2020年9月25日(1953号) ピックアップニュース
緊急特別インタビュー
前済生会栗橋病院 院長補佐 本田 宏先生
医療充実への転換今がラストチャンス
【ほんだ ひろし】1954年福島県生まれ。79年弘前大学卒業後、東京女子医科大学第3外科を経て、89年から済生会栗橋病院に外科部長として勤務、2011年より院長補佐。15年、外科医を引退し、講演活動に専念。医療制度研究会副理事長、弘前大学医学部講師。日本医学会連合労働環境検討委員会委員
新型コロナで医師不足が明らかに
本田 医療制度の危機に目が向けられ、メディアの取材が増えました。講演は34回中止になりましたが、発信を続けるため、各地でのリモート講演に力を注いでいます。
現在の状況は、5年前に私が書いた『本当の医療崩壊はこれからやってくる』という本で指摘したとおり、医師、病床、医療費の三つの不足を日本社会が身をもって知る危機的事態になりました。
日本の医師数はOECD平均に比べて、13万人も少ない状態です。PCR検査数が少ないのも、医師数が少なく、さらに保健所も感染症病床も削減してきたからです。
10年前に、日本感染症学会は、300床規模の病院には感染症専門医が常駐すべきで、3千人から4千人が適正と発表していましたが、専門医数は現在でも1500人ほどです。同学会の舘田一博理事長は、全国408の感染症指定医療機関のうち、専門医が在籍しているのは144しかないとして、専門医育成と配置を要望しています。
また、日本集中治療医学会理事長の西田修先生は、ICUとそれに準ずる病床をカバーするには集中治療医が最低でも4500人が必要との試算を示しています。人口8千万人のドイツは約8千人の集中治療医がいるのに対し、人口1憶2千万人の日本は1850人にすぎません。ドイツ並みなら、1万2千人の集中治療医がいてもいいことになります。
西山 私も外科出身ですが、新型感染症だけでなく、術後の合併症への対応には、感染制御は重要で、感染症専門医は、診療科を超えて必要だと感じました。
本田 日本では、外科医が術後の管理まですべて行わないといけません。私も侵襲の高い手術後には、水分・代謝・栄養管理や抗生剤の使用方法など、専門医のアドバイスがあればといつも感じていました。
医療機関がまとまり診療報酬増訴えよう
西山 今回、これまでの政府による医療費抑制政策の問題点が明らかになりました。本田 その通りです。東京女子医大でボーナスが支払われず400人の看護師が退職希望というセンセーショナルなニュースがありました。大学だけが悪いように報道されましたが、そもそもの問題は、病院経営を支える診療報酬が低すぎることです。
公立・公的、民間を問わず、すべての病院はぎりぎりの採算で運営している状態です。特に公立・公的病院は赤字幅が大きいのですが、多くが自治体の繰入金で支えられています。このことは、赤字で苦しむ民間病院には不平等に映り、公立・公的病院との間に分断を生んでいました。しかし、このコロナですべての病院の経営が一層厳しい状況に陥っています。
西山 同様に診療所も通院患者数の減少や感染防止対策費の増加で苦しんでいます。
本田 今こそ、医療提供体制を守るために、医療機関への診療報酬を引き上げるという方向で、すべての医師がまとまれるビッグチャンスだと思います。
医師不足を認めない「働き方改革」
西山 医師数と医療費の抑制を続けてきた安倍政権の医療政策を振り返っていかがでしょうか。本田 まずは医師の働き方改革が大問題です。昨年1月、厚労省が初めて行った勤務医の労働時間調査で、勤務医のうち4割が過労死ライン、1割が過労死ラインの倍を超えて働いていることが明らかになりました。医師不足は偏在と言っていた厚労省がよくこんなデータを臆面もなく公表できたものです。この調査結果にも関わらず、医学部定員を削減しようというのです。
西山 兵庫協会でも抗議しています(2面に声明)。今回の調査で再確認できたのは、現時点では明らかに医師不足であり、それを多くの医師が健康を蝕む危険のある長時間労働で何とか支えているという事実です。厚労省は医師不足を招いている現実を認めなければなりません。
本田 全くです。低医療費と医学部定員削減の結果、病院の赤字と医師不足という状況が生み出されたのに、働き方改革では病院に医師の労働時間だけ減らせという。
私は民主党政権時代、済生会栗橋病院で勤務医の負担軽減のため医療秘書を導入しましたが、安倍政権の医療費削減により、医療秘書を減らさなければならない事態になっています。政府の政策で赤字になっているのに、さらに勤務医の働き方改革を病院の責任でやれというのは無茶です。
厚労省の検討委員会で病院側委員は、医師不足や低医療費を指摘せず、労働時間規制に消極的です。これでは、病院管理者と若手医師との間に分断が生まれてしまいます。
西山 地域医療構想では急性期病床が削減されています。
本田 日本の病床数は他国と比べて多いと言われます。これまで比較されていた国はいつもアメリカでした。今回、新型コロナ関連の論考では、他の国の病床数も示されており、日本の病床数が最も多い一方で、新型コロナ対策がうまくいっている韓国やドイツなどの病床数も相当多いのです(図1)。逆に病床数が少ないアメリカ、スペインなどは、コロナ対応に苦慮しています。病床数が多いことは、必要ならばすぐに入院できるということであり、決してマイナスではないのです。
一方、日本では、ICUが非常に少なく、大きな問題ですが、医師も看護師も足りていないので、重症者を診る病床は増やせません。
また、勤務医の負担軽減策として、フィジシャンアシスタント(PA)などの導入も必要です。さらに、日本はフリーアクセスと言いますが、いざというときに相談する医療機関が決まっていない国民が多くいます。生まれたときから死ぬまで、一人ひとりに関わる「家庭医」の導入も必要ではないでしょうか。
西山 家庭医は、医療費抑制に利用される点に警戒しなければなりませんが、患者さんからのニーズはあると思います。
問題を広く知らせよう
西山 このような状況改善のため、私たちは何をしていくべきでしょうか。本田 まずは先進国最低レベルの医師数・医療費、診療報酬という現実を広く知らせることです。最近、調べたところによると、上部消化管内視鏡検査に対する報酬は、アメリカでは8万4870円、ドイツでは3万7666円に対し、日本では1万1400円に過ぎません(図2)。一方、日本の薬価は、イギリスの2倍です。胃がんの腹腔鏡手術は80万円前後なのに、ある種の抗がん剤は年間1000万円を超えます。国際的に見て、われわれ医師の技術料は低いのに、薬代は高い。そして、製薬企業はどこも非常に高い利益を得ています。
こういう理不尽な現状のデータを、医療関係者が広く共有していくことが重要です。『感染症は僕らの世界をいかに変えてきたのか』という本によると、感染症は人類が大きく変わる契機になってきました。今回の新型コロナも、今の世界を大きく変える可能性があると感じています。
西山 医療への関心が高まっている今が、発信のチャンスということですね。
本田 私はこれが日本の政治と社会を変えるラストチャンスと思っています。福島第一原発事故で、ドイツは脱原発を決めましたが、日本は原発再稼働を進め、復興よりオリンピックを優先しています。このように日本人は、政治家やメディアの宣伝によってすぐに忘れがちです。医療現場の危機が注目されている今が医療崩壊を防ぐ、大きな、最後のチャンスでしょう。
西山 まず、医療関係者が分断されずに改善を求めていくことですね。
本田 宇沢弘文東大名誉教授は、社会的共通資本である医療が、市場原理により危機に向かうと憂いていました。また、ドイツの医師フィルヒョウは「医療はすべて政治であり、政治とは大規模な医療にほかならない」と宣言し、公衆衛生の改善を強く訴え、ベルリンに近代的な上・下水道を作るために政治家になりました。生活環境も保育も介護も全て政治です。
さらに、九州大学法学部の内田博文教授の言葉「国策に奉仕する医療は、科学の名に値しない。統治のための技術でしかない」「医療・医療提供者が国策に奉仕させられることは、国民の命が国策に奉仕させられるということ」を医療者全員に認識してほしいと思います。
西山 医師の責務とは何か、再確認すべきですね。
解散総選挙が近いという話もあります。国民が政治を変える最も大きな手段はやはり選挙です。
本田 投票率の高い国家は、社会保障を充実させる福祉国家が多いのです。医療関係者、国民すべてが政治について考えて投票をする国にならないといけないと思います。絶対諦めてはなりません。
西山 仰る通りです。本日はありがとうございました。
図1 世界各国の人口1000人あたりの急性期病床数
図2 日独米の内視鏡料金(病院内視鏡)比較