兵庫県保険医協会

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兵庫保険医新聞

2018年11月05日(1893号) ピックアップニュース

特別インタビュー シリーズ新専門医制度(2)
(一社)日本専門医機構理事 独立行政法人労働者健康安全機構理事長 昭和大学名誉教授
有賀 徹先生
新制度でキャリアパスをどう描くか

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独立行政法人労働者健康安全機構 理事長 昭和大学名誉教授 有賀  徹先生
【あるが とおる】1976年東京大学医学部脳神経外科学講座入局。80年同大学医学部附属病院救急部。84年公立昭和病院脳神経外科主任医長を経て、90年4月同救急部長。94年より昭和大学医学部教授。97年同大学医学部救急医学講座主任、同9月同大学病院救命救急センター長を経て、2011年4月同病院長。16年より現職

 今年4月から開始された新専門医制度。同制度についてはよく分からないとの声や、都市部への医師の集中を助長するのではないか、大学医局による人事統制が復活するのではなどの懸念が、協会会員から寄せられている。制度の意義や課題点、今後について、日本専門医機構理事で、昭和大学名誉教授の有賀徹先生に、森岡芳雄副理事長・勤務医部長が聞いた。

新制度の狙いは総合診療科の新設
 森岡 今年4月から新専門医制度が始まりました。まずは新専門医制度の意義について教えてください。
 有賀 これまでの「専門医」資格は各学会がそれぞれに定めていました。ですから一口に「専門医」と言ってもどれくらいの水準なのかということが、患者さんはもちろん、医療提供者の間でも分からないという問題がありました。そこで、学会や行政、私の所属していた全国医学部長病院長会議などから、これらの整理が必要ではないかという議論が起こりました。それが発端だと思っています。
 また、新専門医制度を導入する際の厚生労働省の主たる思惑は総合診療科の新設だったと思います。私は日本専門医機構が立ち上がった際、副理事長に就任し、総合診療専門医を担当し、当時の厚生労働省に組織されていた総合診療に関する委員会の委員長だった高久先生から、厚労省の総合診療科に対する思い入れととれるメッセージを幾度となく受け取りました。
 森岡 なるほど。確かに「専門医」の水準の統一は一定必要かもしれません。しかし、今回の新制度では卒後2年間の初期研修中に専攻する専門科を決め、3年目からの3年間で専門医資格を取得し、その後サブスペシャルティを取得するとなっています(下図)。
 どの専門科でも一律3年間で専門医資格が取得できるというのはおかしいのではないでしょうか。救急や外科などを筆頭とする手技的な訓練を積まなければならないような科と、精神科のような対人における洞察力や分析力や包容力、生活指導力を身につけなければならない科の技能獲得に要する期間を一律に設定することはナンセンスだと感じます。本来、それぞれの科で専門医になるための過程や修練年限は異なるのが当たり前ではないでしょうか。
 有賀 確かに、外科やマイナー科も含めて、すべて新専門医制度の下で管理、平準化するというのは少し乱暴だったかもしれません。
 すでに確定している専門科についても、その位置づけについてはさまざまなご意見をいただいています。神経内科がいわゆるサブスペシャルティになっていることについては、1階部分であるべきではないかとの意見は根強く聞きます。また、病理も1階部分にありますが、私は地下1階にあるべきと発言したこともあります。病理はあらゆる科に基礎として必要でしょう。
 一方で、今回の新専門医制度に先立って、かなり以前から独立した領域として位置づけられることを非常に強く望んだ学会もあります。例えば私の所属している日本救急医学会もその一つです。先生が所属する小児科では、ありえないと思いますが、日本救急医学会では、新しい領域であるという、言わば劣等意識が強かったのです。最近になってできた領域ですし、2008年にやっと標榜することができるようになった科ですから。ですので、今回も基礎的な18領域の中に位置付けられたことが、その学会にとって、一つのプライドになったというのは否めません。
多様なキャリアパスをどう保障するのか
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聞き手 森岡 芳雄副理事長

 森岡 次に卒後研修との関係ですが、医学・医療が進歩し、医師に求められる基礎的な知識や技術が増えている現在において、初期研修終了直後に専門科を決めるのは早急ではないでしょうか。
 有賀 そうですね。医師にとって多様なキャリアは非常に大切です。多様なキャリアパスを経験していきたいという医師や医学生から見れば、3年目で枠をはめられてしまうようなイメージを持たれるかもしれません。
 私も専門は救急ですが、1年間麻酔科の助手をしていました。その経験がその後、救急でキャリアアップしていく上で非常に役に立ったと思っています。ですから、私たちの日本救急医学会が作成した専門医のプログラムは、多様なキャリアパスを保障するために、プログラムの途中で、他の科での研修や留学、子育てなど、一度プログラムを離れることを容認するものになっています。他の学会でもこのようなプログラムが検討されることになると理解しています。
社会や地域の問題を解決できる医師をどう養成するか
 森岡 おっしゃるように、柔軟なプログラムも求められていると思います。ただ、それでも3年目で専門を決めてしまうのは、医師として社会人としてさまざまな経験を得る機会を狭めてしまうのではないかとの懸念がぬぐえません。
 有賀 それは現在の制度下でも同様だと思います。
 私は長い間、大学教授を務めてきましたが、大学教授でも社会の矛盾を認識し、解決の展望を持つということが必ずしもできていないと思われる方が少なからずおられました。
 そもそも私は東京都多摩地域のかつては9市で構成される一部事務組合が運営する公立昭和病院で救命救急センターを立ち上げる仕事をしていました。それに一応のめどがついた時、大学教授にならないかとの声がかかり、医学教育を良くしたいと思って大学教授の道を選びました。ちょうどそのころ、現在の卒後研修制度が始まりましたが、当時の教授会では若い医師がいないと医局が困るから新しい制度に賛成だという意見が非常に根強かったのを覚えています。私は若い医師の自由な研修を保障する卒後研修制度に賛成でした。そこで大学病院の臨床研修委員会の委員長を任せられました。
 大学はサイエンスとして医学教育については充分な機能を持っています。しかし、臨床医に必要な社会的な問題を解決する能力を涵養する機能はそれほどでもありません。それを何とかしたいと思いました。例えば、感染管理は細菌学そのものではありません。感染を防ぐためには適切な人的、かつ施設的な管理が必要になり、病院の管理だけでなく経営を学ぶ必要も時に出てくるでしょう。
 病院を管理し、さらに社会に出ていって地域の医療提供体制について提案を行い改革する中心となるのはもっと経験を積んだ後かもしれません。しかし、研修医でも、地域の病院による医療提供体制など社会的な諸問題は知っておかなければならないと思います。
 ですから、今回の新専門医制度でも、3年目から絶対に専門研修を受けないといけないとは思いません。若いうちに地域の病院の役割や医療提供体制について考えることも大切です。
初期研修医に対する専攻医の役割
 森岡 これまで3年目以降の専攻医が、初期研修医に対して同世代としてアドバイスをしたり、相談に乗ったり、手技を教えたりということがあったと思うのですが、3年目から専門医の研修が始まるとすると、3年目の専攻医にそうした機能を期待できなくなるのではないでしょうか。
 有賀 専門医制度では専攻医を教えるのは指導医です。こう言うと、教える側と教わる側と分けて考えがちになりますが、専攻医もそれなりの仕事を担うことになりますし、ローテートで回ってきた研修医への対応も当然、上級医として行うことになると思います。これまで通り各医局での共同体意識はきちんと醸成できるのではないでしょうか。当然、医局長などスーパーバイザーの役割も大切です。
「専門医資格」はキャリアの入り口
 森岡 もう一点、気になるのは、ベテラン医師が自分の体力に合わせてキャリアチェンジを行うなど、医師のライフサイクルの中で、新専門医制度がどのような位置づけになるのかです。実際には新専門医制度の拘束は強く、複数の専門医を取得するのは難しいのではないでしょうか。
 有賀 確かにその通りです。先生のおっしゃったことは今後考えなくてはいけない大テーマだと思います。今の日本専門医機構の多くの理事もそうした問題意識は共有しています。
 私が行ってきた救急科は総合診療科と親和性が高いと思っています。ですから私の仲間でも、開業して地域医療に貢献するのはもちろん、いくつもの診療所を抱え経営的にも大成功している人もいます。そうなると「専門医」とは何かということになります。
 また、外科医が高齢になり、メスを置いて、生まれ故郷で地域医療に貢献したいと思ったとき、その医師に総合診療科の研修プログラムをどう提供するのかというのは絶対に今後必要になると思います。その重要性は四病院団体協議会も指摘しています。
 すでにいくつかの学会ではさまざまな仕組みが議論されています。総合診療科では、内科の研修が1年間ありますが、その際扱った症例を電子的に保存・管理し、総合診療科でなく循環器内科や神経内科にキャリアを変更しようとする際、その症例を持ち越せるようにしようということが内科学会との間で議論されていると理解しています。
 森岡 なるほど。そのような議論が進んでいるんですね。
 有賀 やはりいろいろなキャリアパスがあっていいと思います。私は救急科専門医ですが、救急科専門医でも、現場で救急医療以外の仕事をしている人もいます。地域の開業医は多くの人が総合診療専門医ではなく、それぞれの専門を持っていますが、地域では総合的な診療をしています。新専門医制度でもそのようになるのではないでしょうか。一方で、それぞれの領域は学問的に体系立っているのですから、それぞれの医学領域を引っ張っていく医師も必要です。
 こういう言い方は語弊があるかもしれませんが、新専門医制度というのは、単に卒後3年目から数年をどうするのかという話です。名称に問題があるのかもしれませんが、その程度の年限で、私たちが想定しているような「専門医」など養成できないという言い方もあります。専門医資格を卒後5年目に取った後は、それぞれが必要な研修をさまざまなところで受けながら、さまざまな経験をして、それぞれの分野で医師としてのキャリアを積んでいけばよいと思います。
患者から見た専門医とアカデミズム
 森岡 今の医療現場では、患者さんが医師の専門を非常に重視します。以前は、開業するなら博士号が必要だと言われました。そのように、専門医制度が医師を縛り、本人は望んでいなくても、専門医資格をどうしても取らなくてはならないということにならないでしょうか。
 有賀 縛られる人もいるとは思いますが、自分のキャリアがきちんと見えている医師はそれほど縛られないのではないでしょうか。私も当初は博士号を持っていませんでしたが、昭和大学の教授に就任する直前にあることをきっかけに取得しました。
 また、私は仲間とともに92年から日本神経救急学会という学会を組織して勉強を続けています。その学会が、アメリカのニューロクリティカルケア学会に認められて、日本におけるパートナーとしたいという申し出を受けました。日本には同じような学会がある中で選ばれたので、学会の医師の中からは、新専門医制度の中で日本神経救急学会を位置付けてもらうべく動こうという意見が出ました。しかし、私はその必要はないと思いました。あくまで専門医制度は医師養成の仕組みであり、純粋なアカデミズムの話は分けたほうがいいのではないかと思ったのです。確かに新制度のもとでは神経救急専門医は名乗れませんし、広告を出すこともできません。しかし、フェローと名乗り、アメリカのニューロクリティカルケア学会と互換性のあるプログラムを持っているので、国際的に通用するアメリカの学会の資格を取ることもできます。
 それぞれの専門医制度には位置付けられていないけれど、医学において重要な役割を果たす学会や世界から認められる学会はたくさんあります。多くの医師が専門医資格を取った後もそのような学会などで修練を積み、それぞれに光るキャリアを形成することになると思います。
 ですから、今後、医師は専門医資格を取るための制度を意識しつつも、自分のキャリアについてはそれとして考えていくということになるのではないでしょうか。
地域医療への影響考えながら進める
 森岡 新専門医制度の地域医療への影響についてはどうでしょうか。地域の中小規模の病院からは、新専門医制度では、研修を受けられるのが、症例数の多い大学病院などに限られ、地域の医師不足が加速するとの懸念が表明されています。
 有賀 その点は、各学会の基本的な研修コンセプトによって異なります。例えば、救急医学会は救急を受けられる大きな病院にシフトしています。しかし、大学病院に依存するということにはなっていません。その他では形成外科や脳神経外科も症例を集めないといけないので、そのような集約型の研修プログラムになっています。しかし、総合診療科や内科、小児科は必ずしも大きな病院でなくても養成ができます。そうした領域では学会が工夫を凝らしています。
 森岡 なるほど。ぜひ、各学会には地域医療にしわ寄せがいかないように工夫を凝らしてもらいたいですね。
 この問題では、国や行政の問題もあると思います。小児科領域では確かにそれほど大規模な病院でなくても養成はできると思います。しかし、今地域の病院で続々と小児科が閉鎖されています。それは小児医療に関する診療報酬上の評価が極めて低く、不採算だからです。特定機能病院には一定の評価がありますので、大学病院規模の病院でなければ実際には小児科の研修は受けられないという状況です。そうしたこともあって、領域にもよるのでしょうが、大学医局の人事権が非常に強くなっていると感じています。
 有賀 同じ日本専門医機構の理事である邉見公雄先生や井戸敏三兵庫県知事もその点についてはいつも指摘されています。この問題は専攻医に対してより良い教育を行うということと、地域の医師偏在を解消しなくてはならないということのせめぎあいのようなものと思っています。ですから、医学教育だけでなく地域医療への影響も考えながら進めなくてはなりません。
社会医学をどう位置づけるか
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新専門医制度の今後や課題について話し合った後記念撮影(有賀先生が手にするヘルメットは救急医療への功績により、東京消防庁職員有志から贈られたもの)

 森岡 最後に聞きたいのは、基礎医学についてです。新専門医制度には基礎医学は位置付けられていませんね。
 有賀 基礎医学の研究者については新専門医制度とは別の体系で各々にヒエラルヒーがあり、多くの医師からリスペクトされているという状況に変化はないと思います。
 ただ、問題になるのは社会医学分野や産業医学分野です。これらの分野は臨床系の専門医制度と別に専門医制度をつくるべきと思っていました。医学部の卒業生には産業医学の専門家として働く人の健康を守ったり、行政で公衆衛生の専門家として役割を果たしている医師もたくさんいます。そうした医師がきちんと輩出されて医学会の中でもリスペクトされるような制度にすべきだと思っています。
 森岡 そうですね。貧困や格差が社会問題になる中、社会医学は非常に重要な分野です。ぜひ、志のある若い医師がそうしたキャリアを憂いなく選択できるようにするべきですね。
 新専門医制度はまだまだこれから決められる部分が多いと思いますので、医師の多様な生き方を保障し、地域医療を充実させるような制度となるよう、先生のご活躍を期待しております。本日はありがとうございました。

図 医師養成の課程と新専門医制度
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