2018年4月05日(1874号) ピックアップニュース
特別インタビュー 本田宏医師に聞く
社会保障切り捨て 日本への処方せん
社会保障削減が続き、各地で医師の長時間勤務が問題になるなか、医療再生をめざして精力的に講演や執筆などで発信を続けている前済生会栗橋病院院長補佐の本田宏先生。社会保障切り捨ての日本への処方せんは何か、新聞部の足立了平部長が聞いた。
本田 栗橋病院に勤務して10年ほどは忙しいながらも、患者さんのために医療をしているという充実感を持っていました。地方の外科医は365日24時間呼び出されます。医師不足で病院には麻酔科医がおらず、手術室には3人いる外科医全員が入り、1人が麻酔をし、あとの2人が手術をするという状態で、「なぜ外科医が麻酔を担当しなければならないのか」と漠然と疑問を感じていました。
そうしたなか、済生会宇都宮病院副院長(当時)の中澤堅次先生から「われわれも医療制度の勉強をしなければならないのでは」と声がかかって、医療制度研究会をつくりました。そこで勉強する中で、日本の医師数は先進国最低だと知りました。
足立 それはいつ頃でしょうか。
本田 98年です。その1年後、血液凝固阻止剤と取り違えて消毒液を患者さんに点滴し死亡させるという都立広尾病院事件が起き、その後、福島県立大野病院事件などと医療事故が続きます。日本の医師数も医療費も先進国最低であることが事故の大きな原因だったわけですが、その頃のメディアは病院・医者が悪いとバッシングばかりでした。
足立 医療過誤訴訟は、かつては必ず医師が勝つと言われましたが、99年は横浜市立大学の患者取り違え事件も起こり、その後、医療側にミスが多いということになりました。ちょうどその頃ですね。マスコミは医療事故の一面しか見ず、構造的問題を考えていませんでした。
本田 そうです。医師不足・低医療費の問題を、医療関係者だけでなく、患者のためにも伝えなければまずいと感じて各紙に投稿を始め、2002年に朝日新聞に初めて掲載されました。「ミス招く医療システムの病理」という題で、先進国最低に抑制された医療費が医療事故の深層にあるという内容でした。その後、毎日新聞、読売新聞等にも投稿が載り、テレビ番組にも出演するようになりました。
足立 それから15年以上経ちますが、医療崩壊は改善したのでしょうか。
本田 10年前、日本の医師数はOECD平均と比べ、人口比で10万人から12万人不足していました。最近の厚労省のデータでも、やはり10万人不足しています。医学部定員を増やしたはずなのに、全く改善していません。
足立 厚労省は「医師不足」ではなく、「医師の偏在」が問題と言って、医師増に消極的です。この背景には、医師数が増えれば医療費が増えるという「医療費亡国論」があるのではないでしょうか。医師数を抜本的に増やさず、医療費の抑制を続けています。
本田 そうですね。医療経済学の世界では、医療費増加の原因で大きいのは、薬剤費や医療機器の費用などの増加であると分かってきています。しかし、日本の官僚は、方針を変えません。
健康格差招く貧困
足立 日本全体がぎすぎすし、貧困・格差が拡大しているのに、医療・社会保障がその改善に役立っていないのではないでしょうか。こうした貧困と健康格差についてどう思われますか。
本田 貧困が健康格差を生むということについては、千葉大学の近藤克則先生が研究されています。その中で印象的なのが、妊娠中の母親の貧困が、生まれてきた子の一生に響くということです。母親の栄養や健康状態が悪く、子どもが低体重で生まれると、その子どもは将来的に糖尿病になるリスクが高いことがわかっているそうです。
私は大学の授業で「生活習慣病」について教えていましたが、本人の責任だけではなく、社会的要因も健康に大きく影響することをしっかり教えなければならなかったと反省しています。
足立 「生活習慣病」という言葉は「あなたの生活習慣によって病気になった」と、聞く者を自己責任論に誘導します。歯科の分野で、その最たるものは虫歯だと思います。「歯を磨けば予防できる」と言われ、子どもの虫歯も、親が歯みがきを子どもに習慣づけないからだとか、歯科を受診させないからだと親の責任にすり替えられます。ゆゆしきことです。
しかし私たちが兵庫県内で行った学校歯科治療調査の結果、学校検診で歯科受診が必要だとされたにもかかわらず受診しない理由は、「お金がない」の他、「時間がない」「興味や知識がない」ということが大きな要因になっています。一つひとつ見ていけば、時間がないのは、親が共働きや片親であるからと考えられますし、興味がないのも歯科受診の必要性について教育を受けていないからかもしれません。それぞれ貧困と関わっていると思われます。
本田 米国でもお金がある人たちほど運動し煙草を吸わず、歯もきれいで、太っていません。お金に余裕がない人たちはファーストフードを食べがちです。社会的要因がその人の知識や能力、心の余裕に直結しているのです。
私は生活保護基準引き下げに反対する「いのちのとりで裁判」を、賛同人として支援しています。生活保護を受けていらっしゃる方からうかがうと、何年もシャワーだけでお風呂に入っていない、食品は値引きされるまで待って買うなど、他のことまで心を配る余裕のない、ぎりぎりの生活を送っておられます。そうした生の声を聞き、やはり生活保護をはじめとする社会保障の充実が必要だと改めて痛感しています。
分かりやすいデータ発信
足立 これまで伺った医師不足や医療費削減、貧困と格差の問題などについて改善していくには、国民にその問題点を広く知らせていかなければならないと思います。保険医協会でも、さまざまなパンフレットや書籍等を作成し発信していますが、医療や保健から遠いところにいる人たちになかなか届きません。どうしたらいいでしょうか?
本田 病気を治すには正しい診断をしなければならないように、今の日本はどういう状態か「診断」の必要があります。最近の世界的なアンケート調査で「政府は困っている国民を助けるべきか」という質問に対し、「助けるべき」と答えた率が日本では59%と世界で最低でした。米国でも70%が「助けるべき」と答えているにもかかわらずです。
足立 なぜでしょうか。
本田 日本の家族類型に原因があると思います。フランスの家族人類学者であるエマニュエル・トッド氏によると、日本は「権威主義家族」という家族類型です。長男が後を継いで財産をもらい親の面倒をみるという形で、親子で助け合うことが前提になっています。次男・三男は家を出ることになっていますが、そう決まっているので不平等に文句を言わない、不平等を受け入れる国民だというのです。一方、デンマークやイギリスなどでは、子は独立すると、親と同居しません。家族が面倒を見ないので、社会が面倒をみなければならず、社会保障の充実が必要という考えが出てくるわけです。
同様に、他人への臓器提供は世界で一番少ない一方、家族間の生体移植は一番多い。こういう日本の特殊性を考えてアプローチしていくことが大事だと思っています。
足立 病気の自己責任論もそうですし、阪神・淡路大震災の時も生活再建は「自助で」と片付けられてきた。日本人には、それを受け入れてしまう土壌があるということですね。
本田 そういうことです。教育にも問題があります。暗記や制服を押し付けて考えさせない、国家と企業に都合がよい人間を作っています。
足立 このような現状に即した対応が必要と。
本田 そうです。私は若い人に政治について考えることが必要な例として、フランスの高校生の話をしています。
2016年3月、フランスで週35時間労働を38時間労働に延長するという労働法制改悪が行われるというときに、大きな反対デモが起きました。参加した高校生の女の子が持っているプラカードに何と書いてあったと思いますか? 「夜は愛し合う時間だ」とあるんです。その子は、労働時間が長くなることは自分の生活に響く、政治と生活は直結していると考えてデモに参加しているんです。
大人が「政治に関心を持つべきだ」と説教するより、日本なりのアプローチが必要だと思うのです。感情に訴えるアプローチから入り、自分で考える人間を作っていくことが大事だと思います。
その点で上手だと思うのは日本会議です。彼らは憲法に自衛隊を明記すべきだと訴えるために、「ありがとう自衛隊」という大きな文字と自衛隊が子どもを抱えている写真を掲載したチラシを作成しました。アッピールの仕方がうまいなと思いましたね。
足立 国民が感謝しているのは、被災地での自衛隊であって、戦争をする自衛隊ではないわけですよね。そういうことをすり替えて、憲法に自衛隊を明記しようと狙っているわけですね。
本田 そういうことですね。改憲には反対ですが、このアプローチ方法は重要だと思います。その点、兵庫協会が出版された書籍『口から見える貧困』は感情に訴える面があり、その上で、現実を広めていくという内容になっていて良いと思います。
また、保団連と保険医協会は調査・政策立案能力が優れていると思います。日本の薬剤費の高さを各国比較で明らかにしたデータは、私が財務省の主計局長と面談する際にも活用させていただきました。この力をブラッシュアップし、SNSも駆使して発信していただきたいです。
足立 本田先生のノウハウもいただき、協力しながら、医療再生に向けてがんばっていきたいと思います。ありがとうございました。
医療崩壊の現状訴え全国行脚
足立 本田先生は、現在は臨床を離れ、医療崩壊の現状を訴えるため、精力的に全国で講演されていますね。外科医だった先生が、なぜこのような活動を?本田 栗橋病院に勤務して10年ほどは忙しいながらも、患者さんのために医療をしているという充実感を持っていました。地方の外科医は365日24時間呼び出されます。医師不足で病院には麻酔科医がおらず、手術室には3人いる外科医全員が入り、1人が麻酔をし、あとの2人が手術をするという状態で、「なぜ外科医が麻酔を担当しなければならないのか」と漠然と疑問を感じていました。
そうしたなか、済生会宇都宮病院副院長(当時)の中澤堅次先生から「われわれも医療制度の勉強をしなければならないのでは」と声がかかって、医療制度研究会をつくりました。そこで勉強する中で、日本の医師数は先進国最低だと知りました。
足立 それはいつ頃でしょうか。
本田 98年です。その1年後、血液凝固阻止剤と取り違えて消毒液を患者さんに点滴し死亡させるという都立広尾病院事件が起き、その後、福島県立大野病院事件などと医療事故が続きます。日本の医師数も医療費も先進国最低であることが事故の大きな原因だったわけですが、その頃のメディアは病院・医者が悪いとバッシングばかりでした。
足立 医療過誤訴訟は、かつては必ず医師が勝つと言われましたが、99年は横浜市立大学の患者取り違え事件も起こり、その後、医療側にミスが多いということになりました。ちょうどその頃ですね。マスコミは医療事故の一面しか見ず、構造的問題を考えていませんでした。
本田 そうです。医師不足・低医療費の問題を、医療関係者だけでなく、患者のためにも伝えなければまずいと感じて各紙に投稿を始め、2002年に朝日新聞に初めて掲載されました。「ミス招く医療システムの病理」という題で、先進国最低に抑制された医療費が医療事故の深層にあるという内容でした。その後、毎日新聞、読売新聞等にも投稿が載り、テレビ番組にも出演するようになりました。
いまだ続く医師不足
聞き手
足立 了平新聞部長
本田 10年前、日本の医師数はOECD平均と比べ、人口比で10万人から12万人不足していました。最近の厚労省のデータでも、やはり10万人不足しています。医学部定員を増やしたはずなのに、全く改善していません。
足立 厚労省は「医師不足」ではなく、「医師の偏在」が問題と言って、医師増に消極的です。この背景には、医師数が増えれば医療費が増えるという「医療費亡国論」があるのではないでしょうか。医師数を抜本的に増やさず、医療費の抑制を続けています。
本田 そうですね。医療経済学の世界では、医療費増加の原因で大きいのは、薬剤費や医療機器の費用などの増加であると分かってきています。しかし、日本の官僚は、方針を変えません。
健康格差招く貧困
自己責任論の克服を
足立 日本全体がぎすぎすし、貧困・格差が拡大しているのに、医療・社会保障がその改善に役立っていないのではないでしょうか。こうした貧困と健康格差についてどう思われますか。本田 貧困が健康格差を生むということについては、千葉大学の近藤克則先生が研究されています。その中で印象的なのが、妊娠中の母親の貧困が、生まれてきた子の一生に響くということです。母親の栄養や健康状態が悪く、子どもが低体重で生まれると、その子どもは将来的に糖尿病になるリスクが高いことがわかっているそうです。
私は大学の授業で「生活習慣病」について教えていましたが、本人の責任だけではなく、社会的要因も健康に大きく影響することをしっかり教えなければならなかったと反省しています。
足立 「生活習慣病」という言葉は「あなたの生活習慣によって病気になった」と、聞く者を自己責任論に誘導します。歯科の分野で、その最たるものは虫歯だと思います。「歯を磨けば予防できる」と言われ、子どもの虫歯も、親が歯みがきを子どもに習慣づけないからだとか、歯科を受診させないからだと親の責任にすり替えられます。ゆゆしきことです。
しかし私たちが兵庫県内で行った学校歯科治療調査の結果、学校検診で歯科受診が必要だとされたにもかかわらず受診しない理由は、「お金がない」の他、「時間がない」「興味や知識がない」ということが大きな要因になっています。一つひとつ見ていけば、時間がないのは、親が共働きや片親であるからと考えられますし、興味がないのも歯科受診の必要性について教育を受けていないからかもしれません。それぞれ貧困と関わっていると思われます。
本田 米国でもお金がある人たちほど運動し煙草を吸わず、歯もきれいで、太っていません。お金に余裕がない人たちはファーストフードを食べがちです。社会的要因がその人の知識や能力、心の余裕に直結しているのです。
私は生活保護基準引き下げに反対する「いのちのとりで裁判」を、賛同人として支援しています。生活保護を受けていらっしゃる方からうかがうと、何年もシャワーだけでお風呂に入っていない、食品は値引きされるまで待って買うなど、他のことまで心を配る余裕のない、ぎりぎりの生活を送っておられます。そうした生の声を聞き、やはり生活保護をはじめとする社会保障の充実が必要だと改めて痛感しています。
分かりやすいデータ発信
保険医協会に期待
足立 これまで伺った医師不足や医療費削減、貧困と格差の問題などについて改善していくには、国民にその問題点を広く知らせていかなければならないと思います。保険医協会でも、さまざまなパンフレットや書籍等を作成し発信していますが、医療や保健から遠いところにいる人たちになかなか届きません。どうしたらいいでしょうか?本田 病気を治すには正しい診断をしなければならないように、今の日本はどういう状態か「診断」の必要があります。最近の世界的なアンケート調査で「政府は困っている国民を助けるべきか」という質問に対し、「助けるべき」と答えた率が日本では59%と世界で最低でした。米国でも70%が「助けるべき」と答えているにもかかわらずです。
足立 なぜでしょうか。
本田 日本の家族類型に原因があると思います。フランスの家族人類学者であるエマニュエル・トッド氏によると、日本は「権威主義家族」という家族類型です。長男が後を継いで財産をもらい親の面倒をみるという形で、親子で助け合うことが前提になっています。次男・三男は家を出ることになっていますが、そう決まっているので不平等に文句を言わない、不平等を受け入れる国民だというのです。一方、デンマークやイギリスなどでは、子は独立すると、親と同居しません。家族が面倒を見ないので、社会が面倒をみなければならず、社会保障の充実が必要という考えが出てくるわけです。
同様に、他人への臓器提供は世界で一番少ない一方、家族間の生体移植は一番多い。こういう日本の特殊性を考えてアプローチしていくことが大事だと思っています。
足立 病気の自己責任論もそうですし、阪神・淡路大震災の時も生活再建は「自助で」と片付けられてきた。日本人には、それを受け入れてしまう土壌があるということですね。
本田 そういうことです。教育にも問題があります。暗記や制服を押し付けて考えさせない、国家と企業に都合がよい人間を作っています。
足立 このような現状に即した対応が必要と。
本田 そうです。私は若い人に政治について考えることが必要な例として、フランスの高校生の話をしています。
2016年3月、フランスで週35時間労働を38時間労働に延長するという労働法制改悪が行われるというときに、大きな反対デモが起きました。参加した高校生の女の子が持っているプラカードに何と書いてあったと思いますか? 「夜は愛し合う時間だ」とあるんです。その子は、労働時間が長くなることは自分の生活に響く、政治と生活は直結していると考えてデモに参加しているんです。
大人が「政治に関心を持つべきだ」と説教するより、日本なりのアプローチが必要だと思うのです。感情に訴えるアプローチから入り、自分で考える人間を作っていくことが大事だと思います。
その点で上手だと思うのは日本会議です。彼らは憲法に自衛隊を明記すべきだと訴えるために、「ありがとう自衛隊」という大きな文字と自衛隊が子どもを抱えている写真を掲載したチラシを作成しました。アッピールの仕方がうまいなと思いましたね。
足立 国民が感謝しているのは、被災地での自衛隊であって、戦争をする自衛隊ではないわけですよね。そういうことをすり替えて、憲法に自衛隊を明記しようと狙っているわけですね。
本田 そういうことですね。改憲には反対ですが、このアプローチ方法は重要だと思います。その点、兵庫協会が出版された書籍『口から見える貧困』は感情に訴える面があり、その上で、現実を広めていくという内容になっていて良いと思います。
また、保団連と保険医協会は調査・政策立案能力が優れていると思います。日本の薬剤費の高さを各国比較で明らかにしたデータは、私が財務省の主計局長と面談する際にも活用させていただきました。この力をブラッシュアップし、SNSも駆使して発信していただきたいです。
足立 本田先生のノウハウもいただき、協力しながら、医療再生に向けてがんばっていきたいと思います。ありがとうございました。
新刊
『Dr.本田の社会保障切り捨て日本への処方せん』
自治体研究社 発行
¥1100+税
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自治体研究社 発行
¥1100+税