2013年9月15日(1729号) ピックアップニュース
インタビュー「ひょうごの医療」 全人医療を次世代に 淡路市・津名病院院長 中谷 正史先生
【なかや せいし】1943年1月1日生まれ。69年神戸大学医学部卒。77年同大大学院医学研究科卒。同年東京大学付属病院内科研究生。78年米国国立衛生研究所(NIH)客員助教授。82年神戸大学医学部第1外科助手、講師。85年県立成人病センター外科部長。2000年から医療法人社団順心会津名病院院長。11年から関西総合リハビリテーション専門学校校長を兼務。趣味の尺八は新都山流竹琳軒大師範
尺八から学んだ「継続は力」
辻 先生は津名病院の院長として多忙な中、趣味で尺八をされていると聞きましたが。中谷 ええ。高校時代、京都は七面山の宝塔寺から聞こえてきた尺八の音色が本当に心地よく、以来その魅力に惹きつけられています。神大医学部では邦楽部をつくり、「尺八を吹けば口が達者になる」とかホラを吹きながら部員を集めました(笑)。
辻 私の父は、尺八の都山流で、毎日正座して練習していたのを覚えています。
中谷 私も同じ流れの新都山流です。これまで職場が変わるごとに尺八も持って行きました。今も勤務の合間に毎日1時間以上吹きます。腹式呼吸をするので、自分の健康のためにもなりますし、癒しになるだろうと、当院の入院患者さんにも私の演奏を聴いてもらいます(笑)。京都から家元を呼んで演奏会を開催したりしていますよ。「継続は力なり」と言いますが、なんでも長く続けることが大事だということを尺八から教わった気がします。
地域連携でリハビリ
辻 津名病院に就任されたのは2000年からだそうですね。中谷 もともと淡路島の洲本市出身なのですが、久しぶりに戻ってきても、患者さんや地域の人たち、病院のスタッフたちに溶け込むのに時間がかかりましたね。また、当時は独特の地域性を感じました(涙)。病院としては、今年で開設15周年を迎えました。
辻 病院として特に力を入れてきたことはありますか。
中谷 高齢化率の高い土地柄ということもあり、高齢者に対するリハビリの普及・充実です。兵庫県の淡路圏域リハビリ支援センターとして、リハビリ従事者への支援や地域住民への啓発などに努めてきました。
辻 患者さんにとって、状態の悪化を防ぎ生活復帰をめざすリハビリはとても大切ですよね。
中谷 そうです。今の課題は、入院中に治療後・手術後のリハビリをし、身体機能回復を行った上で、在宅復帰された高齢の患者さんが、ご家族から「また転倒されたら困るから」と、歩行や運動を制限されるために身体機能が低下し、再び転倒するという悪循環に陥ることです。退院後の在宅リハビリを通じて機能回復を図る必要があるのですが、十分には認識してもらえていません。訪問リハビリの提供や地域でのリハビリ教室などを通じて、ご家族とも協力しながら、高齢者が安心して自宅で過ごせるようサポートしていきたいと思います。
米国NIHへの留学
聞き手 辻 一城 理事
中谷 そうではありませんが、小児マヒを持った弟がおり、子ども心に「何か役に立ちたい」という思いがあったのかもしれません。私は京都の伏見工業高校出身で、もともとは飛行機乗りになりたかったのです。京都大学工学部航空学科を受験しましたが、結果はあえなく不合格(笑)。
辻 そして、神戸大学医学部に入学されました。
中谷 学生運動が盛んだった時代です。流されやすい性格もあって、進学したり医局に入局したりすることに抵抗を感じ、卒業後は診療所のバイトなどで過ごしていました。結局は数年して神大大学院に進学。卒業後に東京大学付属病院で消化管ホルモンの研究をした後、米国国立衛生研究所(NIH)に3年半ほど留学することになりました。
辻 すごく貴重な留学経験ですね。
中谷 当時のユダヤ系米国人の上司の、私たち部下に対する教育方法など、文化や習慣の違いもたくさん体験し、興味はつきませんでした。同僚の米国人とも仲良くなり、日本に来たときには観光案内をしたりもしました。
辻 NIHではどのような研究をされていたのですか。
中谷 神大時代の私の師匠は生化学の権威である西塚泰美先生でした。その影響も受け、NIHでは生化学の中でも特に好きだったコレラなどを研究しました。NIHには潤沢な予算があり、日本にはないような機械もたくさんありました。
辻 政府内では「日本版NIH」をつくろうという動きがあります。
中谷 確かに日本は医学研究に対する予算が少ないという問題はあります。しかし大事なのは、医学研究というのは世の中の人々のためにやるものだということです。医療を産業や経済成長に安易に結びつけることには、慎重でなければならないと思います。
シャーロック・ホームズになれ
辻 長年、国内外で研究と臨床に携わってきて、今の日本の医療をどう考えていますか。中谷 最近危惧するのは、医師がパソコンの画面ばかり見て患者さんとロクに話もしていないのではないか、ということです。「シャーロック・ホームズになれ」と、かつてよく言われました。患者の顔を見ただけで状態を判断し、職業も分かるようになれと。大学時代、外科であっても若い人たちには頭のてっぺんから足の先までカルテに所見を記入させ、全身を診る習慣をつけてもらおうとしました。全人医療という視点が身についた上で、臓器別に診る技術を高めていくべきです。日本の国家試験は西洋医学のみになっていますが、若い医師たちには、漢方的な未病という考え方や全身を診る診断法も身につけてほしいと思います。
辻 新しい卒後臨床研修制度では、専門科に進む前に各科をローテートするようになりました。
中谷 大切なことです。今後はさらに、都会から僻地まで、様々な地域での医療を体験する必要があると思います。地域医療で言うと、現在は各地で医療崩壊が起こっています。都会の医療ももちろん大変ですが、大都市だけに医師が集中するような医療制度をあらため、国民皆保険制度の元で国民がどこにいても等しく同じ医療が受けられるよう、国は責任を果たさなければなりませんし、一工夫が必要です。医療者ももっと声を上げていくべきでしょう。
若い世代の医師協会・保団連に
辻 先生には協会の勤務医会員勧誘でも協力をいただいていますね。中谷 協会は開業医の団体ですが、若い勤務医にも入会してもらうよう、さらなる工夫が必要です。若者が興味を持つ革新的なことに繋がる医療、漢方の勉強会など、若い医師に有意義に感じてもらえる事業をさらに増やしてはどうでしょうか。協会役員には、これからの若い会員をこれまで以上積極的に登用する必要があるかもしれませんね。協会事務局も病院訪問などで勤務医勧誘に取り組んでいますが、良いことをやっているのだから遠慮することなく、これまで以上に若い医師たちに積極的に声をかけてほしい。また、協会・保団連は次代を担う子どもたちのことをしっかり考えてほしいと思います。個人的には、日々子どもたちを診ている小児科の先生方にたくさん入会していただきたいですね。
辻 私も小児科なので、励まされる思いです。本日は協会への貴重なアドバイスもいただき、ありがとうございました。
インタビューを終えて
趣味から地域医療・協会の未来まで大いに盛り上がった