2016年10月25日(1828号) ピックアップニュース
特別インタビュー
熊本地震から半年 窓口負担免除 患者の2割 継続が課題
4月の熊本地震から半年、大きな被害を受けた住民や医療機関の現状は−−。武村義人副理事長が、熊本市内にある秋津レークタウンクリニック(熊本市東区)を訪れ、熊本県保険医協会の木村孝文会長に話を伺った。
武村 熊本地震は大変な被害でしたね。熊本に着いて周辺を歩きましたが、「危険」の赤い紙が張られている建物があちこちにあり、いまだに応急修理だけで営業している店も多数見かけました。
木村 建物の修繕や解体作業が進んでいますが、熊本の業者だけでは追いつかない状況です。全国から作業員が来ていますが、まだ解体も始まっていないところも多くあります。
当院は、熊本市で最大の被害が発生した東区秋津町や沼山津、最も被害が大きかった益城町や嘉島町も診療圏です。全壊・半壊以上の被害を受けた患者さんが非常に多く、8月のレセプトで22パーセントの患者さんの窓口負担が免除となっています。
武村 一部負担金免除は被災者にとって、非常に大切だと思います。東日本大震災の後、宮城県では2年で打ち切られて、受診抑制が起きたということが、宮城協会の調査で明らかになっています。
木村 被災した方に負担を強いるのは、非常に厳しいですよね。熊本でも、10月から証明書が必要になり、免除措置は来年の2月いっぱいと言われています。
武村 継続求め、運動していく必要がありますね。
武村 この医院も、被害を受けられたんですか。
木村 2階の天井と照明が落ち、カルテ棚や本棚、ロッカーなどがすべて倒れました。朝、スタッフがクリニックに来ると足の踏み場もない状態でした。
武村 それは大変でしたね...。
木村 そんな状態でしたが、診療に来た患者さんが一緒に片付けてくれました。自分の診療が終わっても手伝ってくれていて、本当に胸が熱くなりました。普段は車で10〜20分のところを、迂回して何時間もかけて来てくれる患者さんもおられ、地域に根付いた医療機関として、診療する大切さを痛感しました。
武村 地域の医師は、普段から患者さんを診て、健康状態も生活状況も知っているので、顔色を見れば状態が分かるような関係が築かれていますよね。
木村 ええ、地震後に兵庫協会の先生方が来てくださり、「避難所の人たちの医療は、かかりつけ医につなぐことが大事」だと聞きましたが、その通りで、地元に根ざしたかかりつけ医は安心感が全然違います。避難所で自衛隊やJMATの医療を受けていた方たちも1カ月ほどして来られ、「やっぱりここでないと」と言われます。万が一のときも、仮設でも診療を続けられることが大切ですね。
皆さん、最初に来られたときは恐怖感が強く、がたがた震えておられましたが、話を聞くと、ぼろぼろ涙を流しながら「ここに来てよかった」と、安心した顔になって帰られました。
武村 あれだけ余震が多いと、なおさら怖かったと思います。
木村 本当に。いつまた余震が来るかという恐怖がずっとあり、車中泊の方が非常に多かったですね。私自身も1週間車中泊をしました。エコノミークラス症候群の予防が必要ということで、県外・県内の医師が協力して弾性ストッキングを3万足配り、必要な人にはエコーを行う体制を作りました。残念ながら、それでも入院された方はおられますが、あれだけの車中泊の規模からすると、被害を抑えることができたのではないかと思っています。
武村 これまでの震災の教訓が生かされたのですね。現在の患者さんの健康状態はいかがですか。
木村 当初は、便秘や不眠、高血圧が増えましたが、落ち着きました。気が張っていた状態から、生活をどうしようかと考えられる状態になってきて、1カ月ほど前にはうつ状態の方が増えましたが、だんだん落ち着かれ、前向きになってきています。
武村 これから、被災者の方々の生活再建が課題になってきますね。
木村 会員医療機関のうち、全壊が9件、半壊36件、一部損壊593件で、自宅損壊が720件と、開業医会員の36%が自院に何らかの被害を受けています。
武村 一部損壊でも、医療機器の被害を含め大きな損害になりますから、再建まで大変な道のりだと思います。半年経ち、状況はいかがですか。
木村 全壊医療機関のうち、閉院を決めた医療機関が2件あります。建物の建て替えを始めたところが予定を含め4件あり、他はまだどうするか検討中ということです。
被害の特徴として、外見は無事のようでも、根本的な部分が壊れてしまっている建物が多いことがあります。ある医療機関は地盤沈下により、新館と旧館の継ぎ目のところで割れてしまいました。一部損壊の医院は、応急修理のまま診療しているところがほとんどですし、テナントも再入居の見通しが立っていないところが多いです。
武村 厳しい状況ですね...。医療機関は地域のインフラと捉えて、公的な支援を行うことが必要だと思います。
阪神・淡路大震災時には、医療機関への公的支援制度はほとんどなく、運動によって、もともと老朽化した病院再建のための補助金だった「医療施設近代化施設整備事業」を、被災医療機関の再建にも適用させ、民間の診療所にも補助金が出るようにさせました。さまざまな制約もありましたが、病院・診療所あわせ230医療機関に94億円という公費支援を得たことは大きな成果でした。これが今の災害補助金につながっています。
木村 そういう経過でしたか。現在ある、厚労省の医療施設等災害復旧費補助金は、必要額の2分の1を補助する制度ですが、まだ調査にも来ないため、使うに使えない状態です。ある病院は、全壊した建物の横の駐車場に、新しい建物を建てようとしたところ、補助金が受けられないと言われたそうです。同じ場所に建て直さないと「移転」という扱いとなり、原状復帰ではないという理由です。
武村 そんなことでは、再建はなかなか進みませんね。
木村 そうなんです。別に、中小企業庁が行う中小企業等グループ補助金という補助金があり、2次募集で医療法人も対象となりました。こちらは4分の3補助する制度ですので、医師会・歯科医師会が窓口になり利用をすすめています。
武村 問題も多く抱えながら、少しずつ改善している部分もあるのですね。使いやすい制度へ、さらなる改善が必要と思います。
ところで、被災した熊本市民病院について、熊本市が病床を縮小しようとしていると聞きました。
木村 ええ。市民病院は、移転計画が発表されましたが、現在の病院の許可病床556床に対し、移転後は380床程度に病床を減らすということです。大きな問題は、診療科が削減され、歯科口腔外科がその対象とされていることです。かなりの数の患者さんを受け入れていたので、なくなれば影響は大きいでしょう。
武村 神戸市でも同じようなことがありました。震災復興をきっかけに先進医療研究を進め、経済的利益をあげようとする「神戸医療産業都市構想」が打ち出されました。そして中央市民病院を、市街から遠い沖合の医療産業都市に移転し、病床を削減し、先端医療のバックアップ病院にしたのです。市民のための病院が、先端医療のために使われるということになってしまいます。東日本大震災後、宮城県では「創造的復興」などと称して、「東北メディカル・メガバンク」というゲノム調査が計画されるなど、復興を名目として別の政策目的を持ち込んでくるので、気をつけなければいけません。
木村 ぜひお願いします。地震直後から、保団連・全国の協会の皆さまには、大きなご支援をいただきました。本当に支え・励ましになっており、感謝しています。被災した会員に見舞金を渡した際、アンケートを同封したのですが、多くの先生が「震災直後に訪問された保団連の方に力づけられた。またお見舞い金も支えとなりありがたかった」と、感謝の言葉を書いておられました。
兵庫から阪神・淡路大震災を経験した先生たちがすぐに駆けつけられて、人の温かさを感じました。私たちも今回の経験を生かし、痛みがある人たちに共感し、できることをしていきたいと思います。この経験を内面化することができるなら、この震災は決して無駄ではなかったと思えるでしょう。そういう風に、私自身も、熊本協会もなりたいと思っています。
武村 見えない被害もまだまだ多く、息の長い道のりと思いますが、共にがんばっていきましょう。ありがとうございました。
被災者への窓口負担免除継続を
熊本県保険医協会 木村孝文会長
【きむら たかふみ】1980年熊本大学医学部卒業。同大学医学部第一内科入局。その後、大阪府立羽曳野病院、熊本大学第一内科、熊本市民病院などを経て、90年より秋津レークタウンクリニック院長。2004年より同理事長。12年より熊本県保険医協会副会長。14年より同会長。専門は内科、呼吸器科
木村 建物の修繕や解体作業が進んでいますが、熊本の業者だけでは追いつかない状況です。全国から作業員が来ていますが、まだ解体も始まっていないところも多くあります。
当院は、熊本市で最大の被害が発生した東区秋津町や沼山津、最も被害が大きかった益城町や嘉島町も診療圏です。全壊・半壊以上の被害を受けた患者さんが非常に多く、8月のレセプトで22パーセントの患者さんの窓口負担が免除となっています。
武村 一部負担金免除は被災者にとって、非常に大切だと思います。東日本大震災の後、宮城県では2年で打ち切られて、受診抑制が起きたということが、宮城協会の調査で明らかになっています。
木村 被災した方に負担を強いるのは、非常に厳しいですよね。熊本でも、10月から証明書が必要になり、免除措置は来年の2月いっぱいと言われています。
武村 継続求め、運動していく必要がありますね。
地域に根ざした診療所の大切さ
聞き手 武村義人副理事長
木村 2階の天井と照明が落ち、カルテ棚や本棚、ロッカーなどがすべて倒れました。朝、スタッフがクリニックに来ると足の踏み場もない状態でした。
武村 それは大変でしたね...。
木村 そんな状態でしたが、診療に来た患者さんが一緒に片付けてくれました。自分の診療が終わっても手伝ってくれていて、本当に胸が熱くなりました。普段は車で10〜20分のところを、迂回して何時間もかけて来てくれる患者さんもおられ、地域に根付いた医療機関として、診療する大切さを痛感しました。
武村 地域の医師は、普段から患者さんを診て、健康状態も生活状況も知っているので、顔色を見れば状態が分かるような関係が築かれていますよね。
木村 ええ、地震後に兵庫協会の先生方が来てくださり、「避難所の人たちの医療は、かかりつけ医につなぐことが大事」だと聞きましたが、その通りで、地元に根ざしたかかりつけ医は安心感が全然違います。避難所で自衛隊やJMATの医療を受けていた方たちも1カ月ほどして来られ、「やっぱりここでないと」と言われます。万が一のときも、仮設でも診療を続けられることが大切ですね。
皆さん、最初に来られたときは恐怖感が強く、がたがた震えておられましたが、話を聞くと、ぼろぼろ涙を流しながら「ここに来てよかった」と、安心した顔になって帰られました。
武村 あれだけ余震が多いと、なおさら怖かったと思います。
木村 本当に。いつまた余震が来るかという恐怖がずっとあり、車中泊の方が非常に多かったですね。私自身も1週間車中泊をしました。エコノミークラス症候群の予防が必要ということで、県外・県内の医師が協力して弾性ストッキングを3万足配り、必要な人にはエコーを行う体制を作りました。残念ながら、それでも入院された方はおられますが、あれだけの車中泊の規模からすると、被害を抑えることができたのではないかと思っています。
武村 これまでの震災の教訓が生かされたのですね。現在の患者さんの健康状態はいかがですか。
木村 当初は、便秘や不眠、高血圧が増えましたが、落ち着きました。気が張っていた状態から、生活をどうしようかと考えられる状態になってきて、1カ月ほど前にはうつ状態の方が増えましたが、だんだん落ち着かれ、前向きになってきています。
武村 これから、被災者の方々の生活再建が課題になってきますね。
会員医療機関の36%が被災
武村 会員の先生方も、さまざまな困難や被害があったことでしょう。兵庫協会の会員も皆、心を痛めています。木村 会員医療機関のうち、全壊が9件、半壊36件、一部損壊593件で、自宅損壊が720件と、開業医会員の36%が自院に何らかの被害を受けています。
武村 一部損壊でも、医療機器の被害を含め大きな損害になりますから、再建まで大変な道のりだと思います。半年経ち、状況はいかがですか。
木村 全壊医療機関のうち、閉院を決めた医療機関が2件あります。建物の建て替えを始めたところが予定を含め4件あり、他はまだどうするか検討中ということです。
被害の特徴として、外見は無事のようでも、根本的な部分が壊れてしまっている建物が多いことがあります。ある医療機関は地盤沈下により、新館と旧館の継ぎ目のところで割れてしまいました。一部損壊の医院は、応急修理のまま診療しているところがほとんどですし、テナントも再入居の見通しが立っていないところが多いです。
武村 厳しい状況ですね...。医療機関は地域のインフラと捉えて、公的な支援を行うことが必要だと思います。
阪神・淡路大震災時には、医療機関への公的支援制度はほとんどなく、運動によって、もともと老朽化した病院再建のための補助金だった「医療施設近代化施設整備事業」を、被災医療機関の再建にも適用させ、民間の診療所にも補助金が出るようにさせました。さまざまな制約もありましたが、病院・診療所あわせ230医療機関に94億円という公費支援を得たことは大きな成果でした。これが今の災害補助金につながっています。
木村 そういう経過でしたか。現在ある、厚労省の医療施設等災害復旧費補助金は、必要額の2分の1を補助する制度ですが、まだ調査にも来ないため、使うに使えない状態です。ある病院は、全壊した建物の横の駐車場に、新しい建物を建てようとしたところ、補助金が受けられないと言われたそうです。同じ場所に建て直さないと「移転」という扱いとなり、原状復帰ではないという理由です。
武村 そんなことでは、再建はなかなか進みませんね。
木村 そうなんです。別に、中小企業庁が行う中小企業等グループ補助金という補助金があり、2次募集で医療法人も対象となりました。こちらは4分の3補助する制度ですので、医師会・歯科医師会が窓口になり利用をすすめています。
武村 問題も多く抱えながら、少しずつ改善している部分もあるのですね。使いやすい制度へ、さらなる改善が必要と思います。
ところで、被災した熊本市民病院について、熊本市が病床を縮小しようとしていると聞きました。
木村 ええ。市民病院は、移転計画が発表されましたが、現在の病院の許可病床556床に対し、移転後は380床程度に病床を減らすということです。大きな問題は、診療科が削減され、歯科口腔外科がその対象とされていることです。かなりの数の患者さんを受け入れていたので、なくなれば影響は大きいでしょう。
武村 神戸市でも同じようなことがありました。震災復興をきっかけに先進医療研究を進め、経済的利益をあげようとする「神戸医療産業都市構想」が打ち出されました。そして中央市民病院を、市街から遠い沖合の医療産業都市に移転し、病床を削減し、先端医療のバックアップ病院にしたのです。市民のための病院が、先端医療のために使われるということになってしまいます。東日本大震災後、宮城県では「創造的復興」などと称して、「東北メディカル・メガバンク」というゲノム調査が計画されるなど、復興を名目として別の政策目的を持ち込んでくるので、気をつけなければいけません。
阪神・淡路から熊本へ
武村 お話を伺うと、やはり阪神・淡路大震災と共通の課題が多くあると感じます。21年経ちますが、阪神・淡路大震災もまだ終わっていません。被災者に貸し付けられた「災害援護資金」は、連帯保証人がいなければ3%もの金利がかかり、その返済にいまだに多くの人が苦しんでいます。この金利は、東日本大震災ではゼロになったのですが、今回の熊本地震ではまた金利がつくことになりました。保団連としても、改善を求めていかなければと思います。木村 ぜひお願いします。地震直後から、保団連・全国の協会の皆さまには、大きなご支援をいただきました。本当に支え・励ましになっており、感謝しています。被災した会員に見舞金を渡した際、アンケートを同封したのですが、多くの先生が「震災直後に訪問された保団連の方に力づけられた。またお見舞い金も支えとなりありがたかった」と、感謝の言葉を書いておられました。
兵庫から阪神・淡路大震災を経験した先生たちがすぐに駆けつけられて、人の温かさを感じました。私たちも今回の経験を生かし、痛みがある人たちに共感し、できることをしていきたいと思います。この経験を内面化することができるなら、この震災は決して無駄ではなかったと思えるでしょう。そういう風に、私自身も、熊本協会もなりたいと思っています。
武村 見えない被害もまだまだ多く、息の長い道のりと思いますが、共にがんばっていきましょう。ありがとうございました。