開高健が好んだ言葉。彼の文章は常に豪華絢爛、きらびやかな文字が散りばめられていた。“針一本落としても響き渡るような静謐”辞書で調べると静寂とは異なり「謐」には太平で穏やかという意味もある。静けさがあってはじめて音に感動するものだ▼今より少し静かだった約40年前、オーディオブームがあった。石臼のようなターンテーブル、ツートラサンパチなどという恐ろしげなテープレコーダー、編み込みのお下げ髪のようなスピーカーコード、それぞれに名器に熱中していた。S/N比などと、うんちくを傾けていたが本当に違いを実感していたかはかなり怪しい。ただ騒音はまだ少なく音楽が新鮮な時代ゆえ、感動も大きかったか。今や騒音とそれ以上に耳鳴りで名器どころではない▼私はJ・S・バッハの曲が好きだ。彼の曲の特徴は対位法つまりフーガとカノン、身近な例では「カエルの歌」の輪唱だ。それに楽器の指定がないこと。10本の指で弾く鍵盤曲がバイオリンで演奏できる、それなりに工夫はあるが。カノンには様々な仕掛けがあって「螺旋カノン」というのは何度も同じ曲が繰り返されるが、1曲終わるごとに半音ずつ高くなっていくという具合だ。これらには多くの名演奏があり、モノラル盤も結構ある。決して豪華な装置はいらない。一度耳を傾けてみては。地球が1回転する毎に半音づつ世界が静謐になる思いで(無)