兵庫県保険医協会

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兵庫保険医新聞

2019年4月25日(1908号) ピックアップニュース

市民公開シンポジウム 浦野 広明税理士 講演録
社会保障の財源と消費税

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【うらのひろあき】税理士・立正大学客員教授。日本租税理論学会理事、日本民主法律家協会常任理事。不当な調査に泣き寝入りせずどう対応するか、また納税者のための税制と税務行政の確立のため全国で講演活動を行い、メディア出演も多数。著書に『税が拡げる格差と貧困』(あけび書房)他

 3月16日に行った、市民公開シンポジウム「消費税でどうなる?私たちの暮らしと医療」での、立正大学法学部客員教授・浦野広明税理士の講演録を掲載する。

借金を増やし社会保障を削減する消費税
 消費税増税論者はその根拠に、多額の借金を減らす、社会保障の財源として必要、などを掲げる。
 だが実際は、1989年の消費税導入以来の消費税収は累計349兆円であるのに対して、2017年度までの法人減税額は累計281兆円(消費税の税収の80%)で、消費税収の大部分が法人税減税の穴埋めに消えている。
 2019年度の一般会計予算総額は101兆4564億円であり、7年連続で過去最高を更新した。とりわけ軍事費は、導入以後増額が続き5兆2574億円となり、一般会計総額と同様に過去最大となっている。
 2019年度の予算案の税収は62兆4950億円、国債費を除く支出は77兆9482億円で、15兆4532億円の赤字である。赤字を穴埋めする新規国債(国の借金)発行額は33兆6598億円と税収の52%を超える。国債の元金支払償還と利息の支払である「国債費」は23兆5082億円と税収の約38%を占める。これではとても社会保障費に回す金などない。この予算構造こそが社会保障費削減の元凶なのである。
 消費税率を10%に引き上げる口実として「お年寄りも若者も安心できる全世代型の社会保障制度」への転換を謳うが、実際には、全世代を生活苦や将来不安に陥れる社会保障破壊を進めている(表1)。
憲法に基づく応能負担原則
 国民に役立つ税制は、税の支払い方と税の使い方において憲法の精神を生かすことによって実現する。税制について述べる論者の大半は憲法の観点が欠けている。
 憲法に基づく税負担のあり方は応能負担原則(応能原則)で、税は負担する能力に応じて支払う、ということである。根拠とする主な憲法条文は、「個人の尊重・幸福追求権」(13条)、「法の下の平等」(14条)、「生存権」(25条)、「財産権」(29条)などである。応能原則という人権は、国民が勝ち取ってきたものであり、それを主体的に追求し、権利を行使する者の上に訪れる。
 応能原則は具体的に次の点を重視する。
(1)直接税(所得課税)を中心に据える
(2)各種所得を総合(一つにまとめ)して、所得が多くなるに応じて高い税率を課す累進課税を採用する
(3)生計費には課税しない
(4)勤労所得には軽い課税、不労所得には重い課税をする
 憲法を尊重するならば、国税、地方税、社会保険料(限定使途の目的税)などは、すべて応能原則に適うものにしなければならない。
所得再分配
 現代社会は市場競争で勝った者が多くの富を手にする。競争の勝者と敗者との間に貧富の差が生ずるのは必然の帰結であり、財産の偏在や所得配分の不平等は避けがたい。この状態を放置すると、所得の不平等な分配が広がるので、富の再分配(所得再分配)が求められる。
 所得再分配は、多額の所得や資産に対して累進的に課税することで、社会保障や福祉などを通じて富を弱者に移すことである。公共事業で雇用を創出するのも、一種の所得再分配と言える。裏を返せば所得再分配は、社会に存在する富に対して個人が分け前を請求する権利である。つまり課税対象金額の多い人(個人・法人)ほど高率の税金を納める累進課税制度を採用し、分配の平等化を図るのである。大多数の国民の幸福に結び付く税制改革は総合累進課税以外にない。
タックスヘイブン日本
 タックスヘイブンとはtax haven(租税回避地)のことである。タックスヘイブンを行っている国は、モナコ公国、サンマリノ共和国、バミューダ諸島、バハマ、バージン諸島、ケイマン諸島、ドバイなどである。香港、マカオ、シンガポールも、税率が極めて低いため、事実上タックスヘイブンである。しかしタックスヘイブンは他人事ではない。大企業や富裕層にとって、今の日本がタックスヘイブンであることを見逃してはならない。
 すぐに手をつけるべき課題が「タックスヘイブン日本」の改革である。
 菅隆徳税理士は、大企業優遇税制をやめて法人税に超過累進税率適用で2016年度で法人税収が29兆1837億円になるとしている(全国商工新聞2018年10月15日)。ちなみに実際の法人税収は10兆4676億円であるから、19兆円もの増収が可能となる。
 また、2016年度予算の申告所得税収入は2兆9160億円であるが、1974年当時の超過累進課税(表2)を採用して計算をすると、12兆7468億円の所得税が確保できると、筆者は計算した(全国商工新聞2019年1月14日)。所得税でも予算より約10兆円のもの増収が可能となる。
 法人税と所得税を総合累進課税にしただけでも29兆円の財源が生まれる。18年度予算の消費税税収17兆5580億円がなくても十分な財源がある。
輸出製造業に巨額の還付
 財界が消費税増税を強調するのは、消費税が輸出製造業に巨大な利益をもたらすからである。消費税・地方消費税の納税額は原則として、(課税売上−課税仕入)×8%で計算する。ところが、輸出した課税売上の消費税率は0%となっており消費税がかからない(消費税法7条)。しかし、0%の課税売上に対応する(課税仕入×8%)の金額は全額控除される。例えば、トヨタ自動車の2018年3月期の単独決算によれば、消費税を1円も払うことなく4548億5600万円の還付を受けている。
消費税をめぐる海外の例に学ぶ
 わが国の消費税増税を止めるために韓国の経験を知る必要がある。40年の歴史がある「不公平な税制をただす会」(公平税制を求める会)は、消費税10%への増税を中止させる目的で、一度も付加価値税(日本の消費税)の税率を上げていない韓国の税制を視察した。ソウルの三成税務署の黄道坤署長は、次のように述べた。「韓国は、1977年に付加価値税を導入したが、食料品には課税しないし、導入以来一度も税率を上げていない。それはこの税が弱者を直撃するからです」。
 消費税廃止ではマレーシアの経験を学びたい。昨年5月のマレーシア総選挙において、マハティール元首相が率いる野党連合が連邦議会下院の過半数議席を獲得し、政権が交代した。
 マレーシアの消費税は、日本の消費税と同様に逆進性が強く、庶民の暮らしを圧迫していた。新政権は、発足してすぐの昨年6月1日に消費税の税率をゼロ%に引き下げ、9月から正式に廃止した。消費税廃止と同時に、消費税導入時(2015年4月)に廃止された「売上税」と「サービス税」(両税を総称した略称はSST)を復活させた。これは消費税とは違い、課税の対象から生活必需品などを幅広く除外している。
 マレーシアの英字紙ニュー・ストレーツ・タイムズは、この税制改革で個人消費が7%程度拡大するという研究機関の見通しを伝えている。
 さらに新政権は前記の公約に基づいて、税制改革による税収減に対処するため、前政権のもとで中国企業と建設を進めていた「東海岸鉄道」(約2・2兆円)の中止など、大規模プロジェクトを見直している。
 日本でも選挙で安倍政権に審判を下し、消費税増税を中止させることが国民生活を安定させる最良の道となる。
市民連合と野党共闘で公平な税制へ
 2016年参院選は、4野党(民進、共産、社民、生活)の統一候補が、全国32の1人区で自民党と対決し11選挙区で勝ち、共闘の効果を示した。自公政権は11選挙区での敗北に肝を冷やした。言うまでもないが安倍政権の最大の脅威は市民連合と力を合わせる野党共闘である。
 消費税増税、法人税減税、社会保障切り捨て政策に対抗するには不公平な税制をただすことしかない。このことを国民の常識にすることが鍵となる。
 人々が選挙権を有効に行使し続けるなら、応能負担の原則に基づく税制が確立され、租税は福祉・平和のために使われることになる。そうなれば、わが国は世界一の福祉人権大国になる。国政・地方を問わず、選挙は常に主権者である国民が税に対する意思表示をする機会だとして投票する人が多数派になれば、真の税制改正をつかみとれる。
 総選挙の投票率が高いスウェーデンでは、学費は無料、医療費は20歳未満と85歳以上は無料で、20〜84歳も低額に抑えられている。日本には市民革命の伝統がなく、政治は市民自らの手で作ると言う民主主義思想が薄い。「われわれの政府」をともに築こうという意識を高めなければならない。

表1 次々に削減されてきた社会保障
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表2 失われてきた所得税の累進性
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