2021年4月05日(1970号) ピックアップニュース
環境・公害対策部市民公開学習会講演録「原子力発電のコストと負担」
国民に負担を押し付ける原発
龍谷大学政策学部教授
大島 堅一先生
【おおしま けんいち】 専門は環境・エネルギー政策論、環境経済学。著書『原発のコスト』(岩波新書)で大佛次郎論壇賞受賞、他に著書多数。原発事故後、政府の総合資源エネルギー調査会基本問題委員会委員、内閣官房国家戦略室エネルギー・環境会議コスト等検証委員会委員を務める。2018年から原子力市民委員会座長
昨年9月6日に環境・公害対策部が開催した市民公開学習会「原子力発電のコストと負担」(講師:龍谷大学政策学部・大島堅一教授)の講演録を掲載する。
政府の原発推進四つの説明
日本が原発建設を進めてきた理由について、政府はずっとどう説明してきたか。
一つは安全性についてだ。「絶対事故は起きない」と説明してきた。
次に温室効果ガスを出さないのでクリーンだと言ってきた。しかし、放射能を出すので、もはやクリーンとは言えなくなった。
そして、原発は安いと言ってきた。このことについては後程くわしくお話しする。
最後に、原発がないとエネルギーを安定供給できないと説明してきた。しかし、原発が止まっても電気がなくなるわけではないことは、事故後のこの10年が証明している。
福島第一原発事故が起こっても、政府は同様の説明を行ってきた。2018年のエネルギー基本計画でもこの四つに関する記述が維持され、2030年に原発比率を2割程度に維持するという目標を持っている。
2016年には世耕弘成経済産業大臣(当時)が「(事故費用等の)いろんな費用を全部、含めたとしても、やはり、発電単位当たりのコストは原発が一番安い」と発言した。世耕氏は、関西電力役員らの金品受領問題に関連して高浜町元助役の関連企業社長から献金を受け取っていることが明らかとなっており、中立性・公平性のある発言とはいえないが、しかしこの発言が本当なのか客観的に考えてみたい。
安全対策・事故対策に膨大な費用
まず事故前の政府の試算を見よう。図1は2010年に電気事業連合会が出した「原子力コンセンサス2010」の資料だ。水力のコストが一番高く、次に石油で、天然ガス、石炭、原子力の順に安くなるとされている。
原発事故後、これらエネルギーのコストを計算しなおそうと、民主党政権時に設置されたのが「コスト等検証委員会」だ。私も要請があり委員となったが、原子力に否定的な立場の人も、推進する立場の人もおり、タブーなしで検証しようと試算を行った結果、「他の発電に比べて原発は高い」となった。
その後、安倍政権時の2015年に新たなコスト計算が示された。私は委員でなかったが、この時に原発は事故コストを含めても安いという結果を発表しており、これが世耕氏の発言の根拠となった。
しかし、これにはからくりがある。原発のコスト計算には、建設費や燃料費、保守費といった単純な発電コストに加え、追加の安全対策費や賠償費などの事故リスク対応費、研究開発費や立地自治体への交付金等の政策費用、さらに廃炉や使用済み核燃料の処理にかかるバックエンド費用などの社会的費用がかかる。
2015年の計算では、これら費用を非常に少なく見積もっているのだ。
安全対策費は事故以前の安全対策が不十分な原発の建設費をもとにし、1基600億円となっているが、事故後は1基2千~3千億円にのぼる。また、事故費用も12.2兆円としているが、すでに22.5兆円に膨らんでいる。さらに除染廃棄物の最終処分費用も含まれず、事故現場の収束作業もデブリ(溶けた核燃料)を取り出すまでの費用しか計算していない。
除染廃棄物に関して、最近情報公開請求を行い、大変なことが明らかになった。帰還困難区域で、除染後の土壌を使って食用の作物を作るという計画が非公開の会合で決定され、進んでいたのだ。気づかないうちにこのようなことが進められてしまっている。
このように原発のコストは事故から10年を経て、いっそう拡大している。アメリカでは、大手電力会社エクセロンの副社長が、新しい原発はコストが高すぎて建設できないと発言している。一昨年には、コストが高すぎてイギリスで計画されていた原発建設から日立が撤退した。
政府の計算にはさまざまな問題があるが、計算方法は踏襲し、先ほど述べた安全対策費用の増加と自己費用の増加、さらに原発の運転期間の減少を踏まえ、さらに燃料費・バックエンドコストを2001年から2010年の平均とするという新たな想定で計算しなおすと、コストは図2のように高くなる。できるだけ原発のコストを低く見積もって計算したものだが、それでも図のように高くなる。原発はどう考えても高いのだ。
さらに原則40年、最長60年とされている運転期間後に廃炉と放射性廃棄物の処分が待っている。放射性廃棄物は処分に10万年かかるとされており、処分費用はどれだけかかるか分からない。
原発のコストは誰が負担しているか
もう一つ、この費用を誰が払うのかが大変重要だ。公共政策に関する費用負担の原則は大きく三つある。まず応能負担と応益負担。そして、環境問題のみで適用される原則で応因負担。つまり汚染者負担原則だ。
福島第一原発事故では、東京電力が加害者で汚染者であることは明らかで、賠償責任は東電にある。この賠償は超長期にわたり、必要な費用は東電の純資産を超えている。にも関わらず、東電はつぶれていない。なぜか。
原発事故のあとに政府は「原子力損害賠償・廃炉等支援機構」という組織を作った。この組織は事故の賠償のために東電に資金の援助を行っており、金額の上限はなく、必要ならば何度でも行うことになっている。東電に返済の義務はない。この資金の原資は国債だ。国債を発行すれば毎年利息の支払いが必要で、これは国が予算を組んで国民の税金で払っている。一方、元本は最終的に関電等の電力会社が負担金として支払うこととなっている。負担金の原資はというと、電気料金だ。結局、税金と電気料金という形で皆さんが負担している。
しかし、2016年4月から電力が自由化し、私たちが電力会社を選べるようになったため、関電等の電力会社は、これまでと同じように電気料金で負担させることができなくなってしまった。それでは困るということで、送電線使用量から支払うことにしようと制度を変更した。つまり、電力会社を変更した世帯も負担することとなる。
汚染者負担原則がいつの間にか消費者負担原則に変わってしまっている。せめて政府は「東京電力が負担すべき費用が支払えないから負担してください」と説明すべきだし、政府が説明するように原発のコストが安いというのなら、国民に負担させる必要はなく、東電が支払うべきだろう。
エネルギー供給は再エネ最優先で
最後に、電力の需給状況について述べたい。日本は原発を「ベースロード電源」とするとしている。電力供給が一定の原発を発電のベースとして最優先とし、その他の再生可能エネルギーなどで供給量を調整しようというものだ。
しかし、この考え方はもう時代遅れだ。地球温暖化対策として今、世界の流れはエネルギー消費を効率的に少なくし、電力は再生エネルギー100%とする方向になっている。事前に電力需要と再生可能エネルギーの発電量を予測し、足りない分を火力発電等でまかなうというのが、ドイツなど再生可能エネルギーを推進する国の考え方となっている。
日本でも再生可能エネルギーはかなり増えている。関西電力管内でも再生エネルギーが最大38%を占めるときもあり、東北電力管内なら92%にのぼることもある。
なお、同様にベースロード電源と位置付けられている石炭火発は、温室効果ガスの排出が非常に多く、世界的にはパリ協定に基づいてなくしていこうという方向になっており、金融機関や企業も投融資しなくなっている。神戸では神戸製鋼が今から新しい石炭火力発電所を建設しているが、極めて時代遅れである。
環境を破壊する原発や石炭火発をやめ、気候変動も放射能汚染もない社会をつくることが求められている。
図1 事故前に提示された原子力発電のコスト
図2 発電コスト検証ワーキンググループと演者による再計算結果の比較