兵庫県保険医協会

会員ページ 文字サイズ

兵庫保険医新聞

2015年3月05日(1776号) ピックアップニュース

元・内閣法制局長官 阪田雅裕氏に聞く
集団的自衛権行使容認 関連法案をどう見るか

1776_2.jpg 政府は昨年7月の「集団的自衛権行使容認」の閣議決定を具体化する関連法案を、ゴールデンウィーク明けに国会提出するとしている。その内容をどう見るか、元内閣法制局長官の阪田雅裕氏に1問1答形式で見解をうかがった。(次号に昨年11月の評議員会での阪田氏の講演録「集団的自衛権が許されないわけ」を掲載予定)
Q1 海外派兵、どう変わる?
 Q1 政府は、自衛隊の海外派遣を「恒久法」で行えるようにするとしています。また、昨年の閣議決定で「現に戦闘行為が行われている現場(戦場)以外での補給や輸送は『武力行使との一体化』にならない」としました。これで、いつでも、どこの紛争であっても、戦闘行為が行われていない現場で自衛隊が活動できることになります。
 A1 わが国はこれまでテロ対策特別措置法やイラク人道復興支援法など、事態に即してその都度、特別の法律を制定し、これに基づいて、自衛隊を派遣し、多国籍軍に対する後方支援等を行ってきました。
 これらの法律の第1条で、法律の目的、つまり何のために自衛隊を派遣するのかということを明らかにしています。テロ特措法に関して言えば、いわゆる9.11テロが、国連安保理において「国際の平和及び安全に対する脅威」であると認められたこと、また、安保理決議が、再三にわたって、国際的なテロリズム行為を非難するとともに、国連の全加盟国がその防止のために適切な措置をとることを求めていることを記した上で、テロの脅威の除去のために行われる外国軍隊の活動に対してわが国も協力をするのだとしているわけです。イラク人道復興支援法も同様に、たくさんの安保理決議を引用して、イラクにおける自衛隊の活動が国際社会の平和と安全に資するものであると規定しています。
 このように、従来の立法では、時限的であるだけではなく、その法律による自衛隊の派遣に正当な理由があり、国際社会の期待に沿うものであることが法律そのものに書き込まれていたため、立法事実ともいうべき自衛隊派遣の正当性が、法案の審議を通じて国会で議論され、国民にも問われてきたわけです。
 これに対していわゆる「恒久法」では、これまでの時限法(特別措置法)のように、いつ、どこで、どのような活動をさせるために自衛隊を派遣するのか、つまり派遣の目的を予め法律で定めることができなくなってしまいます。もっともこの場合でも、「国際社会の平和と安全のために活動する他国軍隊を支援するため」といった抽象的な目的は盛り込まれると思いますが、日本の場合は、米軍の行動は常に国際社会の平和と安全に寄与するものと評価することになりますから、結局米軍が展開するところには、いつでも、どこでも政府の決断ひとつで自衛隊の派遣ができることになってしまいます。もちろん、この場合でも、個々の派遣については国会の承認が必要という法制になることが予想されますから、政府が、自衛隊派遣の正当性を説明する責任をいっさい免れるものではありません。しかし、法案の審議に比べれば、国会で論議される時間が少なくなると予想されますし、国会の閉会中など、派遣に先立って国会の承認を得る暇がないときには事後承認で足りるといった取り扱いになる可能性が大きいと考えられます。このように制度的には、個別に立法する場合に比べて、政府の方針がより優先され、尊重される仕組みになりますから、より安易かつ迅速な自衛隊の海外派遣が可能になりますし、そのことにこそ恒久法の意義があるということなのでしょう。
 このように外国軍隊支援のための自衛隊の海外派遣が際限なく広がることを防ぐためには、たとえば、第一条の目的規定において、その派遣を、国連安保理でいわゆる武力行使容認決議があったようなときに限定するといったことも考えられます。しかし、先のアフガニスタンやイラクのケースでも安保理での武力行使容認決議は行われていませんから、これではイラク等への派遣もできないことになります。これは、安倍内閣の企図する方向には反するものですから、採用は期待できないと思われます。
 テロ特措法等において、自衛隊の海外での活動区域を「現に戦闘行為が行われて」いないだけではなく、「そこで実施される活動の期間を通じて戦闘行為が行われることがないと認められる」地域(非戦闘地域)に限ってきたのは、自衛隊の活動が、その近隣で行われている他国軍隊の軍事行動(武力行使)と一体のものとみなされ、わが国自身が武力行使をしていると評価されることを避けるためです。この「武力行使との一体化」という考え方については、左右両陣営から批判がありましたが、活動区域を非戦闘地域に限定することは、自衛隊が海外で武力行使に及ぶことを防ぐために不可欠な要件であったと考えられますし、これまで海外に派遣された自衛隊が戦闘に巻き込まれる事態に遭遇しなかったことにかんがみても、十分に機能してきた法的枠組みだったといえます。
 もっとも、この非戦闘地域の考え方は、憲法9条との整合性を図りながら自衛隊による外国軍隊への支援を可能にするための法制度上の工夫にほかならず、絶対的な法的基準ということではありません。ただ、先般の閣議決定を受けて非戦闘地域の範囲が広がり、自衛隊がより戦場に近い場所で活動することになれば、当然、法的にもそれが他国軍隊の軍事行動と一体のものとみなされる可能性は高くなりますし、現場の自衛隊員が負うリスクが大きくなることは避けられません。
Q2 自衛隊の邦人救出は?
 Q2 政府はその地域を統治する「領域国」の同意、「領域国」での警察力の不足、「領域国」の権力が維持されている範囲、敵対する相手が「国家または国家に準ずる組織」でないことなどを条件に、武器使用基準を広げ、自衛隊による邦人救出をできるようにしようとしています。
 A2 海外で邦人が人質となるような事件は、憲法9条との関係に限って言えば、二つに大別する必要があります。一つは、もっぱら身代金などを奪うことを目的とした犯罪集団によるもの、そしてもう一つが政治的な主張を実現またはアピールすることを主眼に、一定の軍事的な実力を備えた集団が行なうものです。後者の集団は、一般に「国に準じる組織」とよばれ、政府は、自衛隊が海外でこうした組織を相手に実力行使に及ぶことは憲法9条の禁じる武力行使に当たり、許されないとしてきました。先般の閣議決定においても、この点についての考え方は変えられていません。
 したがって、仮に邦人救出のために自衛隊が派遣され、実力行使をするとしても、犯行の主体が犯罪集団であり、これを相手にする場合に限られることになりますが、そのような犯罪集団であれば、一般に重火器などを装備していることはあり得ませんから、通常は、軍隊も含めた現地国の警察力によって十分に対処できるはずです。外国人が犯罪集団によって人質にされたからといって、現地の国が救出のためにその外国に軍隊の派遣を求めたり、認めたりしたことは、過去にも例がありませんし、これからも考えにくいことですから、仮にそのための法整備が行なわれたとしても発動される機会があるとは思えません。
 逆に、その国の政府が手に負えず、外国の軍隊の応援を求めることがあるとすれば、それは、今回の過激派組織イスラム国のように、正規軍に抗しえるだけの軍事的実力を備えた組織による犯行に限られるといえるわけです。相手国の同意なり要請があるからといって、このような場合に自衛隊を派遣し、実力行使に及ぶことは、憲法上許されないことは当然です。
 もし法整備が行なわれれば、警察活動の名の下に、紛争地域に自衛隊が派遣され、内戦の一方の当事者にわが国が加担する結果にならないかどうか、十分に注意する必要があると思います。
Q3 集団的自衛権の行使はどんな場合?
 Q3 国家安全保障局は「国民に経済的な被害が生じかねない事態」であれば集団的自衛権の行使を認める案をまとめています。
 A3 先の閣議決定は、「政府の憲法解釈には論理的整合性と法的安定性が求められる。」とした上で、「従来の政府見解における憲法第9条の解釈の基本的な論理の枠内で、」「論理的な帰結を導く」としています(閣議決定3(1))。
 つまり、第一次の安保法制懇報告書が提言したように、憲法第9条はおよそ集団的自衛権の行使を禁じていないとする新たな解釈に変更するのではなく、従来の解釈の延長線上で説明できる限りにおいて、集団的自衛権の行使も許されるとする解釈に改めるとしています。そして、その「論理的な帰結」として、「我が国に対する武力攻撃が発生した場合」だけではなく、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合に」も武力行使ができるという解釈に変えると述べているわけです(同3(3))。
 政府はこれまで、「我が国の存立が脅かされ......権利が根底から覆される」という表現を、日本が外国から武力攻撃を受けたときの状況を表すものとして用いてきました。国民の生命や自由、その他すべての人権が根底から覆されるというようなことは、国土が外国軍隊の攻撃を受ける場合以外には考えられないからです。従来の政府の解釈の論理を踏襲するとしていることと併せて閣議決定のこの文章を読めば、日本が集団的自衛権を行使できるのは、「密接な関係にある他国に対する武力攻撃」がわが国にも及ぶ「明白な危険」がある場合に限られることは明らかです。
 これに対して、原油の不足が企業経営や国民生活を圧迫するから、などといった理由で、ホルムズ海峡での機雷除去まで可能であるとするのでは、単に、わが国の利益に重大な影響がある場合には集団的自衛権を行使できるというのと同じことです。集団的自衛権を行使するというのは、自国の将兵を戦場に送り、他国と共に戦わせるということですから、どの国の場合でも、その国の利害と大きな関係がある場合に行使が限定されますし、行使に際しては十分に慎重な検討が行われることはいうまでもありません。ですから、必要とあらば中東での機雷除去までやるというのでは、アメリカなどの外国と同じです。つまり、憲法第9条は、集団的自衛権の行使を何ら制約するものではないということになり、わが国の武力行使に憲法上の歯止めはなくなってしまうわけです。
 もし安倍内閣に、集団的自衛権の行使を限定する意図がないのであれば、極めて限られた範囲内でしか集団的自衛権の行使ができないかのような閣議決定の文言は、国民に対する目くらましのためというほかありません。政権自らの言葉なのですから、ぜひともこの文言に忠実に、集団的自衛権の行使が朝鮮半島有事などわが国に対する武力攻撃の危険が切迫している場合に限られるものであることを、国会での質疑応答等を通じて明確にしてもらいたいものです。
バックナンバー 兵庫保険医新聞PDF 購読ご希望の方