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兵庫保険医新聞

2024年1月05日(2058号) ピックアップニュース

[会員インタビュー] 性暴力被害 総合的対応が必要
NPO法人 性暴力被害者支援センター・ひょうご 田口 奈緒先生

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【たぐち なお】89年信州大学医学部入学、95年神戸大学医学部産婦人科学教室入局。94年同大学医学部大学院博士課程にてインドネシア、スラバヤ市で妊産婦死亡の調査研究を行う。2013年「性暴力被害者支援センター・神戸」を開設、理事長就任。17年~20年国立研究開発法人(JST)社会技術研究開発センター(RISTEX)の大岡プロジェクト「トラウマへの気づきを高める"人-地域-社会"によるケアシステムの構築」にグループリーダーとして参加

 兵庫県で初めての性暴力被害に特化したワンストップ支援センターとして開設された「性暴力被害者支援センター・ひょうご」。2013年の立ち上げから中心メンバーとして関わってこられた、田口奈緒先生(県立尼崎総合医療センター産婦人科部長)に、その取り組みや性暴力を防ぐための課題について話を聞いた。インタビュアーは大槻智子評議員(東神戸病院副院長・内科)。

患者を診る中センターの必要性感じる
 大槻 センター設立のきっかけを教えてください。
 田口 もともと勤めていた若宮病院で性暴力被害の方を診察する機会が多く、有志の産婦人科医や法医学者、臨床心理士、女性支援団体が集まり、隔月で勉強会を始めました。第三木曜日開催だったので、「さんもく会」という名称で、カウンセラーや警察官、弁護士などにも加わっていただきました。
 そのなかで病院だけでは被害者支援は難しいと、若宮病院がなでしこレディースホスピタルとして移転したのを機に院内に一室お借りし、「性暴力被害者支援センター・神戸」として2013年に、診療から法律相談など総合的に対応できるワンストップセンターをスタートしました。
 ただ、レディースクリニックでは男性や子どもは訪れるのが困難です。そんなとき、県立塚口病院の先生にお声がけいただき、総合病院である塚口病院に14年に移転し、名称も「神戸」から「ひょうご」としました。それから今年で10年になります。
 大槻 先生が目の前の患者さんを診るなかで必要性を感じられたということですね。
 田口 ええ。福島県立大野病院事件で、帝王切開を行った産婦人科医が逮捕され、産婦人科医志望者が減っていた時期だったということもあり、女性の、特に当直をしている産婦人科医が非常に少なくて。夜間に被害に遭って女性医師がいないと、須磨の若宮病院まで、姫路や尼崎からも被害者の方が来られることもありました。
 また、人工妊娠中絶手術を受ける方に事情を聞くと、レイプやDVによる妊娠だったなどのケースをしばしば経験し、性被害で苦しんでいる人が多いことを実感しました。
 被害者の方を次の法律相談や心のケアにつなげるように、特化したチームをつくって対応しないといけないと感じていたところ、日本で初めてのワンストップセンターとして、性暴力救援センター・大阪SACHICOの加藤治子先生に「兵庫県にもセンターを作りなさい」と背中を押されたのです。
 大槻 先ほど、県立尼崎総合医療センター内にある支援センターの部屋を見学させていただきました。平日の9時30分から16時30分まで毎日、支援員の方が電話の前に待機されていて、年間の電話相談が456件、来所が28件あるということでした。性暴力被害は相談が難しく、大変重要な場と感じました。
 田口 「性暴力」は、性犯罪だけでなく、セクハラや性的いじめなども含めた「同意のない無理やりの性的言動」、「性的自己決定権の侵害」をさします。
 現在、公的な相談窓口は非常に縦割りです。DVは配偶者暴力相談支援センター、性虐待なら児童相談所、性犯罪なら警察など「加害者が誰か」で相談先が違い、被害者はどこに相談していいか分からず、分かったときには遅いということが起こってしまっています。これは被害者でなく、社会の問題です。
 現実は性虐待の裏にはDVがあり、親も幼少期から暴力を受けていて...と入り組んでおり、被害者にも加害者にも総合的なサポートが必要で、もっと公的なバックアップが必要と感じています。
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聞き手 大槻 智子評議員


 大槻 ホットラインの応対も経験が必要でしょうから、費用もかかりますね。
 田口 はい、相談を受ける側にも負担が大きく、養成講座、実地研修を経て、支援員となっていただきますが、座学で問題なくても実地研修になるとつらくなる方もおられます。非常に専門的な業務にもかかわらず、設立当初支援員たちは交通費すら自腹でした。会費や寄付で、2年目から交通費が出せるようになりましたが、本当にボランタリー精神で成り立っています。
 本当ならこのような公共性が高いことは県がすべきと思いますが、県からの運営面での財政支援はほとんどなく、どう継続していくかが大きな課題です。
明らかになりにくい性被害の実態
 大槻 性暴力被害にあっても、警察に届け出るのは4割強くらいと、声を上げにくい状況がありますね。
 田口 加害者のほとんどが知り合いや家族で、難しいケースが多いですね。病院に実際来られる相談者の7割以上は子どもで、低学年や就学前の子も多いです。加害者も子どもだと逮捕できませんし、被害に遭った子も意味が分からず、親が悲観されるという状況があります。
 大槻 非常に痛ましいことです。ジャニーズの問題があって、男性の性被害も報じられるようになってきました。
 田口 男性の被害は誰にも言えず、何年、何十年も経ってやっと相談できた方が多いです。子どもや女性は家族や友人の相談も多いですが男性はほぼ100%本人が相談してこられます。それだけ誰にも相談できないのです。
小さい時からの性教育が重要
 大槻 性暴力を減らす対策の一つとして、性教育が重要と感じます。
 田口 私たちも非常に力を入れています。家庭だけに任せるのではなく、学校教育が非常に大事と考えています。
 子どもの被害が多いため、小学校低学年でプライベートゾーンや同意について教えることが重要ですが、このような内容は通常の授業のカリキュラムに含まれておらず、よほど関心が高くないと、多忙な教員は取り上げることができません。授業で必須とすべきです。
 そもそも日本は性教育が非常に遅れていて、授業でどうやって赤ちゃんができるのか、取り上げてはいけないことになっています。必要な情報を伝えない一方、小学生でもスマホを持っていますので、ネットで間違った情報を得たり、ネットで知り合った人に言いくるめられて裸の写真を送ってしまうなどの被害が起こっています。
 大槻 課題が多く、国が改善することが必要ですね。
普段の診療でも被害の可能性意識を
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センターのウェブサイト

 大槻 医療者に期待することを教えてください。
 田口 被害者の方々は、直接被害を訴えなくても、頭痛や腹痛、不眠など身体症状を訴えて、受診される方が多くおられます。開業医の先生は、普段からその人を診ていて家庭などのバックグラウンドをご存知なので、「この先生になら」と被害のことを話してくれるケースがあります。高齢者の性暴力被害もあります。聞く側がまさか、と可能性を排除せず、話を聞いて「よく話してくれたね」と次につなげてほしいです。
 大槻 仰らないだけでつらい思いをされてる方は多くおられるということですね。
 田口 どこにどういうタイミングで話していいかわからないのです。私たちは医療者向けの研修も行っていますので、協会でも開催を検討していただけたらと思います。
 また、学校健診などを通じて、「プライベートゾーンはお医者さんには見せてもいいけど他の人にはだめ」など、プライベートゾーンや同意について実践的に知らせることも重要だと考えています。
 大槻 最後に、これからの目標を教えてください。
 田口 現在「トラウマインフォームドケア」の調査研究を行っています。これはアメリカで90年代から広まった概念で、皆がトラウマを持っているとして対応するという考え方です。調査の中で程度の差はあれど、産科病棟に入院中の患者さんは皆、病気になったことに申し訳ないという気持ちを抱えていることがわかりました。このことから患者さんに安心してトラウマ体験を話せる場を創ることの大切さを学びました。
 今後は出産後の女性のケアだけでなく、在宅医療や総合内科、緩和ケアなども勉強したいと思っています。
 大槻 まさにホスピスの語源であり、医療者が理想とするところですね。
 田口 私がはじめて性暴力被害者への医療について研修を受けたとき、講師の先生が「性暴力被害者にとって良い医療はすべての人に良い医療」と言っておられました。
 つらい話を心理的に安全な環境をセッティングして聴くこと、診察の目的を相手の理解に合わせて伝え、嫌になったらやめるからいつでも言ってと断るなど、誰に対しても必要なことだと思います。
 大槻 誰でも自分の大事にしているところをさらけ出して診てもらうことに勇気が要ります。私も意識して日々の診療に臨みたいと思います。ありがとうございました。

【NPO法人性暴力被害者支援センター・ひょうご】
性暴力被害にあった人たちに寄り添い、本人の意思とペースを尊重しつつ、心理的、医療、法的、生活など必要な支援へつなげ、性暴力被害者への行政・民間の支援を有機的に結びつける役割を担う。ホットラインや面接・付き添い支援・メール相談などの直接支援事業のほか、支援員の養成・研修、学校や行政・医療機関への講師派遣、他の支援団体・センター等との交流連携事業を行っている
同団体への寄付は
郵便振替口座 00950-4-274165 性暴力被害者支援センター・ひょうご、他行からは
ゆうちょ銀行 店名:四三八 普通 9407238
特定非営利活動法人 性暴力被害者支援センター・ひょうご
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