2020年12月15日(1961号) ピックアップニュース
「オンライン」と保険診療(1) マイナンバーカードによるオンライン資格確認
今は「立ち止まるべき」
10月3日開催した政策研究会「『オンライン』と保険診療 進むべきか立ち止まるべきか」の講演詳録を2回にわたって掲載する。第1回目は「マイナンバーカードによるオンライン資格確認」。
マイナンバー制度は2009年12月22日、鳩山民主党政権下の税制改正大綱で「社会保障・税共通の番号制度導入」が改革の方向性として示されたのが発端だ。その後2011年6月30日に菅直人民主党政権下の政府・与党社会保障改革検討本部で「社会保障・税番号大綱」が決定され、2012年2月14日には野田民主党内閣によって、マイナンバー関連3法案が閣議決定。法案が第180回国会に提出された。しかし野田首相は直後の11月16日に衆議院を解散し、この時は廃案になった。
ところが再び自民党が政権を握ると、第2次安倍晋三政権が2013年3月1日にマイナンバー関連4法案を閣議決定し、第183回国会に提出。修正を経て5月24日に参議院本会議で可決、成立した。2014年1月1日には後に個人情報保護委員会となる特定個人情報保護委員会が、内閣府外局として発足した。2015年9月3日には「個人情報の保護に関する法律及び行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律の一部を改正する法律」が成立した。
進んでいないマイナンバー制度
図1はマイナンバー制度ロードマップだが、これは当時の内閣府がウェブサイトに掲載したもので、今もウェブサイトからダウンロードできる。このロードマップを見ると、保険診療に関する制度が極めて多いことに気づかされる。エンドポイントとして、2020年東京オリンピックが設定されている。私は、このロードマップが示されて以降、このロードマップに沿ったマイナンバーカードの利用拡大をさせないという運動を展開してきた。
ロードマップに沿って利用拡大が進んでいれば、今年にはマイナンバーカードを持たないと生活できない社会が実現しているはずだった。酒やたばこを購入するにも、戸籍や免許証、学歴証明、医師免許もマイナンバーカードに紐づけされ、マイナンバーカードがすでに保険証やお薬手帳として使えるようになっているはずだったが、全く実現していない。また、ロードマップには「※国民が自己情報をコントロールする社会を実現する」と書かれてあるが、政府はそのようなことは全くしていない。
このロードマップを作ったのは平井卓也・デジタル改革担当大臣だ。自己情報をコントロールするというのはEUなどでは当たり前の人権とされている「自己情報コントロール権」のことだが、日本の裁判所はこの権利を一度も認めたことがない。本来なら、そうした権利がないとマイナンバーカードの普及などしてはいけないと彼らはよく知っているのだ。
このような経過の中で、マイナンバーカードについては忘れ去られていたのだが、今年6月26日に突然、厚労省から全国の保険医療機関へ「オンライン資格確認導入に向けたご案内」が送られた。ここにはまるでオンライン資格確認を来年4月から行わなければならないように書かれている。多くの方は唐突に感じたと思うが、保団連では以前からマイナンバーによるオンライン資格確認について注視してきた。
たまたま2019年の参議院選挙で初当選した伊藤岳国会議員が総務委員会所属になったとのことだったので、マイナンバーについても担当しているということで議員レクチャーなどを行ってもらうように要請した。これが実現し、2020年3月2日に保団連として参議院議員会館にて厚労省・総務省の伊藤岳参議院議員への議員レクを実施したのでその内容を紹介し、メリット・デメリットを検証したい。
カードリーダー申請も使用しなければ費用は負担
まず、マイナンバーカードによる資格確認ができる医療機関は、レセプトオンライン請求を行っている医療機関だけということが問題だ。医科では35%、歯科では85%の医療機関がレセプトオンライン請求を実施しておらず、回線の新規契約が必要だ。この点について、議員レクでは保守点検費用は医療機関が払うが、49万円を上限に4分の3を国が補助するとのことだった。
ただし、顔認証付きカードリーダーは無償提供されるとしているが、2020年8月7日に支払基金が明らかにした文書には、申請を行って取得したにも関わらず、結果として利用しなかった場合は、費用を返金しないといけないという恐ろしいことが書かれている。
悪意の「なりすまし」は防げない
厚生労働省はオンライン資格確認のメリットとして資格確認がシステム化され医療機関の受付業務が簡単になり、患者さんの待ち時間が減る、資格喪失後の手続きが容易になり、返戻がなくなるということを挙げている。
実は2021年4月からの新規に発行される保険証には2桁の番号が追加され、個人ごとに資格確認が可能となる。それによって、当然、その患者さんの資格の期限が分かる。つまりマイナンバーカードでなくても資格確認ができるようになる。
本当にマイナンバーカードで資格確認を行えるようにする意味があるのかと厚労省に聞いたところ、仕事を辞めた人がわざと保険証をそのまま使ったり、外国人による知人の保険証の使いまわしなどを防止できると言っていた。つまり、「悪意のなりすまし」対策になるということだ。しかし、保険証を悪用する者が「顔写真付きマイナンバーカード」を提示するのだろうか。その点を指摘したところ、厚労省の担当者はあっさりと「それはないでしょうね」と認めた。しかも、資格確認不備による診療報酬の返戻件数(再審査請求分)は、全レセプト件数の0.27%に過ぎない。それを防ぐために全医療機関が顔認証付きカードリーダーを導入する必要があるだろうか。
診察室で薬剤情報や特定検診情報が見られない
また、厚生労働省はオンライン資格確認のメリットの一つとして、薬剤情報や特定検診情報が共有化されるので、便利になる点を挙げている。カードリーダーにつながっているコンピューターは普通受付に置いてあるので、診察室では薬剤情報や特定検診情報を見ることはできない。見るには、受付のスタッフが受付のパソコンからプリントアウトして、診察室の医師に渡す必要がある。ここで厄介になるのが、そんなセンシティブな情報を受付のスタッフが扱えるのかということだ。現在のアナウンスでは医師・歯科医師でないと情報にアクセスしてはいけないことになっている。医療機関の現場と実務が考慮されているとはいえない。
カルテの自動作成はできない
また、受付で患者さんがマイナンバーカードをリーダーにかざすとカルテができると思っている医師も多い。しかし、厚労省に聞いたところ、全国の電子カルテのフォーマットが統一されていないためできないということだった。医療機関の電子カルテで、マイナンバーカードの情報を読みとって1号用紙を作成しようとしても、厚労省の担当者によれば「様式1号の作成そのものは、保険証の資格確認業務と直接関係しないため、今回予算措置されたICT基金(150億円+768億円)の国庫補助の対象にはならない。補助金の対象範囲について、財政当局からもオンライン資格確認の導入に必要不可欠なものとし、他のシステム改修を紛れこますことのないよう、釘を刺されている」とのことだ。つまり、補助金を使ってやってはいけないことになっている。
受付は大混乱
マイナンバーカードでの資格確認を行うためには、マイナポータルというウェブサイトで手続きをしないといけない。政府は多くの高齢者にはそれは困難だろうと考え、医療機関でその手続きを行えるようにすると言っている。つまり、それを医療機関で教えないといけない。銀行のATMコーナーに銀行員を配置し、操作方法などを教えているのを目にすることが多いと思う。それが診療所で起こると思ってほしい。これでは、待ち時間など短くなるわけない。むしろ受付業務は煩雑化する。
マイナンバーカードでの資格確認も個別指導での指摘対象
さらに、マイナンバーカードでの資格確認も個別指導における指摘対象になる可能性があるという点も問題だ。個別指導の際にテープで保険証のコピーを貼ったりして、指摘を受けたことのある方もいると思う。資格確認の方法は個別指導の指摘事項で、マイナンバーカードによる資格確認も記録を残さないといけないはずなのに、具体的なルールが未だに定められていない。健康保険証の受給資格の確認は療養担当規則第3条に定められているが、今後規定が変更される可能性も考えられる。
埼玉協会のアンケートでは、マイナンバーカードによる資格確認について顔認証付きカードリーダーの提供を「申請するか」との問いに「申請する」と回答したのは医科で20%、歯科で10%だった。半数以上の会員は「様子を見る」と回答している。「メリットと思われるもの」について聞いたところ、多かった回答は、「保険証の入力をしなくていい」という点だった。しかし、実際は入力しなければならない。マイナンバーカードによるオンライン資格確認のメリットはほとんどが幻想だ。その幻想だけで申請してしまうことが問題だ。
今は立ち止まるべき
最後に、保団連として、マイナンバーカードによるオンライン資格確認は今のところ義務ではないし、顔認証付きカードリーダー無償提供の申請期限は2023年6月までなので今は「立ち止まった方がいい」と周知している。「Should I Stay or Should I Go」との問いへの回答は「立ち止まった方がいい」ということだ。
(次回は1月25日付に掲載予定)
図1 マイナンバー制度利活用推進ロードマップ(案)