2019年7月15日(1915号) ピックアップニュース
参議院選挙特集 政策座談会
選挙で医療・社会保障充実へ
与党が議席を伸ばせば社会保障改悪に拍車
加藤 参議院選挙が近づいてきた。日本の方向性が決まる大事な選挙だ。まずは、安倍政権の医療・社会保障政策と与党の選挙公約を検証したい。西山 自民党は「総合政策集2019J-ファイル」で、「国民が安心できる持続可能な医療の実現」という項目で「都道府県による地域医療構想の達成を支援」「地域医療介護総合確保基金を充実」「入院機能とかかりつけ機能を担う中小病院や有床診療所の充実策を講ずる」「2024年度からの医師の時間外労働規制の適用に向けた対応、実効的な支援策の推進」など、他党に比べると具体的な政策を発表している。公明党は「重点政策5つの柱」で「認知症施策の推進」「介護サービスの充実」「がん対策の強化」「生活習慣病対策の強化」等を掲げている。自民党の「持続可能な」という書きぶりや「地域医療構想の達成」という点には懸念を抱くとともに、総合確保基金の充実や医師の時間外労働規制への支援策などは具体策が重要だ。
武村 公約で与党は当たり障りのない政策を掲げているが、政府とともにこれまで進めてきた社会保障政策は問題が多い。
会期末には、金融審議会が、「年金だけでは老後資金が2000万円不足する」との報告書を出した。これが批判を浴びると、麻生金融担当大臣は「政府の政策スタンスと違う」と受け取りを拒否したが、年金が低水準であることは明らかだ。しかも、政府はマクロ経済スライドという年金削減の仕組みを導入し、年金水準を引き下げていく予定だ。
西山 医療分野では、今回改選となる参院議員が選出された6年前から検証すると数々の患者負担増が行われてきた(表1)。診療報酬改定も3回連続でマイナス改定だ。
川西 実際、安倍政権は13年度以降社会保障費を4兆2720億円抑制したといわれている。毎年2200億円の社会保障費抑制を行って、医療崩壊をもたらした小泉政権より大規模だ。
足立 参議院選挙で与党を勝たせれば、信任を得たとしてこうした政策がさらに続く。先月末に閣議決定された「骨太の方針2019」では選挙を意識して具体的項目には言及せず、「骨太の方針2020」で医療の給付抑制と国民負担増を盛り込むと書かれている。
西山 財政制度等審議会財政制度分科会の「建議」では、受診時定額負担や後期高齢者の窓口負担2倍化など、さまざまな負担増が書き込まれている(表2)。これらは、議論のたびに多くの医療者と国民の反対で実施できずにきたものだ。これらを実現させてしまうのかが今回の選挙にかかっている。
武村 その通りだ。毎日新聞は「(参議院選挙で)政権が打撃を受ければ負担増を持ち出せなくなる」という厚労省幹部の発言を紹介している。今でも患者さんからは経済的な理由で必要な検査を延期してほしい、薬を減らしてほしいとの言葉をよく聞く。医療機関にかかれない受診抑制も増えている。これ以上の患者負担増は経済的弱者を排除し、いつでもどこでも誰でも、最適な医療を受けられるという国民皆保険制度の根幹を破壊してしまう。
足立 テレビ朝日の世論調査では、参院選で重視する政策で最も多かったのは「年金・社会保障制度」の60%だ。社会保障について国民の関心は毎回非常に高いにもかかわらず、どの政治勢力が伸びればどのような政策が実施されるのかが、浸透していない。会員を中心に患者さんにも政府の社会保障政策の問題点を示していかなければならない。
多様な財源を各党は示せ
西山裕康理事長
足立了平副理事長
幸田雄策評議員
川西 もともと政府は消費税率を8%から10%にした際の増収分5・5兆円のうち、約1兆円を社会保障の充実に、約4兆円を国の借金返済に充てるとしていたが、その後、借金返済分から1・7兆円を子育て世代への投資に回すと言い出した。そもそも消費税収はすべて社会保障に使うと公言していたにもかかわらず、大部分が借金返済に使われていたことは国民への裏切りである。
西山 この間は社会保障制度改悪の連続で、消費税で社会保障が充実したと感じている国民は少ないだろう。1989年の消費税導入以来、国民は372兆円の消費税を負担してきたが、同時期に法人税と所得税は393兆円も減っている。その理由は、資産家や高額所得者、大企業への度重なる減税や優遇といわれている。さらに消費税増税による景気後退で、法人税や所得税そのものが減ったと多くの経済学者や財政学者が指摘している。つまり、増税分はすべて社会保障にというのは消費税増税のための方便だったということだ。再び消費税増税を行えば、同じことの繰り返しだ。
加藤 協会では消費税の問題点を多くの患者さんに知ってもらおうとクイズチラシで消費税を取り上げ、「初めて医療に消費税が使われていないことを知った」「消費税分の財源が高所得者の所得税や大企業の法人税減税の穴埋めに使われていることを初めて知って驚いた」などの反響が寄せられた。多くの人が消費税の使い道について知らないことが浮き彫りになり、運動をもっと強めなければならない。
足立 医療機関の控除対象外消費税も問題だ。大学病院の幹部からも10%への税率引き上げについて「心配だ」という声が出ているほどで、現在でも年間約8億円の控除対象外消費税を負担しているそうだ。これでは設備投資などが思うようにできないし、ひいては大学病院が高度な医療を提供できなくなる可能性もあるだろう。
武村 保団連の調査でも保険診療収入に対する控除対象外消費税の割合は、医科の無床診療所で2.79%、歯科診療所で2.31%であり、額にして、それぞれ216万円、82万円の負担を強いられていることが明らかになった。私たちは問題解決のために課税ゼロ税率を求めていたが、結局、自民党税調と政府税調は診療報酬への上乗せで対応するとし、日医や日歯もそれを了承してしまった。税率が10%になれば、根本解決どころか、ますます不公平が広がり、医療機関によっては経営に及ぼす影響が大きく、最適だと思う医療を提供できない恐れもある。
幸田 消費税増税で最も問題なのは景気を悪化させ、国民の暮らしをさらに困窮させることだ。IMF(国際通貨基金)やOECD(経済協力開発機構)、多くのエコノミストなどが、世界経済の減速を警告しているし、日本経済も後退局面に入ったとの観測も流れている。今、消費税増税を強行すれば、景気の悪化は決定的になる。ウォール・ストリート・ジャーナルも「安倍首相は年内に消費税率を引き上げ、景気を悪化させると固く心に決めているように見える」「消費増税は失策、日本は回避のチャンス台無しに」 と報じている。安倍政権は景気悪化を見越して、現金を使わずに買い物をした人へのポイント還元等、消費税増税による財源のうち36%にあたる2兆円を景気対策に充てるという本末転倒な政策を準備している。そんなに景気の悪化が心配なら増税を中止すべきだ。
足立 しかし、国民の間にはすでに消費税増税は決定され、もう覆せないとの考えも強い。テレビ朝日の世論調査でも「参院選で重視する政策」として「消費税増税」は26%で4番目だ。
川西 以前、安倍首相の右腕といわれる自民党の萩生田光一幹事長代行が、7月1日の「日銀短観」が示す景況感次第で「増税の延期もありうる」と述べた。7月以降でも、消費税増税中止は可能であると政権与党の幹部も認めている。参議院選挙で、野党が議席数を伸ばし、消費税増税反対の世論を示せば、政権も増税を中止せざるを得ない。あきらめずに選挙にいくべきだ。
加藤 野党の財源論はどうか。野党第一党の立憲民主党だが、具体的な財源は公約には掲げられていない。「所得税・法人税への累進課税強化」と公約に掲げたことと、公約発表時の記者からの質問に逢坂誠二政調会長が「金融所得課税の累進性の強化」と答えた程度だろう。方向性は私たちの要求と同じだが、具体性にかける。
西山 ネットで公約を調べたが、今回の選挙にあたり財源論を具体的に打ち出しているのは与党と共産党だけのようだ。
足立 共産党は、大企業優遇税制是正で4兆円、富裕層優遇税制是正で3・1兆円、米軍への「思いやり」予算などの廃止で0・4兆円を生み出すとしており、大企業の受取配当益金不算入制度、外国子会社配当益金不算入制度の見直しなどに言及している。また、使い方も「介護・保育労働者の月5万円の賃上げ」「国保料の引下げ(「均等割」「平等割」廃止)」「就学前児童の医療費無料化」「大学・専門学校の授業料半減」など医療・社会保障、教育分野を中心に据えており、ぜひとも実現してほしい政策だ。
幸田 私は、山本太郎参議院議員が率いるれいわ新選組に注目している。れいわ新選組は「国債発行は無限ではありません」としながらも「インフレ目標2%に到達するまで」新規国債の発行を行い、「確実に足りない分野と人々に大胆に、財政出動を行い、生活を支え積極的に経済をまわします」としている。これは、今国際的に注目を浴びている「現代貨幣理論(MMT)」に基づいていると思われる。この理論は、政府は任意の自国通貨建て国債発行により財政支出量を調整し、望ましいインフレレベルを達成することが可能だというもので、簡単に言えば、日本は国債をまだ発行できるというものだ。日銀や財務省は反対しているが、自民党の西田昌司参院議員は「MMTが言っていることは、自国建ての通貨で国債発行する限り破綻しないということで、これは財務省も認めている。...インフレ率が2~3%になるまで、(財政を)出せばいい」と述べているし、共産党の大門実紀史参議院議員も「どんどん借金を増やしていいというわけではないが、財務省は脅し過ぎだ。...MMTを支持する人々にシンパシーは感じる」と発言している。私も以前より「貨幣の増加は、労働や生産ではなく、国債発行も含めた借り入れによるものだ」と主張しており、 この理論を支持したい。この理論が正しければ、これまでの緊縮財政と社会保障費抑制の根拠が覆されることになる。協会でも検討すべきだ。
加藤 当然、検討は行っていくが、協会がこれまで議論を積み重ねてきた大企業と富裕層に応分の負担を求めることと、使用者負担を中心に社会保険料の引き上げを行うことを要求の重点としたい。
「平和主義」を転換する安倍政権
加藤 次は改憲について取り上げたい。安倍首相は憲法改定を選挙の争点とする考えを示している。武村 最近、トランプ米大統領は日米安保条約について「不公平な合意である。...誰かが米国を攻撃しても、日本はそうする必要がない」と述べた。報道では通商交渉を有利に進めようとするアメリカ側の牽制だとされているが、トランプ大統領のこの不満を払しょくすることが、政府や自民党の改憲の狙いなのではないだろうか。
西山 安倍首相が公約として位置づけている自民党の改憲草案は、戦力不保持と交戦権の否認を掲げた9条2項の後に、「前項の規定は...自衛の措置をとることを妨げない」とした上で自衛隊の保持を明記している。これでは、2項の制約が自衛隊に及ばず、いわゆる「フルスペックの集団的自衛権」行使が容認されることになり、自衛隊はアメリカとともに海外で無制限の武力行使ができることになる。
武村 そもそも、イラク戦争は米英の自衛権の行使、アフガニスタン紛争も米国による自衛権の行使により発生している。つまり、アメリカは実際には攻撃を受けていなくても、自衛権の行使として他国に軍事攻撃を行っている。これに自衛隊が付き従うことになれば、日本は世界中から平和国家とは見られなくなり、武力攻撃の対象となるだろう。国民の生命と健康を守る医師・歯科医師として、これには反対しなければならないのではないか。
足立 安倍首相の議論の進め方も問題だ。ネット番組で、首相は憲法審査会での議論に野党が応じないことを批判し、「憲法を議論する党か、しない党かが争点だ」としているが、これはおかしい。憲法審査会は、国会法102条で「憲法改正原案」をつくる場と決められており、改憲は必要ないという野党からすれば、憲法審査会に参加しないのは当たり前だ。逆に、国民的な要求もないのに、本来、憲法に縛られるべき政府や与党が改憲案を一方的に提起しているほうが問題だ。
川西 アメリカいいなりの軍備拡張も問題だ。昨年、閣議決定した中期防衛力整備計画では5年間で27兆4700億円を支出するとしている。中身は105機のF-35戦闘機、護衛艦いずも・かがの空母化、イージス・アショアの整備だ。F35は1機が116億円以上で、1機購入をやめれば、900人分の特養ホームが整備できるそうだ。東アジアの情勢が緊迫している中、一定の防衛力整備は必要だろうが、見境のない米国製高額兵器の大量購入は見直しが必要だ。
武村 日本維新の会を除く野党は市民連合と合意した共通政策で「安倍政権が進めようとしている憲法『改定』とりわけ第9条『改定』に反対し、改憲発議そのものをさせないために全力を尽くす」「膨張する防衛予算、防衛装備について憲法9条の理念に照らして精査し、国民生活の安全という観点から他の政策の財源に振り向ける」としている。これは私たち協会の要求にも一致しているので、ぜひ実現してほしい。
政権を支えるマスコミへの圧力と民主党政権への失望
加藤 これまで見てきたように、安倍政権とそれを支える与党の政策には問題が多いと思うが、政権の支持率は45%と高いままだ。このあたりをどうみるか。武村 やはり官邸によるマスコミに対する圧力があるのではないだろうか。安倍政権の問題点をマスコミが報道しようとしても、政権や社の幹部が圧力をかけ、正しい情報が国民に伝わらないように感じる。国際NGO「国境なき記者団」が発表した2019年の「報道の自由度ランキング」で日本はG7最低の第67位だった。このような状況では政府に都合の悪いことは報じられず、国民が政府に疑問を抱かないのは当然ではないだろうか。大手マスコミは、権力に対峙する姿勢をもっと重視すべきだろう。
足立 官邸のイメージ操作が非常にうまいと思う。安倍政権は次々と新しい看板政策を掲げるが、「一億総活躍社会」は所得の低い高齢者に就労を強いるだけ、「全世代型社会保障」は高齢者向けの社会保障負担増と給付抑制のことだ。こんないい加減な看板にだまされてはいけない。
川西 過去の民主党政権のトラウマも支持率を押し上げている。朝日新聞の世論調査でも、内閣支持の理由で最も多いのは「他よりよさそう」だ。政権交代は行ったが、国民が期待した政策の多くは実現できず、最終的には消費税増税を掲げるようになり、国民の失望はピークに達した。結局、政権交代が起こっても生活はよくならなかったというのが、国民の実感だろう。多くの国民はそのときの経験から、自民党の政策には賛成しかねるが、野党ではまともな政権運営ができないと思っているのではないだろうか。
野党統一候補は共通政策の実現を
加藤 こうした中、維新を除く野党は共闘を進めているが、この点はどうか。武村 今回の参議院選挙では、すべての1人区で野党の共同候補が擁立された。これは前回の参議院選挙でも行われたが、今回は多岐にわたる共通政策が合意されたことが大きい。国民民主党の中には支持基盤に電力総連(全国電力関連産業労働組合総連合)傘下の組合を抱えている候補も多く、脱原発に賛成できないのではないかと思っていたが、一致できたことはよかった。
足立 共通政策で、高度プロフェッショナル制度の根拠となった虚偽データ、森友学園・加計学園及び南スーダン日報隠蔽の疑惑の解明、報道の自由の徹底など、議会制民主主義や立憲主義に関わる政治のあり方そのものを正そうとしていることは大切なことだと思う。多くの国民は忘れかけているが、もう一度、安倍政権による政治の私物化の是非を問う選挙にしたい。
川西 政治資金の問題にも切り込んでほしい。最近、2017年の衆院選期間中、沖縄県選挙区から立候補した自民党議員3人が、名護市辺野古の米軍新基地建設の関連工事を請け負った業者から、献金を受けていたとの報道があった。結局、自民党は民意を無視して公共事業を強行し、業者から献金を受け取り選挙資金にしている。こんな利益誘導を許していてはいけない。
武村 ただ、共通政策は、社会保障についての記述が非常に少ない。「...生活を底上げする経済、社会保障政策を確立し、貧困・格差を解消すること」とされているだけだ。今後、論戦の中でさらに具体化してほしいし、私たちも情報提供を行いたい。また、候補者は一人ひとりが共通政策に納得して選挙戦でしっかりと訴え、当選後にはその実現に向けて行動してほしい。そうでなければ本気の共闘はできないし、多くの有権者の支持を得ることはできないだろう。
安倍政権を右から煽る維新
加藤 大阪のW選挙や大阪12区の衆院補選で勝利し勢いのある日本維新の会についてはどうだろうか。幸田 大阪では既成政党対維新という構図を作り、維新を改革政党という形で打ち出すことで、現状に不満を持つ有権者の支持を集めたのだと思う。しかし、国政の政策は、松井一郎代表がネット番組で「安倍総理に本気で憲法審査会の開催を求めていきたい」などと述べたように、憲法観をはじめ自民党とほとんど変わらない。
加藤 確かに維新の会が果たしているのは安倍政権を右から煽っていく役割だ。歴史的に見ると、そうした勢力は主流にならなくても、世論の中心を右傾化し、他国との衝突などで最終的には一般国民を不幸にしてきた。
とにかく投票に行こう
加藤 最後に、会員の先生への訴えをお願いしたい。幸田 いくら良い政策を掲げていても、それを実行する財源が必要だと思う。政府は国民の社会保障充実の要求には財政均衡論を振りかざし「財源がないからできない」という一方で、防衛装備購入の際には財源調達は議論にすらならない。ここを覆すためにも財源論を真正面から考える政党に期待したい。
西山 医師・歯科医師としての立場、責任からは、やはり医療・社会保障政策を重視して投票先を決めてほしい。投票に行かない多くの人は「選挙に行っても政治は変わらない」と思っているだろう。しかし、投票しない人は18歳以下の子どもと同じで、そうした人たちの意見など聞かなくてもよいと政治家が判断するのはある意味合理的だ。その結果、一部の選挙に行く人や、組織を擁し献金するような勢力の意向に沿った政治が進められてしまう。これは、政治が劣化する負のスパイラルだと思う。政治に関心を持ち、少しでも知識を得て、家族やスタッフ、患者さんとも話をして、必ず投票に行ってほしい。
表1 6年間で実施された患者負担増
表2 財務省が計画する医療制度改悪・患者負担増