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兵庫保険医新聞

2023年12月15日(2057号) ピックアップニュース

政策解説 財務省の暴論「診療所5.5%マイナス」はねのけ〈協会政策部〉
次期診療報酬 大幅プラス改定を

 11月20日、財務大臣の諮問機関である財政制度等審議会は一般に「秋の建議」と呼ばれる「令和6年度予算の編成等に関する建議」(以下、建議)をまとめた。建議では、「診療所の報酬単価については、...国民負担を極力抑制する観点を考慮し、診療所の経常利益率(8.8%)が全産業やサービス産業平均の経常利益率(3.1~3.4%)と同程度となるよう、5.5%程度引き下げるべきである」「診療所の報酬単価について初診料・再診料を中心に引き下げ、診療報酬本体をマイナス改定とすべきである」と具体的にパーセンテージと引き下げる診療料にまで言及して診療報酬のマイナス改定に言及している。この建議の問題点について解説する。
「建議」は財務当局の焦りの表れ
 これまでにも、「秋の建議」では「国民負担の抑制や医療保険制度の持続可能性の確保の観点から、医療費の伸びを高齢化等の要因による増加の範囲に収めるためには、診療報酬改定において2年間で▲2%半ば以上のマイナス改定とする必要がある」(令和2年度予算の編成等に関する建議)などと診療報酬のマイナス改定をパーセンテージまで言及して、求めてきたこともある。
 ただしこれは、マクロの医療費に注目したもので、今回のように「診療所」を名指しし、パーセンテージを小数点以下まで示し、引き下げの対象について具体的な診療料まで示してマイナス改定を求めることは異例である。
 今、医療界では、われわれが主張してきた長らく続く政府の低医療費政策の問題点、コロナ禍以降も必要となっている感染対策経費増、物価高騰、賃上げトレンドと医療分野での人材不足等による医療機関経営の圧迫から、診療報酬の抜本的プラス改定を求める声が極めて大きくなっている。
 それに加え、二木立日本福祉大学名誉教授が述べているように「国民が、非常時にも貧富や年齢の区別なく、必要な医療を平等に受けられることの大切さに気づき、コロナと闘う医療機関・医療従事者に対する強い感謝の気持ちを持った...」という世論の後押しもある。
 また、われわれから見れば、政府・自民党の一員として低医療費政策を実践してきた面はあるものの、武見敬三氏や田村憲久元厚労大臣、加藤勝信前厚労大臣ら医系・厚労系の有力議員が、それぞれ厚労大臣や自民党政務調査会長代行、社会保障制度調査会長に就任したことにも財務省は危機感をつのらせているといわれている。
 ともかく、財務省の異例な診療報酬マイナス改定要求は、財務省がこれらに危機感を持っているという証である。
 つまり、今こそ病院、医科・歯科診療所が一致し、世論をさらに味方につけて、診療報酬の抜本的引き上げを実現すべきである。
財務省のミスリード
 さて、財務省が診療報酬のマイナス改定が必要だと主張する根拠の中心には「診療所の経常利益率(8.8%)」という数字がある。
 この数字は、「財務局を活用した機動的調査」で集計した許可病床数0床の医療法人(1万8207法人)の平均値だとされている。
 しかし、そもそもこの調査は医療法人のみを対象としたもので、個人立診療所が含まれていないという問題がある。この点は診療報酬改定に先立ち厚生労働省が実施している医療経済実態調査よりも杜撰なものであるといわざるを得ない。
 実際、同年度の医療経済実態調査では、入院診療収益のない一般診療所(個人)の同年度医業収益は0.93億円とされており、財務省の調査で集計の対象となった医療法人の収益1.88億円とは大きな乖離がある。そればかりか財務省の調査は、かなり大規模な医療法人が集計の対象となっていると考えられる。
 というのも従来から煩雑な医療経済実態調査に回答できる医療機関は大規模な医療機関であるとの指摘がなされてきたが、その医療経済実態調査であっても入院診療収益のない一般診療所(医療法人)の2022年度の医業収益は1.65億円とされているからである。建議が引用する論文の執筆者でもある松山幸弘・武蔵野大学国際総合研究所研究主幹も指摘するとおり、「事業報告書等を1年以上遅れて提出した医療法人や必ずしも毎期提出していない医療法人も存在」しており、「財務局を活用した機動的調査」の数字はかなり上振れしたものであると考えられる。
実際の医療機関の経営状況
 医療経済実態調査によれば、入院診療収益のない一般診療所(医療法人)のうち26.8%は損益率がマイナスとなっており、いわゆる赤字である(図1)。なお、この損益率には新型コロナに関する診療報酬上の特例が含まれており、これらがなくなれば、さらに赤字の医療機関が増えることが確実視される。
 また、物価高や人件費の高騰も顕著であり、入院診療収益のない一般診療所(医療法人)における人件費は21年度から22年度にかけて3.5%上昇、水光熱費は15.4%も上昇している。また、入院診療収益のない一般診療所(個人)でも人件費は同期間で2.2%、水光熱費は19.3%上昇している(図2)。このトレンドは終息の見通しが立っておらず、今後も続くと思われる。
 今後、新型コロナに関する診療報酬上の特例がなくなれば、各医療機関は物価高や人件費の高騰に耐えることができなくなることは安易に想像がつく。その上で診療報酬のマイナス改定が行われれば、医療機関の廃業が相次ぎ、ひいては日本の地域医療が崩壊することになりかねない。
医療機関の適正な利益率とは
 建議では、「診療所の経常利益率(8.8%)が全産業やサービス産業平均の経常利益率(3.1~3.4%)と同程度となるよう、5.5%程度引き下げるべきである」とされた。
 しかし、一方で、「防衛産業の利益率は...、日本では平均8%と低く、実質2~3%という調査結果もあった。...防衛省はこれを問題視し、(2023年)10月から、発注の際に見積もる企業の利益率を従来の8%程度から最大15%に引き上げた」(2023年11月14日朝日新聞)と報じられている。つまり、武器の製造を行う企業の利益率は15%必要だが、実際に地域で住民の命と健康を守る医療機関の利益率は3%程度でよいというのが政府の姿勢である。
 そもそも医療機関は利潤追求をすることが認められておらず、配当もできない。医療機関の「利益」は一般企業のそれとは異なり、医療への再投資にしか充てられない。つまり医療機関が得た適正な利益は、再投資による地域医療の充実の原資となっているのである。
 逆に、医療機関が適正な利益を得られなければ、地域医療の充実は望めないし、最悪、医療機関の経営破綻は直接的に地域の患者さんの不利益につながる。
 医療現場では、長らく続く医療費抑制に加え、新型コロナ禍以降も求められる感染対策経費の増加、円安や原材料・エネルギーの高騰に伴う物価高で、多くの医療機関の経営が悪化している。なんとしても次期、診療報酬改定では大幅プラス改定が必要である。

図1 一般診療所(医療法人)損益率の分布(令和4年度)
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図2 一般診療所の人件費と水光熱費の21年度から22年度にかけての伸び率
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