兵庫県保険医協会

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兵庫保険医新聞

2015年11月15日(1798号) ピックアップニュース

解説 日経記事「歯医者なぜ長引く 供給過剰 無駄な治療も」を斬る
重要な歯周病の長期管理

協会歯科部会

 日本経済新聞がこの間連載している「医出づる国」と銘打ったシリーズ記事の中で、多くの歯科医師が「経営のために」不必要な治療を行っているかのような記述がされていることに、波紋が広がっている。問題の記事は、9月17日付掲載の「『削りしろ』さがせ(3)」で、「歯医者なぜ長引く 供給過剰 無駄な治療も」との見出しが、その内容を端的に表している。歯科部会では、この記事が看過できない問題点を含んでいることから、論点を整理し、会員に解説することにした。

「無駄な治療」?
 −歯周病の長期維持管理は今や常識
 第1に、この記事では取材で拾われている一部の患者や歯科医師の証言をもって、歯周病の長期維持管理が「無駄な治療」であり、歯科医療の全体の問題であるかのような恣意的な誘導がみられる。保険でより良い歯科医療を充実させるために日々励んでいる歯科医療従事者の努力を否定するもので、看過しがたい。
 このような記事が横行すれば、歯周病の長期維持管理を必要とする患者への治療継続も「無駄な治療」と誤解されかねず、患者・国民に不要な歯科医療不信を抱かせることになる。
 政府も健康な歯を残すことで健康長寿の延伸をはかることの重要性を認めており、そのためには自覚症状がない場合でも、歯周病の長期維持管理が必要である。また、フリーアクセスが保障されている日本の歯科医療にあっては、治療が不要だと患者が希望すれば受診しない選択も自由にできる。
 ごく一部の取材をもって「無駄な治療」があると喧伝するのは、木を見て森を見ない報道である。
「歯科医と診療費は増加が続く」?
 −歯科医療費は14年間横ばい
 第2に、記事では「歯科医と診療費は増加が続く」として、歯科医療費と歯科医師数の推移のグラフを掲載しているが、これも恣意的である(図)。
 94年度から12年度にかけて歯科医師数は8万1055人から10万2551人へと26.5%も増えているにもかかわらず、歯科診療費は2兆3523億円から2兆6900億円と14.3%しか増えていない。
 特に96年度から10年度までの14年間は、歯科医師数は8万5518人から10万1576人へと18.・8%増加したにもかかわらず、歯科診療費は2兆5千億円台で横ばいであった。
 医療技術の進歩や高齢化の進展により医療費が自然に増えていくのは必然であるがそれさえも抑制され、10年間にわたって歯科医療費が増えなかった原因は何か? 長期にわたって政府が推し進めてきた歯科での低医療費政策の結果であると言わざるを得ない。
 歯科診療報酬は30年以上にわたってほとんどの技術料が低く据え置かれたままであり、2002年度と06年度にはマイナス改定となった。こうした低医療費政策は医院経営を厳しくし、歯科技工士や歯科衛生士の待遇にもしわ寄せを与えているのである。
 加えて、歯科医療では安全かつ有効で普及している技術の多くが、数十年にわたって保険収載されず自費診療のまま放置されている。患者が求める治療技術が保険診療として認められない結果、公的医療としての歯科診療費が増えていないのである。
 このグラフのように、自然増以下に抑えられた歯科医療費の推移をごまかし、「歯科医と診療費は増加が続く」と説明することは、歯科医療の現場の実情について患者・国民をミスリードすることになる。
「供給過剰」?
 −必要な治療を受けられない患者がいる
 第3に、歯科医療が「供給過剰」であると記事は断じているが、これは歯科医療への潜在的需要を無視している。なぜ歯科ニーズと供給のミスマッチがあるのかの考察が欠落しているのだ。
 記事では、歯科医師数の増加により歯科診療所がコンビニエンスストアを上回っている一方、子どもの虫歯は減少し、「需要と供給が反比例するいびつな市場」だとし、「不要な治療を生み出したり、無駄な支出につながったりする土壌にもなる」としている。
 しかし、他方では「埋もれたニーズを発掘する動き」として、在宅療養患者の口腔ケアをあげ、「必要な人が、必要な治療を適切に受けられる」体制が求められているとしている。
 それならば、ニーズに対応して歯科医療の役割を発揮できるための体制がなぜ現在は不十分であるか、どうすれば十分なものとなるかについて、歯科医療従事者の意識や努力を問うだけでなく、政府の歯科医療政策や診療報酬体系の問題こそを明らかにすべきである。
 在宅や施設への訪問歯科のニーズは高まっているが、これに応えようとしても、いまだ低診療報酬である上に、20分の時間要件、「同一建物」の減算などの不合理が改善されておらず、歯科医院の訪問歯科へのインセンティブがそがれている。また、周術期の口腔ケアなど医科歯科連携を促進しようにも、その要となる病院歯科は低診療報酬による不採算を理由に減少している。1996年の1516施設をピークに2010年は1084施設と3分の2に減少している現状をみれば、診療報酬の改善などが必須であることは明らかである。
 また、子どもの虫歯は減少している一方で、貧困ゆえに歯科受診ができない子どもたちが少なからずいることも考慮すべきである。朝日新聞10月14日付記事「子どもと貧困 むし歯乳歯10本が根だけに 母子家庭の9歳、通院できず」では、子どもの貧困率が日本では16.3%と、OECD(経済協力開発機構)加盟34カ国中、上位11番目で、厚労省の調査でも虫歯がある子は数が多かったり、重症だったりする「二極化」が進んでいるとの指摘を紹介している。
 この朝日の記事は日経の記事では欠落している、歯科受診を手控える大きな要因である貧困の問題を明らかにしている。歯科医療を消費と同じように単純に「需要」として捉えるだけでなく、国民の社会保障にかかわる人権の問題として捉えることこそ、社会の公器たる新聞が伝えるべき事柄ではなかろうか。
歯科医療の矛盾 的確に報道を
 以上にみたように、日経はじめマスコミ関係者は、政府の医療費削減、低医療費政策を正当化する世論誘導のために歯科医療の実情を一面的に描くのではなく、問題の根源にある低医療費政策による矛盾のしわ寄せが歯科医療従事者と患者・国民にどのように影響を及ぼしているのかを取材し、その解決に向けての建設的な議論を起こすことを期待したい。

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日本経済新聞9月17日付記事は歯科は「供給過剰」であるとしている


図 日経新聞記事に掲載されたグラフの問題点
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