2023年1月25日(2027号) ピックアップニュース
これまでの震災の経験いかし生活保障制度の拡充を
阪神・淡路大震災から28年
協会も参加・協力する阪神・淡路大震災救援復興兵庫県民会議(復興県民会議)のメモリアル集会では、長田区のピフレホールに126人が集まり、「被災者生活支援金の最高額500万円への引き上げ、半壊・一部損壊への適用拡大」など「人間の尊厳ある暮らしの再建」を求めるたたかいを全国に広げることを呼びかけるアピールを採択した。協会からは川西敏雄副理事長、松岡泰夫評議員が参加した。
記念講演では、「熊本地震6年・熊本豪雨2年の被災者の生活再建と支援制度の課題」をテーマに、熊本学園大学の高林秀明教授が記念講演。熊本地震・熊本豪雨後、阪神・淡路大震災と同様に、「創造的復興」をスローガンに、被災者の生活再建を置き去りに巨大公共事業が推し進められたこと、被災者のコミュニティの形成が課題であることなどが語られた。
阪神・淡路大震災28年
メモリアル集会
「創造的復興」でなく「暮らしの復興」を
「阪神・淡路大震災救援復興兵庫県民会議(復興県民会議)」のメモリアル集会で、畦布和隆代表委員は、「ロシアのウクライナ侵略は許せない。自然災害から人命を守るために取り組んできたものとして、人の力で防げる戦争の停止を訴えたい。政府は防衛費をGDP比2%まで引き上げると国会論議なしで決めた一方、改正すると約束した被災者生活再建支援法を放置している。早急に抜本的改善を求めたい」とあいさつした。
全国災対連の原英彦事務局長が、「東日本大震災・福島第一原発事故で今もなお避難している人が多くいるが、政府は原発活用に舵を切った。市民の目線で改善求め一緒に奮闘したい」と連帯あいさつをした。
熊本地震・豪雨でも「創造的復興」
記念講演した熊本学園大学の高林秀明教授は、熊本地震・豪雨ともに、被災直後から住民のニーズと乖離した「創造的復興」が推し進められていたと紹介。熊本地震では、益城町での県道拡張・区画整理事業、熊本空港の民営化・アクセス鉄道敷設、八代港のクルーズ拠点整備が、熊本豪雨では、数十年にわたる住民の反対運動で建設中止とされていた川辺川ダムの建設計画が一気に進められた。
高林氏は生活重視の復興の対極が創造的復興であると批判し、地域の自治・生活を大切にした復興をどう進めていくかが重要であると訴えた。
借上住宅裁判から復興住宅制度の再考を
借上復興住宅弁護団の吉田維一弁護士が、「借上復興住宅追い出し裁判で見た転居者の生活~『意に反する転居』のもたらすもの~」をテーマに報告。阪神・淡路大震災後、借り上げ復興住宅では、入居決定時に事前通知がなかったにもかかわらず、20年後、高齢となった入居者が突然、転居を迫られた。兵庫県や宝塚市は入居が継続できるよう柔軟な対応をとったが、神戸市・西宮市は、入居継続を求める被災者を訴え、転居を強いた。吉田氏は、転居が強いられた被災者は、「意に反する転居」による居住環境の変化やコミュニティの喪失により健康が悪化することが、保険医協会や民医連と共同で行った調査や協会役員へのインタビューで明らかになったとし、災害復興住宅提供制度の再考が必要と訴えた。
採択された集会アピールは、「神戸市議会は昨年12月、『空港に市税は一切投入しない』という市会決議を反故にし、国際線受け入れのために税金を投入する予算を容認しました」「当時の35万2700人以上の住民意志を踏みにじるものです。ハコモノでなく、住民生活保障の増額を要求します」など、「暮らしの再建」を求めるたたかいの継続を全国に呼びかけた。
長田ウォーク
地域のコミュニティが復興の大きな力に
メモリアル集会前には、協会神戸支部も参加する震災復興長田の会が、「ひと・街・くらし 1・17長田メモリアル集会&ウォーク」を開催し、46人が参加した。
参加者は長田の28年を振り返り、復興を検証する映像を見た後、森本真・神戸市議(共産)のガイドで約2300億円をかけ再開発されたエリアを中心に長田の街を歩き、震災当時を振り返るとともに、街の現状を見学した。
再開発で建てられた商業施設では、空きテナントが目立ち、「もともと約3000万円で売りに出された物件が、管理費が高すぎるなどの理由で約2000万円にまで下落している」などと再開発が想定通りに進まなかった現状が紹介された。
大正筋商店街にある「お茶の味萬」では、店主で震災語り部の伊東正和さんが当時の被害を写真とともに紹介。水がなく、消防車も来ない状況の中で、商店街ならではの地域のコミュニティが大きな助けになったとし、コミュニティの重要性を訴えた。
投稿
半端ではなかった震災アスベスト曝露
環境・公害対策部員 上田 進久
阪神・淡路大震災から28年になる。震災で犠牲になられた方々のご冥福をお祈りいたします。
半端ではないアスベスト曝露
震災直後は、街中がまるで解体現場の様相を呈していた。倒壊した建物には、高濃度で発がん性の強い青や茶石綿が使用されていた。
震災当時、アスベスト除去についての法的規制はなく、除去されないまま重機による解体がれき処理が行われていた。粉塵の中には相当量のアスベストが含まれていた。
被災地で1カ月間勤務した警察官が中皮腫を発症し亡くなられた事実は重く受け止めなければならない。
公表されない健康リスク評価
震災直後から、環境庁(当時)は、約1年間にわたって石綿濃度調査を実施していた。しかしその結果は民間団体の測定結果の10分の1程度にすぎないことを疑問に感じていた。環境庁の資料を念入りに検討し、その理由が明らかとなった。即ち、民間団体では発ガン性の強い青や茶石綿を測定していたのに対し、環境庁では白石綿だけを測定していたのであった。
現在アスベスト曝露についてのリスク評価は未だ公表されていないが、白石綿に基づくリスクは相当に過小評価される恐れがある。
近づく発病期
アスベスト疾患の潜伏期は20年から50年と長いことが知られている。そろそろ発病期が近づいているため、注意を喚起し検診受診を勧めなければならない時が来た。
兵庫県では、石綿健康管理支援事業を行っているが、まともに「アスベスト検診」と称される検査体制は構築されていない。一般の肺ガン検診に合流するという不合理な結果になった。
肺ガン検診の問診票には「震災」や「アスベスト曝露」の項目はないため、「アスベストが心配だ」と訴えることが大切となる。胸部X線検査から低線量CT検査を受けることが可能になる。中皮腫や胸膜肥厚などのアスベストに特徴的な胸膜病変に関する正確な診断を受けておくことが重要ではないだろうか。
多くの人たちが、アスベスト曝露を自覚していないと思われる。歴史的にも世界的にも、これほどのアスベスト曝露を起こす都市型災害はあり得ない。これ以上、震災による二次被害を増やしてはならない。
参考文献:https://www.jstage.jst.go.jp/article/jph/67/8/67_19-118/_article/-char/ja/