2015年8月05日(1790号) ピックアップニュース
公的医療保険制度に支えられた 医療の発展と安全性
特別インタビュー 神戸大学医学部附属病院肝胆膵外科 具 英成教授
1951年生。77年神戸大学卒業、83年同大学院博士課程修了、92年同大学講師、99年同大学助教授、05年同大学医学部教授(先端医療探索応用分野:肝臓・移植外科)、07年同大学院教授(外科学講座:肝胆膵外科学分野)、07年〜11年同大学院教授(外科学講座主任教授)・同大学病院外科主任診療科長(併任)、12年同大学病院移植医療部長(併任)、現在に至る
進歩を続ける肝胆膵領域の医療
西山 本日はよろしくお願いします。具 こちらこそよろしくお願いします。先生と一緒に研究していたころが懐かしいですね。
西山 はい。肝胆膵領域の医学はどんどん発展していますね。私が大学にいたときには、腹腔鏡手術などは一般的ではありませんでした。
具 そうですね。消化器領域では、胆のう良性疾患は早くから腹腔鏡手術が行われていましたが、他の領域ではやや遅れて普及しています。1992年に腹腔鏡下胆嚢摘出術が保険収載され、2010年には腹腔鏡下肝部分切除術と肝外側区域切除術が、12年には腹腔鏡下膵体尾部切除術も保険収載されました。これらの手術は保険収載とともに一気に全国に広がりました。
西山 なるほど。肝臓の手術など、以前は死亡率も低くありませんでした。それが今では、腹腔鏡による低侵襲で安全な手術ができるようになったのですね。
具 今の医療は多くの医師の経験が蓄積されて、それに基づいたトレーニングシステムも整っています。医療技術が洗練化、標準化され、名人でなくても、よっぽど不器用でなければここまではできるという時代になりました。
西山 先ほど伺った医局でも、この教授室でもモニターが設置されて、リアルタイムで手術の様子が見られるようになっていますね。
具 映像技術の向上は、手術手技のトレーニングにとって大変役に立っています。若い医師の手術映像を見て、改善点を指導したりできるようになりました。最近は学会の技術認定も映像データの提出を求め、学会が指定した条件を満たした手術をきちんと行ったのかを確認するようになっています。
腹腔鏡手術事故をどうみるか
聞き手 西山 裕康理事長
具 保険収載された腹腔鏡手術は安全性や有効性がきちんと確立しており、そうした問題は起きていません。しかし、両病院で行われたのは、保険適用でない高難度の手術でした。これらの病院では、腹腔鏡手術が普及する中で、「どんな症例でもとにかく腹腔鏡でやってみよう」という、見切り発車的な手術が行われていたのではないかと思います。倫理委員会も十分に機能していたか。このあたりは私が評議員を務める日本肝胆膵外科学会でも問題視しており、全国的な緊急実態調査などを行いました。
西山 その調査では、どのような傾向が見られたのでしょうか。
具 やはり保険収載されている手術と比べて、保険収載されていない手術では5倍から10倍死亡率が高いとの結果が示されました。
西山 保険収載されていない手術は、患者さんの自己負担も大変だと思いますが。
具 両病院では、保険収載されていない手術についても、保険収載されている開腹術として保険請求を行っていたとも言われています。
西山 それはあってはならないことですね。
こうした背景には、保険外診療で高額な負担をしてまで、安全性や有効性が確立されていない医療を受けられる患者さんが多くないことがあるのではないでしょうか。
具 そうですね。肝胆膵領域でも、安全性や有効性などが確立された腹腔鏡手術はきちんと保険収載されており、多くの専門家が合意、納得したうえで患者さんに提供されています。
西山 国民皆保険制度の下で安全性、有効性が確認された医療技術が広く保険収載され、全国に普及し、日本中どこでも保険を使って、標準的な医療が受けられる仕組みというのは貴重ですね。
具 一方で、粒子線治療が今でも先進医療のままであったり、免疫療法の自由診療などをみると、費用面において先進的医療をどのように取り扱うかは難しい点があります。
※千葉県がんセンターと群馬大学病院において肝胆膵領域の腹腔鏡手術で術後死亡例が多発した問題。千葉県では、08〜14年に腹腔鏡手術を受けた癌患者11人が相次いで死亡、群馬では10〜14年にわたって腹腔鏡を用いた肝臓切除手術において、術後8人が死亡した。
生体肝移植とKIFMEC
西山 さて、生体肝移植は肝胆膵領域の先進的医療技術の一部ですが、今回のKIFMECでの患者さんの死亡についてはどう考えておられますか。具 全国の見識のある専門家集団はとにかく体制を充実させなければいけないという意見で一致しています。県医師会長の市民向け広報誌「パルス」への投稿文も読ませていただきましたが、基本的には同様の考えです。やはりそれぞれの専門医の数が足りていなかったのだと思います。このような体制で民間病院が難手術に望むのは「チーム医療」という言葉がなかった一昔前の時代のやりかたです。元院長が海外で行った生体肝移植でも患者さんの死亡が少なくないようですが、それも現地で手術を行っただけで、術後管理がきめ細かく行われていなかったためではないかと言われています。
肝移植手術では、臓器提供者(ドナー)から肝臓を取り出して、血液を抜いて患者さんに移植する。血流を再開すれば新しい肝臓が一気にピンクに染まり、感動的な瞬間です。しかし、それだけで完結する単純な医療行為ではありません。手術前の適応の評価は慎重にしなければなりませんし、術後には集中的、継続的管理が必要です。患者さんは退院後も、ずっと免疫抑制剤を飲み続けなければなりません。医師はその患者さんが亡くなるまで、ずっと関わっていかなければなりません。
良いたとえかどうか分かりませんが、当教室の福本巧准教授は、「医師として生体肝移植を行うということは、病気を持つ子どもを養子に持つような覚悟がいる」と言っています。それだけ、深く、長いフォローが求められる大変なパッケージ医療なのです。
西山 元院長は、他の病院で断られたような難手術を行ったため死亡率が高くなったと言っています。
具 私たちも日本で最も難しい手術をしていると自負しています。しかし、直死率(手術から30日以内に死ぬ割合)は1〜2%です。今の時代、いくら難手術だからといっても、知識や経験の蓄積により、十分な準備をすれば、直死率が10%を超える手術などは許されません。直死率が50%の手術は、保険診療を超えた実験医療として位置づけられるでしょう。
それに、生体肝移植は健康なドナーにメスを入れる医療です。肝移植研究会が行ったアンケートでも、ドナーには肉体的な影響はもちろん、精神的な影響も報告されており、職場復帰できない例などもあります。ですから、無批判に「患者さんが求めているから」と実施してしまうのは倫理的に大きな問題があります。
確かに医師であれば目の前の患者さんを救いたいと思います。しかし、専門家はその情念だけに流されてはいけないと思います。やはり、医師として合理性、客観性、倫理性を冷静に判断した上で、最高の成果を出すべきです。
西山 今回の一連の問題で、日本の生体肝移植はどうなっていくのでしょうか。
具 生体肝移植の症例数は年間500例弱で頭打ちになっています。主に生体肝移植ドナーの危険性が肝移植研究会の報告書により明らかになったことが原因と考えています。このような状況を考えると今後、生体肝移植数は大きくは変わらないと考えています。一方、肝移植により救命できる患者は年間2000人程度いると推定されていますので、日本人の脳死に対する考え方はすぐには変わりませんが、国際的な流れである脳死移植を増やしていかなければならないでしょう。
西山 私たちはKIFMECが神戸医療産業都市に立地し、医療ツーリズムや医療の国際展開の先駆けとして位置付けられていることを問題視しています。経済産業省などは、日本の医療技術と医療機器などをパッケージにして海外に輸出する方針を持っています。そのようなことは実現できるのでしょうか。
具 具体的に外科分野では海外に輸出できるような日本固有の医療技術は多くはないと思います。最近ロボット手術が注目されていますが、そもそもこの技術は海外からの導入で日本の優位性はありません。前立腺のように解剖学的に狭い部分での手術には有効ですが、その他の領域、例えば肝胆膵領域では、経済性、安全性、根治性について腹腔鏡手術より優位だというわけではありません。
また海外に進出するほど、日本の医師やスタッフは豊富ではありませんし、医療機器もアメリカに比べれば、それほど優位なものもありません。唯一日本が輸出できる医療システムがあるとすれば、人間ドックくらいではないでしょうか。
当教室では、十数年の実績がある経皮的肝灌流以外にも、粒子線治療の際の周辺被ばくを軽減するスペーサー、MRIやCT検査に影響しない吸収性の血管クリップ等の医療技術を実用化に向け推進しています。先進性、独自性に加え有効性、安全性が国際的な評価には欠かせないと思います。
西山 なるほど。先生のお話を通して、医療技術の進歩とそれに関わる問題点、公的医療保険制度のすばらしさ、医師としての患者さんとの向き合い方など、勉強になりました。
具 先生のように、大学や地域の病院でトレーニングを受けた医師が、開業医として地域医療を担っていることを大変心強く思います。今後も兵庫県保険医協会の理事長として、開業医の先生方が、地域医療で力を発揮できるようがんばってください。私も応援しています。
西山 本日はありがとうございました。