2021年3月15日(1968号) ピックアップニュース
燭心
「人生皿回し」、ずいぶん前に愚兄から聞いた話である。日常診療では、患者さんだけでなく、看護師や事務員の言動にも気を配らなくてはならない。出勤予定や給与、仕事内容にも注意し、グラッと来た皿はちょいと回さないと、いきなり落ちることもある▼言葉の出所が気になって検索すると、兄が目にしないと断言できるが、マンガ「あたしンち(けらえいこ著)」の9巻が初出であった。マンガでは、母親が娘に「洗濯もん、たたんどいて」と頼むと、「いま勉強でいそがしいんですけど...」と答える。母親は「人はだれでもいくつもの皿を、同時にまわしながら生きるもの...。こっちの皿をまわしつつ、あっちの皿もまわし、すべてに気を配る...。一つの皿にゆうぜんと没頭するだなんて...アンタ。そんなゼータクは許されないの! 殿様じゃあるまいし」と説教する▼人は成長するたびにすべきことが多くなる。仕事だけでなく、家庭を持てば妻と子どもの皿も回し始める。すべての皿回しを自身の役目としてこそ一人前であると覚悟しつつ、では自分の皿は誰が回すのか。グラグラしても自力で対応するのが大黒柱の役割とはいえ、時には回してほしいこともある。趣味に没頭したり、痛飲したり、家庭以外で燃料補給する人もあるだろう▼この話では最後に、やりとりを聞いていた弟が「つかれる人生観だ...」とつぶやく。確かにその通りであるが、最も不安なのは回す力がなくなることより、回す皿がなくなった時である。(空)