2013年10月05日(1731号) ピックアップニュース
歯科政策解説 安心・安全な歯科医療の充実へ 「低医療費政策」の転換を 〜インプラントのトラブル急増の背景にもふれて 兵庫県保険医協会歯科部会
インプラント治療のトラブル増加がマスコミで話題になることが増えている。協会歯科部会では、「低医療費政策」という観点からこの問題をとらえ、解説する。
近年、インプラント治療のトラブル増加がマスコミでしばしば取り上げられている。「国民生活センター」の発表では、歯科インプラント治療で危害を受けたという相談が、2006年度以降5年間で343件寄せられ、増加傾向にあるとされている。
最近でも、インプラント手術中に患者の動脈を傷つけ死亡させたとして、東京の歯科医が業務上過失致死罪の判決を下されるなど、社会問題化している。
このインプラント治療のトラブル・相談の急増は、「高額な医療」だけでなく「安全性」や「広告・情報提供」に問題があることを浮き彫りにしている。
こうした事態を受けて、日本歯科医師会、日本歯科医学会、日本口腔インプラント学会が3月31日に東京で開催した「インプラント市民フォーラム」では、厚労省はもとより日歯、日歯学会からも「インプラント治療を巡る患者とのトラブルが収斂(しゅうれん)しなかったならば、同治療を行える歯科医師に一定の要件(学会研修の受講など)を義務付けせざるを得なくなる」という意見が出されている。
インプラントのトラブルをめぐっては、歯科医療界では安全性など、質の向上をいかに担保するかという問題に関心が集中することは当然である。
しかし、安心・安全で良質な歯科医療を保障するにあたって、その充実を阻んでいる最大の根源の一つは「低医療費政策」である。この問題から背景をみてみたい。
この歯科の「低医療費政策」は、保険診療だけでなく自費診療も含めて採算がとれればいいとする「トータルバランス論」で正当化されている。
政策として、低すぎる歯科技術料を据え置き、新規の保険導入を怠り、患者窓口負担割合が引き上げられることで、受診抑制が起こり、高齢化に対応した「健康長寿社会」に向けて、本来急増すべき歯科ニーズは抑えこまれている。
1996年から2012年までの16年間で、国民の医療ニーズに応えるべく歯科医師は1万人程度増加している。これに対し、歯科の保険医療費総額は2兆5千億円台で横ばいが続いてきたのである(図1)。
それゆえ、歯科医療供給とのギャップが生じ、著しく低い歯科医療費の「パイ」をめぐる歯科医院間の競争と差別化を激化させている。
そのため、保険診療だけでは経営を成り立たせられない歯科医院の自費志向が高まり、教育体制が未整備で標準的な治療法が確立されないままに、高額なインプラント治療が「普及」し、なかには健康被害にいたるまでのトラブルが増加していると考えられる。
ただし、現在はこうした教育体制の遅れを取り戻すべく、大学等におけるインプラント教育や先進医療に対応するカリキュラムが構築されていることも記しておかねばならない。
しかし、厚労省「医療経済実態調査」によれば、歯科個人診療所の自費診療の推移は、1984年に18%だったのが、2011年には10.2%にまで下がっており、次回調査では1割を下るほどの勢いで、自費診療は減っている(図2)。
保険評価が極端に低い現状の歯科医療のもとで、多くの歯科医師が保険で歯科医療を供給し続けてきた結果であると言える。
同時に、「小泉構造改革」以降、社会保障の大幅削減が進められ「貧困と格差」が増大した結果、高額の自費診療が敬遠されているためとも言える。
日本の相対的貧困率の高さは先進国トップクラスとなり(図3)、「歯の健康格差」「口腔崩壊」などが危惧されている中、自費や混合診療の拡大路線では歯科医療を守ることはできない。
歯科医院経営の将来は、患者・国民が願う「保険でより良い歯科医療」でこそ活路が拓かれるといえる。
長年の診療実績のあるメタルボンド(金属焼付陶材)に加え、ハイブリッドセラミックスやオールセラミックス、ジルコニアなどの新素材は、審美性だけでなく、操作性(歯質と接着性)や物理的性質(耐摩耗性)、生物学的許容性(アレルギーを起こさない、プラークが付着しにくい)などの利点があるのに、いまだに保険導入されていない。義歯でも、レジン床義歯だけでなく、装着感と耐久性、強度の点で利点がある金属床義歯も保険導入されるべきである。
こうした安全性と有効性ある技術をすみやかに保険収載していけば、自費のインプラント治療に過度に依存せず、「保険でより良い歯科医院経営」がはかられていく。
そして、それは患者・国民の圧倒的多数が求めている「保険のきく範囲を広げてほしい」という願いに合致する。
こうした「保険でより良い歯科医療」の充実を阻んでいるのが、先に見た「低医療費政策」と「トータルバランス論」である。推計3000億円程度と言われる自費診療を保険導入したとしても、総医療費37兆円の0.8%増額にすぎず、保険財政としても十分可能なのである。
とくに長時間・低賃金労働で離職率が8割以上になる歯科技工士の待遇改善のためにも、補綴物作成にかかわる技術料の引き上げは急務である。
実際、現在2兆7000億円台の歯科医療費を少なくとも3兆円台まで引き上げることは、党派を超えて歯系議員などの共通目標になっていると言える。
日本歯科新聞が連載した歯系議員のインタビューでは、「『指導』『監査』体制の改善により、診療報酬を3兆円以上に」(自民、石井みどり参院議員)、「先進国平均並みに日本の歯科医療費は3兆3300億円必要」(自民、比嘉奈津美衆院議員)、「アベノミクスで物価上昇が年2%ならば、診療報酬改定はプラス4%必要」(維新、新原秀人衆院議員)などの表明があり、先の参議院選挙で診療報酬引き上げを公約に掲げた民主党や共産党も含めて、歯科診療報酬の改善は超党派で一致できる課題であると言えよう。
国民が病気を恐れることなく働ける環境を作り出すことこそ政治の役割であり、今一度、政治家は国民皆保険制度の意義を考えるべきであろう。
歯科技術料見直しによる「診療報酬引き上げ」と、受診抑制の根源にある「患者窓口負担の軽減」を同時に追求し、さらに患者ニーズに合わせた「保険範囲の拡大」とあわせて三位一体で、安心・安全な「保険でより良い歯科医療」の充実に向けて低医療費政策の転換がはかられるべきである。
近年、インプラント治療のトラブル増加がマスコミでしばしば取り上げられている。「国民生活センター」の発表では、歯科インプラント治療で危害を受けたという相談が、2006年度以降5年間で343件寄せられ、増加傾向にあるとされている。
最近でも、インプラント手術中に患者の動脈を傷つけ死亡させたとして、東京の歯科医が業務上過失致死罪の判決を下されるなど、社会問題化している。
このインプラント治療のトラブル・相談の急増は、「高額な医療」だけでなく「安全性」や「広告・情報提供」に問題があることを浮き彫りにしている。
こうした事態を受けて、日本歯科医師会、日本歯科医学会、日本口腔インプラント学会が3月31日に東京で開催した「インプラント市民フォーラム」では、厚労省はもとより日歯、日歯学会からも「インプラント治療を巡る患者とのトラブルが収斂(しゅうれん)しなかったならば、同治療を行える歯科医師に一定の要件(学会研修の受講など)を義務付けせざるを得なくなる」という意見が出されている。
インプラントのトラブルをめぐっては、歯科医療界では安全性など、質の向上をいかに担保するかという問題に関心が集中することは当然である。
しかし、安心・安全で良質な歯科医療を保障するにあたって、その充実を阻んでいる最大の根源の一つは「低医療費政策」である。この問題から背景をみてみたい。
自費依存強いる低医療費政策
数十年にわたる政府の「低医療費政策」は、「歯科医療危機」と言われるほど深刻な状況を招いている。この歯科の「低医療費政策」は、保険診療だけでなく自費診療も含めて採算がとれればいいとする「トータルバランス論」で正当化されている。
政策として、低すぎる歯科技術料を据え置き、新規の保険導入を怠り、患者窓口負担割合が引き上げられることで、受診抑制が起こり、高齢化に対応した「健康長寿社会」に向けて、本来急増すべき歯科ニーズは抑えこまれている。
1996年から2012年までの16年間で、国民の医療ニーズに応えるべく歯科医師は1万人程度増加している。これに対し、歯科の保険医療費総額は2兆5千億円台で横ばいが続いてきたのである(図1)。
それゆえ、歯科医療供給とのギャップが生じ、著しく低い歯科医療費の「パイ」をめぐる歯科医院間の競争と差別化を激化させている。
そのため、保険診療だけでは経営を成り立たせられない歯科医院の自費志向が高まり、教育体制が未整備で標準的な治療法が確立されないままに、高額なインプラント治療が「普及」し、なかには健康被害にいたるまでのトラブルが増加していると考えられる。
ただし、現在はこうした教育体制の遅れを取り戻すべく、大学等におけるインプラント教育や先進医療に対応するカリキュラムが構築されていることも記しておかねばならない。
自費の拡大では活路にならない
「低医療費政策」と「トータルバランス論」は、76年に廃止された「差額徴収制度」以前から脈々と続いているため、歯科医療界では、「低医療費政策」を所与のものとしてその転換をあきらめ、自費志向のみならず混合診療を待望する考え方もある。しかし、厚労省「医療経済実態調査」によれば、歯科個人診療所の自費診療の推移は、1984年に18%だったのが、2011年には10.2%にまで下がっており、次回調査では1割を下るほどの勢いで、自費診療は減っている(図2)。
保険評価が極端に低い現状の歯科医療のもとで、多くの歯科医師が保険で歯科医療を供給し続けてきた結果であると言える。
同時に、「小泉構造改革」以降、社会保障の大幅削減が進められ「貧困と格差」が増大した結果、高額の自費診療が敬遠されているためとも言える。
日本の相対的貧困率の高さは先進国トップクラスとなり(図3)、「歯の健康格差」「口腔崩壊」などが危惧されている中、自費や混合診療の拡大路線では歯科医療を守ることはできない。
歯科医院経営の将来は、患者・国民が願う「保険でより良い歯科医療」でこそ活路が拓かれるといえる。
「保険でより良い歯科」視野に
そもそも歯科では保険収載されず、自費診療を患者に強いらざるを得ない治療がたくさんある。長年の診療実績のあるメタルボンド(金属焼付陶材)に加え、ハイブリッドセラミックスやオールセラミックス、ジルコニアなどの新素材は、審美性だけでなく、操作性(歯質と接着性)や物理的性質(耐摩耗性)、生物学的許容性(アレルギーを起こさない、プラークが付着しにくい)などの利点があるのに、いまだに保険導入されていない。義歯でも、レジン床義歯だけでなく、装着感と耐久性、強度の点で利点がある金属床義歯も保険導入されるべきである。
こうした安全性と有効性ある技術をすみやかに保険収載していけば、自費のインプラント治療に過度に依存せず、「保険でより良い歯科医院経営」がはかられていく。
そして、それは患者・国民の圧倒的多数が求めている「保険のきく範囲を広げてほしい」という願いに合致する。
こうした「保険でより良い歯科医療」の充実を阻んでいるのが、先に見た「低医療費政策」と「トータルバランス論」である。推計3000億円程度と言われる自費診療を保険導入したとしても、総医療費37兆円の0.8%増額にすぎず、保険財政としても十分可能なのである。
基礎技術料引上と窓口負担の軽減を
「保険でより良い歯科医療」を充実させるためには、保険範囲の拡充とともに、長期にわたり不当に低点数で据え置かれている基礎的技術料の大幅引き上げも必須である。とくに長時間・低賃金労働で離職率が8割以上になる歯科技工士の待遇改善のためにも、補綴物作成にかかわる技術料の引き上げは急務である。
実際、現在2兆7000億円台の歯科医療費を少なくとも3兆円台まで引き上げることは、党派を超えて歯系議員などの共通目標になっていると言える。
日本歯科新聞が連載した歯系議員のインタビューでは、「『指導』『監査』体制の改善により、診療報酬を3兆円以上に」(自民、石井みどり参院議員)、「先進国平均並みに日本の歯科医療費は3兆3300億円必要」(自民、比嘉奈津美衆院議員)、「アベノミクスで物価上昇が年2%ならば、診療報酬改定はプラス4%必要」(維新、新原秀人衆院議員)などの表明があり、先の参議院選挙で診療報酬引き上げを公約に掲げた民主党や共産党も含めて、歯科診療報酬の改善は超党派で一致できる課題であると言えよう。
国民が病気を恐れることなく働ける環境を作り出すことこそ政治の役割であり、今一度、政治家は国民皆保険制度の意義を考えるべきであろう。
歯科技術料見直しによる「診療報酬引き上げ」と、受診抑制の根源にある「患者窓口負担の軽減」を同時に追求し、さらに患者ニーズに合わせた「保険範囲の拡大」とあわせて三位一体で、安心・安全な「保険でより良い歯科医療」の充実に向けて低医療費政策の転換がはかられるべきである。