2023年12月05日(2056号) ピックアップニュース
燭心
年の瀬、日記帳をめくり、1年を振り返る季節になった。今年観た映画で心に残る一つを記したい。「福田村事件」、関東大震災時に、香川県の行商団15名が、千葉県福田村で朝鮮人と間違われ、9名が殺された事件だ。社会派ドキュメンタリーで著名な森達也氏がメガホンを取り、事件から百年目の今年、上映された▼団員たちが朝鮮人と疑われ、村人たちの拷問を受けるシーンがある。「この人たちは朝鮮人じゃない、日本人だ」とかばう声に「朝鮮人なら殺してもよいのか!」と叫ぶ行商の団長。問答無用と鉈が振り下ろされ、虐殺が始まる▼報道に関するシーンも印象的だ。差別される人たちに心を痛める記者らがいる。だが、丹念に取材を重ねて描いた記事が、当日にはまったく違う紙面にすり替えられて発行される。激しく食い下がる女性記者に、背を向け部屋を出ていく社主...ノンフィクションを手掛ける森氏なら、幾度も見聞きした、やるせない場面だろう▼歴史に葬り去られた事件が百年たってようやく姿を現した。「多数派は少数派を標的とする。悪意などないままに。こうして虐殺や戦争が起こる。人間の歴史はこの過ちの繰り返しだ。だからこそ知らなくてはならない」この映画の意義を語る、森氏の言葉である。今、ガザで、ウクライナで、戦争の行方に世界中がかたずを呑んでいる。少数派の意見や人権は、多数決や暴力、強権で葬られることがあってはならない。百年後に生きる私たちに、映画が問いかける課題だ。(星)