2013年6月15日(1721号) ピックアップニュース
参院選特集 理事会特別討論「生活保護制度」(川西敏雄副理事長 報告) 抄録 安倍政権 露骨な社会保障費削減
協会は3月9日、理事会で「生活保護制度」をテーマに特別討論を行った。川西敏雄副理事長の報告に、政府の生活保護法改正(以下、改悪)などの最新の情勢も加えた解説を掲載する。
この法案の最も重大な問題点は申請のハードルを現在より高くし、生活保護を必要とする多くの人の申請を阻む点にある。
現在の生活保護法では、申請書などの書類がなくても、口頭による生活保護申請が認められている。しかし現実の窓口では「必要な書類が添付されていない」と申請を受理しない「水際作戦」と呼ばれる違法な権利の侵害が行われている。
政府の改悪案は、この「水際作戦」を合法化するものだ。
今回の政府の改悪案は、申請者の扶養義務者に対して、厚生労働省令で定める事項を通知することを義務付けている。しかし、申請者が親族への体裁を気にして、申請を行わない例も非常に多く、通知義務付けは申請を萎縮させてしまう。
さらに問題なのは、国会審議である。民主党は「特段の事情があればこの限りではない」との文言を加えた修正案により賛成してしまい、共産党と社民党以外の党の賛成で、改悪案は圧倒的多数で衆院可決された。しかも、審議はわずか2日で、本会議では討論さえ行われず採決が強行された。
そもそも民主党は当初「国民の生活が第一」などとしていたが、「生活扶助、医療扶助等の給付水準の適正化」との文言が含まれる「社会保障制度改革推進法」を自民、公明の賛成を得て通している。
まさに、生活保護制度改悪は共産党や社民党を除く、すべての政党と政府が一丸となって進めているのである。
生活保護は、日本の社会保障水準を規定する大きな礎である。この改悪は、他の社会保障制度のさらなる後退の始まりを意味しており、看過できない。
こうした政治の流れは地方政治にも大きな影響を与えている。
第1に、条例は保護費をパチンコなどの遊戯、遊興、賭博等に使ってはいけないという前提に立っている。しかし、兵庫県弁護士会の指摘のように、どのような使途にいくらの金銭を支出するかの内容は、個人の自律的判断にゆだねるべきであることは、最高裁判例で確定済みである。本条例は、最高裁判例に反し、憲法違反といえる。
第2に、この条例により、市民は情報を提供する責務を負わされている。
そもそも、誰が受給者かは高度のセンシティブ情報で、市民はどこから情報を得て監視するのか。もし市民に受給者の個人情報を公開すれば、プライバシー権の重大な侵害になる。
第3に、受給者の指導・指示は福祉の専門機関である福祉事務所等の権限と責任のもとで行われるべきである。これを市民の監視に委ねることは行政の責任放棄である。特に、条例が想定する受給者の状況は医学的にギャンブル依存症と判断すべきもので、専門家による薬物依存と同じ高度な判断と対応が必要である。
第4に、小野市の生活保護受給者は全国平均2.9%(世帯比)に対しわずか0.8%である。生活保護費用が同市の財政を圧迫しているとも考えられない。
この条例だが、市議の大半の賛成により可決され、多くの市民からも支持を得ているという。背景には、生活保護制度に対する理解不足、社会保障の権利意識の希薄さなどが指摘される。
日本では人口の1.60%しか生活保護を活用しておらず、先進諸外国でも最低水準であり、受給資格のある人のうち実際に利用している人の割合(=捕捉率)は対象者の1割程度にすぎない(図1)。残りの9割、数百万人もの人が生活保護制度を利用できていない。仮に日本の捕捉率をドイツ並みに引き上げると、受給者は700万人を超す。
全国で「餓死」「栄養失調死」が1700件(厚労省人口動態調査による食糧不足と栄養失調による死亡者数の合計)を超え、「孤立死」事件が発生している背景には、とりもなおさず日本の生活保護の捕捉率の低さがある。彼らは生活保護を受ければ亡くならずにすんだであろう。
次に「不正受給」などとマスコミで盛んに報じられているが、受給に対する割合でみると、件数ベースで2%程度、金額ベースでは0・4%程度で推移し、大きな変化はない(図2)。
さらに、「不正受給増」とされている事例には、高校生の子のアルバイト料を申告する必要がないと思っていたなど、不正受給とすることに疑問のあるケースも多く含まれている。もちろん悪質な不正受給には厳しく対応すべきだが、そうしたケースはごくごくわずかな例外であるといえる。ベンツに乗っている人をご紹介いただきたい。
改めて記すと、最大の問題は「不正受給」ではなく、数百万人が生活保護受給から漏れていることなのだ。
次に、「働ける人の生活保護受給が増えている」という指摘についてだが、これは厚労省の調査で生活保護を受けている世帯のうち「高齢者世帯」「母子世帯」「障害者世帯」「傷病者世帯」以外の、いわゆる「その他の世帯」が増えていることを指している。
しかし、「その他の世帯」=「働けるのに働かない人」ではない。「その他の世帯」の約3分の1の世帯は働いているが、最低生活費以下の給料しか出ないために保護を利用している。また、「その他の世帯」の世帯員の約半数は、60代以上と10代以下で、そもそも「働ける人」とはいえない。
さらに、「障害者世帯」「傷病者世帯」は「世帯主が働けないほどの障害や傷病を持っている世帯」を指し、中軽度の障害・傷病等を抱えている人は「その他の世帯」に含まれる。
この間の長引く不景気や雇用規制の緩和で雇用情勢が悪化する中、中高年者、中軽度の障害や傷病を持つ人などは仕事に就けず生活保護を利用せざるを得なくなっている。要は、日本の社会保障制度があまりに貧困なため、病気、ケガや失業などで働けなくなると、生活保護に直結せざるを得ないのだ。
しかし生活保護基準は、憲法で保障されている「健康で文化的な最低限度の生活」を維持するために必要な額はいくらかという観点から、1円単位の積み上げで綿密に計算されている。
根本の問題は、最低賃金や年金が生活保護基準を下回り、生存権が守られていないことだ。生活保護費が「高すぎる」のではなく、最低賃金や年金が「低すぎる」のだ。
さらに、生活保護基準は非課税限度額などさまざまな低所得者対策制度と連動している。基準の引き下げで、生活保護を利用していなくても、負担が増加したり、今まで受けていたサービスが受けられなくなるおそれがある。
最後に、生活保護予算が国や自治体の財政を圧迫していて、引き下げないと財政が破綻するかのようにいわれることがある。しかし、日本の財政が厳しいのは、生活保護をはじめとする社会保障費が増えているためではなく、大企業や富裕層に対する減税や長引く不況で、税収が極端に減っているためだ。実際、日本の生活保護費(社会扶助費)のGDPにおける割合は0.5%でOECD加盟国平均の7分の1にすぎない(図3)。
政府は「アベノミクス」と称して景気対策を行っているが、生活保護など社会保障への支出は減らそうと閣議決定している。多くの専門家から、長引く日本の不況の原因は、国内消費の落ち込みだといわれている。消費が落ち込んで国内市場が縮小しているのは、大規模なリストラや非正規雇用の増加で賃金が下がっていることに加え、社会保障が貧困で老後、疾病や失業などのリスクに個人で対応せねばならず、賃金が消費ではなく貯蓄に回っていること、低所得者の消費すらしぼりこまれていることが大きな要因である。
裏を返せば、生活保護をはじめとする社会保障を充実させて国民の懐を暖めると、自然と個人消費は上向き、内需は元にもどる。
生活保護法の改悪は、民主党政権下、自民・公明との三党合意で成立した「社会保障制度改革推進法」の内容が、自公政権でも引き継がれたものだ。現在、株価上昇などから政府を評価する声が多いが、今進められているのは誰のための政策なのか、国民はよく見直す必要がある。「社会的弱者」には誰でもなりうる。
社会保障制度崩壊への端緒
国会では6月4日、政府が提案した生活保護法等改悪二法案が衆議院で賛成多数で可決され、参議院に送られた。この法案の最も重大な問題点は申請のハードルを現在より高くし、生活保護を必要とする多くの人の申請を阻む点にある。
現在の生活保護法では、申請書などの書類がなくても、口頭による生活保護申請が認められている。しかし現実の窓口では「必要な書類が添付されていない」と申請を受理しない「水際作戦」と呼ばれる違法な権利の侵害が行われている。
政府の改悪案は、この「水際作戦」を合法化するものだ。
今回の政府の改悪案は、申請者の扶養義務者に対して、厚生労働省令で定める事項を通知することを義務付けている。しかし、申請者が親族への体裁を気にして、申請を行わない例も非常に多く、通知義務付けは申請を萎縮させてしまう。
さらに問題なのは、国会審議である。民主党は「特段の事情があればこの限りではない」との文言を加えた修正案により賛成してしまい、共産党と社民党以外の党の賛成で、改悪案は圧倒的多数で衆院可決された。しかも、審議はわずか2日で、本会議では討論さえ行われず採決が強行された。
そもそも民主党は当初「国民の生活が第一」などとしていたが、「生活扶助、医療扶助等の給付水準の適正化」との文言が含まれる「社会保障制度改革推進法」を自民、公明の賛成を得て通している。
まさに、生活保護制度改悪は共産党や社民党を除く、すべての政党と政府が一丸となって進めているのである。
生活保護は、日本の社会保障水準を規定する大きな礎である。この改悪は、他の社会保障制度のさらなる後退の始まりを意味しており、看過できない。
こうした政治の流れは地方政治にも大きな影響を与えている。
憲法違反の小野市条例
小野市は3月27日、市議会で「小野市福祉給付制度適正化条例」を可決した。この条例は生活保護および児童扶養手当等の受給者に対して「給付された金銭を...遊戯、遊興、賭博等に費消してしまい、その後の生活の維持、安定向上を図ることができなくなるような事態を防ぐため、...指導、指示等を行う」とし、受給者が「常習的に引き起こしていると認めるときは、速やかに市にその情報を提供する」責務を、市民に対して規定している。この条例にはいくつもの問題がある。第1に、条例は保護費をパチンコなどの遊戯、遊興、賭博等に使ってはいけないという前提に立っている。しかし、兵庫県弁護士会の指摘のように、どのような使途にいくらの金銭を支出するかの内容は、個人の自律的判断にゆだねるべきであることは、最高裁判例で確定済みである。本条例は、最高裁判例に反し、憲法違反といえる。
第2に、この条例により、市民は情報を提供する責務を負わされている。
そもそも、誰が受給者かは高度のセンシティブ情報で、市民はどこから情報を得て監視するのか。もし市民に受給者の個人情報を公開すれば、プライバシー権の重大な侵害になる。
第3に、受給者の指導・指示は福祉の専門機関である福祉事務所等の権限と責任のもとで行われるべきである。これを市民の監視に委ねることは行政の責任放棄である。特に、条例が想定する受給者の状況は医学的にギャンブル依存症と判断すべきもので、専門家による薬物依存と同じ高度な判断と対応が必要である。
第4に、小野市の生活保護受給者は全国平均2.9%(世帯比)に対しわずか0.8%である。生活保護費用が同市の財政を圧迫しているとも考えられない。
この条例だが、市議の大半の賛成により可決され、多くの市民からも支持を得ているという。背景には、生活保護制度に対する理解不足、社会保障の権利意識の希薄さなどが指摘される。
捕捉率の低さこそ生活保護の真の問題
まず受給者数について。「過去最高」と報道されているが、人口比では51年の3分の2にすぎない。日本では人口の1.60%しか生活保護を活用しておらず、先進諸外国でも最低水準であり、受給資格のある人のうち実際に利用している人の割合(=捕捉率)は対象者の1割程度にすぎない(図1)。残りの9割、数百万人もの人が生活保護制度を利用できていない。仮に日本の捕捉率をドイツ並みに引き上げると、受給者は700万人を超す。
全国で「餓死」「栄養失調死」が1700件(厚労省人口動態調査による食糧不足と栄養失調による死亡者数の合計)を超え、「孤立死」事件が発生している背景には、とりもなおさず日本の生活保護の捕捉率の低さがある。彼らは生活保護を受ければ亡くならずにすんだであろう。
次に「不正受給」などとマスコミで盛んに報じられているが、受給に対する割合でみると、件数ベースで2%程度、金額ベースでは0・4%程度で推移し、大きな変化はない(図2)。
さらに、「不正受給増」とされている事例には、高校生の子のアルバイト料を申告する必要がないと思っていたなど、不正受給とすることに疑問のあるケースも多く含まれている。もちろん悪質な不正受給には厳しく対応すべきだが、そうしたケースはごくごくわずかな例外であるといえる。ベンツに乗っている人をご紹介いただきたい。
改めて記すと、最大の問題は「不正受給」ではなく、数百万人が生活保護受給から漏れていることなのだ。
次に、「働ける人の生活保護受給が増えている」という指摘についてだが、これは厚労省の調査で生活保護を受けている世帯のうち「高齢者世帯」「母子世帯」「障害者世帯」「傷病者世帯」以外の、いわゆる「その他の世帯」が増えていることを指している。
しかし、「その他の世帯」=「働けるのに働かない人」ではない。「その他の世帯」の約3分の1の世帯は働いているが、最低生活費以下の給料しか出ないために保護を利用している。また、「その他の世帯」の世帯員の約半数は、60代以上と10代以下で、そもそも「働ける人」とはいえない。
さらに、「障害者世帯」「傷病者世帯」は「世帯主が働けないほどの障害や傷病を持っている世帯」を指し、中軽度の障害・傷病等を抱えている人は「その他の世帯」に含まれる。
この間の長引く不景気や雇用規制の緩和で雇用情勢が悪化する中、中高年者、中軽度の障害や傷病を持つ人などは仕事に就けず生活保護を利用せざるを得なくなっている。要は、日本の社会保障制度があまりに貧困なため、病気、ケガや失業などで働けなくなると、生活保護に直結せざるを得ないのだ。
課題は広範な社会保障の貧困さ
政府は13年度から生活保護費を毎年3%ずつ引き下げ、3年間で1割削減を行うとしている。理由は、子どものいる生活保護家庭への支給額が、低所得世帯の支出を上回るためとされ、他にも生活保護基準が最低賃金や年金より高いことが問題視されている。しかし生活保護基準は、憲法で保障されている「健康で文化的な最低限度の生活」を維持するために必要な額はいくらかという観点から、1円単位の積み上げで綿密に計算されている。
根本の問題は、最低賃金や年金が生活保護基準を下回り、生存権が守られていないことだ。生活保護費が「高すぎる」のではなく、最低賃金や年金が「低すぎる」のだ。
さらに、生活保護基準は非課税限度額などさまざまな低所得者対策制度と連動している。基準の引き下げで、生活保護を利用していなくても、負担が増加したり、今まで受けていたサービスが受けられなくなるおそれがある。
最後に、生活保護予算が国や自治体の財政を圧迫していて、引き下げないと財政が破綻するかのようにいわれることがある。しかし、日本の財政が厳しいのは、生活保護をはじめとする社会保障費が増えているためではなく、大企業や富裕層に対する減税や長引く不況で、税収が極端に減っているためだ。実際、日本の生活保護費(社会扶助費)のGDPにおける割合は0.5%でOECD加盟国平均の7分の1にすぎない(図3)。
政府は「アベノミクス」と称して景気対策を行っているが、生活保護など社会保障への支出は減らそうと閣議決定している。多くの専門家から、長引く日本の不況の原因は、国内消費の落ち込みだといわれている。消費が落ち込んで国内市場が縮小しているのは、大規模なリストラや非正規雇用の増加で賃金が下がっていることに加え、社会保障が貧困で老後、疾病や失業などのリスクに個人で対応せねばならず、賃金が消費ではなく貯蓄に回っていること、低所得者の消費すらしぼりこまれていることが大きな要因である。
裏を返せば、生活保護をはじめとする社会保障を充実させて国民の懐を暖めると、自然と個人消費は上向き、内需は元にもどる。
まとめ
小野市の条例に関して、同市が施行している「いじめ等防止条例」では、いじめを「あらゆる人権侵害の根源」としているが、まさに今回の条例は「いじめの構造」とまったく同じであり、「いじめる側」にはその自覚がない。改めて本条例の廃止を求めていきたい。生活保護法の改悪は、民主党政権下、自民・公明との三党合意で成立した「社会保障制度改革推進法」の内容が、自公政権でも引き継がれたものだ。現在、株価上昇などから政府を評価する声が多いが、今進められているのは誰のための政策なのか、国民はよく見直す必要がある。「社会的弱者」には誰でもなりうる。