兵庫県保険医協会

会員ページ 文字サイズ

兵庫保険医新聞

2016年6月05日(1815号) ピックアップニュース

特別インタビュー
公益財団法人 先端医療振興財団 臨床研究情報センター 福島 雅典センター長
先端医療・規制緩和と医の倫理

1815_01.jpg

福島 雅典先生
【ふくしま まさのり】1948年生。医学博士。1973年名古屋大学医学部卒業。名古屋第二赤十字病院、京都大学大学院、浜松医科大学助手、愛知県がんセンターを経て、2000年より京都大学大学院医学研究科教授。2009年4月から現職、京都大学名誉教授。愛知県保険医協会会員

 政府は「日本再興戦略」(成長戦略)やそれに基づく国家戦略特区などで、医療分野での規制緩和を進め、医療産業の活性化を日本の経済成長につなげようとしている。こうした政策について、実際にいくつもの医薬品、医療機器、医療技術の開発に携わる臨床研究情報センター(神戸市中央区)の福島雅典センター長に話を聞いた。インタビュアーは西山裕康理事長。

忘れまじ不戦の誓い
 西山 本日はお忙しいところ、ありがとうございます。年末にいただいた「忘れまじ不戦の誓」と題したごあいさつ(愛知保険医新聞に掲載)の中で、先生は昨年の安全保障関連法強行採決を「日本政府が〝不戦の誓い〟を破った」と評されています。協会もこの法律は「立憲主義に反する」として、廃止を求めています。
 福島 その中でも書きましたが、日本国憲法は、果てしない戦争の歴史を経て、人類がようやくたどりついた国家理念の高みだと思っています。安保関連法が成立した9月19日は、日本政府がその不戦の誓いを破った日です。私たち国民一人ひとりは、不戦の誓いを心によみがえらせ、政府に二度と戦争をさせないようにしなければなりません。
 私が今、大変危機感を持っているのは、特定秘密保護法がすでに施行されていることに加え、学術会議はこともあろうにデュアルユーステクノロジー(軍民共用)と称して軍事研究予算をとることができるように、これまた「軍事研究拒否」見直しを言いはじめていることです。
 このようになし崩し的に不戦の心は風化していくのです。本当に恐ろしいことです。石井部隊(旧731部隊)の所業や九大の生体解剖事件を今一度思い出し、全ての医師はそのことを二度と忘れてはいけません。
 軍事研究には一切、手を染めてはなりません。学術会議はよくよくそのことを知るべきです。すべての戦争は自衛と称して始まっているのです。
臨床研究は患者のために
1815_02.jpg

聞き手
西山 裕康理事長

 西山 さて、先生には2009年に開催した当会の40周年総会で「医の倫理」について記念講演をしていただきました。そのテーマに関連して伺いたいと思います。この臨床研究情報センターで、先生が行っておられることを教えてください。
 福島 私たちの仕事は大きく分けて三つあります。一つは新しい医療技術の開発研究、二つ目は臨床試験と大規模コホート研究の推進・管理・運営、三つ目が医療・臨床研究情報の発信です。
 一つ目について、具体的には文科省から委託を受けてトランスレーショナルリサーチ(橋渡し研究)のための基盤整備を行ってきました。これまでに107件の治験を開始し、薬事承認・認証・市販に漕ぎつけた案件は22件に上ります。これは世界に名だたる大手製薬企業以上の実績です。
 西山 素晴らしいですね。こうした臨床研究を進めるうえで注意している点はどうでしょうか。
 福島 それは臨床研究と基礎研究はまったく異なるということです。基礎研究は、研究者が興味を持ったことを、その興味を原動力に、進めればよいのです。しかし、臨床研究では「患者さんが抱える問題を解決する」という明確な目標をもって、あらゆる知識を動員し、進めなければなりません。研究者の興味で進めてはいけないのです。それは、臨床研究が人に対して医療行為を及ぼすものだからです。研究の進め方に研究者の決定権はありません。決定権を持つのは研究計画書を審査する倫理委員会です。ですから、臨床研究は基礎研究の延長や応用ではありません。
 西山 なるほど。臨床研究は人を対象にしているからこそ、高い倫理性が求められるのですね。
 福島 しかし、日本の「臨床研究」には問題があります。それは臨床研究を縛る厚労省の「臨床研究に関する倫理指針」が法的な根拠を持たないということです。確かに各研究機関のレベルも上がりましたし、研究計画書の水準も高くなりました。しかし、学会や大学の倫理審査委員会がO.K.を出せば、どんな研究もできてしまうのです。ですから、今でも人体実験まがいの臨床研究がないとは言いきれません。こんなことが認められているのは先進国の中でも日本だけです。これでは他国から、人を対象にした研究を法律で規制せずに、いち早く医薬品や医療機器を開発するのはインチキだという批判が起こりかねません。
 一方で、「薬事法に基づいた治験」もあります。こちらは当然、法律で厳しく規制された研究となり、安全性や有効性が確認されれば、薬事承認を受けることができます。ですから、本来であれば、臨床研究ではなくて、薬事法に基づく治験によって研究を進めるべきです。
 すでにiPS細胞を実際に患者さんに移植する臨床研究が始まりました。しかし、まだ安全性もはっきりしていないのですから、拙速に臨床研究を行うのではなく、治験を行えるように研究を進めるべきでしょう。
 西山 「予算のない大学では、いきなり治験をすることができない」などという意見もあるようですが。
 福島 そんなことはありません。私たちが扱ってきた研究は全て大学発のものですし、先ほど述べたように十分な実績もあります。そもそも、薬事承認を受けて保険収載され、多くの人が利用できることをめざさない研究など必要ないのではないでしょうか。やはり、法的に規制を受けない研究を野放しにしている文科省・厚労省の研究・医療行政に問題があるのでしょう。
医療の規制緩和進める「患者申出療養」
 西山 政府は薬事承認がない医薬品や医療機器でも、患者さんの申し出により、保険診療と併用することができる「患者申出療養制度」をつくりました。
 福島 「患者申出療養制度」には大きな問題があります。そもそも、これまでの評価療養制度でも、国が認めれば未承認の医薬品なども保険診療と併用することができました。これも問題でしたが、「患者申出療養制度」では患者さんが申し出れば、評価療養制度で国が認めなかったものも認めるというのです。安全性や有効性のはっきりしない医薬品や医療技術を、患者さんをそそのかして使うなどということが起こるかもしれません。やはりいくら患者さんが求めても、医師が「エビデンスがないから、できない」ときちんと断らなければならないでしょう。
 西山 そうですね。政府は「患者申出療養制度」の創設をはじめ、医療分野で規制緩和を進め、医学研究を経済成長につなげようとしています。
 福島 それは間違っています。そもそも医学研究とビジネスの目的はまったく異なります。医学研究の目的は当然、患者さんの困難を取り除くために新たな医薬品や医療技術を開発することです。一方、企業の目的は株主を儲けさせることです。ですから、医学では科学的に結果がでなければ失敗ですが、ビジネスでは極端にいえば科学的な結果などなくてもその過程で儲かればいいのです。
 バイオベンチャー企業の目的は、自分たちの研究をセンセーショナルに宣伝し、株式上場を行って株価が下がるまでに売り抜けてしまうか、どこかの大手製薬企業に事業を売り渡してしまうかというものです。しかし、こうしたビジネススタイルは一時的に儲かるかもしれませんが、長期的に考えれば、ビジネスとしてもうまくいきません。それは、医学分野の研究をビジネスとして成功させるには、科学的に成果を出して、薬事承認を受け、保険収載されて、広く普及させることが必要だからです。程度の低い臨床研究は、倫理的にも、科学的にも、ビジネスとしても成り立たないのです。
 一方で国民皆保険制度は、儲けることだけを狙って、有効性や安全性の伴わない医薬品や医療技術を普及させないという究極のメカニズムでもあるのです。
皆保険制度の日本は「世界の医療特区」
 西山 政府の「成長戦略」の一環に、ここ神戸も指定を受けている国家戦略特区があります。
 福島 医療について、世界から見れば日本全国が特区です。癌の疑いがあればCTをとることも、場合によってはPETも受けることもできます。しかも、患者さんの負担は高額療養費制度のおかげで最高でも月額8万円程度です。こんな国は世界中どこにもありません。
 こうした国民皆保険制度が整備された国に特区をつくるのは、こうしたすぐれた制度を悪くするためでしょう。こんな制度は全く必要ありません。
 神戸市も「医療産業都市」などと称して特区の指定を受けていますが、そもそも「医療産業都市」というネーミングがグロテスクです。先ほども述べましたが、ビジネスと医療は全く目的が違うのです。医療を産業としてとらえ、金儲けの手段にすることは間違っています。
 それに「医療産業都市」などと言いますが、兵庫県の県民の寿命は、全国でも低い方です。どうせなら、「100歳現役都市」など、県民が長く健康寿命を維持できることなどを目標に施策をすすめたほうがよいでしょう。
 西山 普段、あまりなじみのない医学研究の最前線の成果や倫理的な課題について、高い見識をありがとうございます。
インフォームド・コンセント日常診療で徹底を
 西山 地域で臨床を担う、私たち開業医に伝えたいことは。
 福島 私は、日本の医学研究の基盤整備の他に、インフォームド・コンセントやインフォームド・チョイスを日本で普及させることをライフワークにしてきました。これらを日常診療でも徹底してほしいと思います。
 医師の倫理規範として、ヒポクラテスの誓いとヘルシンキ宣言があります。これらは医師の世界では最上位に位置する規範です。第2次世界大戦中のナチスや日本による人体事件、それを繰り返さないためにニュルンベルク綱領が策定され、それがヘルシンキ宣言に結実しました。こうした規範から演繹的に出てきたのが、インフォームド・コンセントやインフォームド・チョイスです。
 前者は、1951年にアメリカで胃がんにより胃の切除をされた患者さんが「同意していない」と訴え勝訴し、確立した権利です。後者は、80年代のアメリカで乳がんと診察された患者さんが「以前から受診していたのに、なぜ乳がん検診の必要性を教えてくれなかったのか」と訴えて確立されたものです。
 つまり、患者さんに情報提供を行い同意を得ることはもちろん、適切な選択肢をアドバイスし、患者さんに選んでもらわなければならないのです。その点、複数でもいいから「かかりつけ医」を持たないのはリスクと言えます。臨床の現場でも、50歳を超えた男性であれば、「PSAの検査をしたことがありますか」、40歳を超えた女性なら「マンモグラフィを受けたことがありますか」くらいは、予防医学としてきちんと聞かなければなりません。それに、こうしたインフォームド・コンセントやインフォームド・チョイスを徹底することによって、医療ミスを減らすこともできます。
 医療ミスには二つの種類があって、一つはエラーです。これはプロセスの管理によって防ぐことができます。インフォームド・コンセントによって、患者さんと点滴の種類や量、形状を含めた治療スケジュールを共有していれば、患者さんから「点滴の種類がちがうんじゃないですか」と言われ、エラーを防ぐことができます。もう一つはマルプラクティスです。これは医療過誤のことですが、これも患者さんとやり取りをして文書で記録を残すことで防ぐことができます。
 こうしたことを徹底してきたので、私は京都大学にいた9年間で3000人の患者さんに抗がん剤治療を行いましたが、副作用による死亡例は1例のみで訴訟も一度もありません。弁護士からカルテの開示請求をうけたことは3回ほどありましたが、患者さんとやり取りした記録も含めて全てを開示すれば弁護士も納得し、訴訟になりませんでした。やはり、医師が「治してやるんだから、おれの言う通りにしろ」などという態度を取らずに、患者さんと情報を共有しながら治療を進めることが大切だと思います。
 西山 なるほど。医師としての倫理から派生したインフォームド・コンセントやインフォームド・チョイスを徹底することは実際の医療現場で生きてくるのですね。本日は貴重なお話をありがとうございました。
 福島 こちらこそ、日本には国民皆保険制度があり、医学研究のレベルも高い。医師が団結すれば、世界の医学、医療をリードすることができます。互いにがんばりましょう。
バックナンバー 兵庫保険医新聞PDF 購読ご希望の方