2024年4月25日(2068号) ピックアップニュース
特別インタビュー
能登半島地震 「訪れて初めてわかる」関係の大切さ
石川県七尾市 ねがみみらいクリニック 根上昌子先生
女性支援と栄養が課題
広川 2月11日に短時間お伺いして(本紙第2064号・2024年3月15日号)、今回、2度目の訪問です。本日は詳しくお話を伺いたいと思っております。地震から3カ月近く経つ中で、現在の被災地での課題や根上先生の取り組みについて教えていただきたく思います。根上 課題は大きく二つ、女性支援と栄養と考えています。
地震の後、いろんな避難所を訪問するなかで、食事の準備や病人の世話は女性の仕事とされているところをしばしば目にしました。力仕事や女性被災者への相談対応など男女の特性が求められる仕事もありますが、それ以外は「これは女で、これは男」とジェンダーで役割を決めず、お互いに協力しあった方がいいと感じています。また、生理用品や下着、おりものシートなど女性たちに不便なことがあれば解消していく必要があると考えています。
避難所の統合が進む一方、奥能登ではまだ断水が続いており大変な状況ですので、この視点で避難所を訪問し、必要なものを届けるようにしたいと考えています。
また、性被害やDV被害等の悩みが話せるよう、クリニックの2階は交流スペースとして開放し、ボランティアの方に常駐していただいています。また、看護師やボランティアなど支援者も被害に遭う可能性がありますので、防犯ブザーと笛をセットにしたものをボランティア村にお渡ししています。
広川 ブザーと笛を渡すのはとても具体的ですね。
根上 実際に防犯ブザーを身につけているとそれが周囲への意識喚起になりますし、万が一、建物が倒壊した場合などに助けも呼べて役立ちます。
もう一つの栄養についてですが、災害食は炭水化物に偏ります。ビタミンB群が不足すると、セロトニンやドーパミンが減少して不眠や集中力が低下し疲れやすく、疲れがとれずGABAにも影響して、イライラして不安になり、性暴力やDVも起こりやすくなります。このため、避難所に適切なサプリメントを配ったほか、支援する側にも必要と市役所などにもお届けしています。
広川 阪神・淡路大震災の際に栄養調査を行いました。「皆同じ弁当を配っているのになぜ必要なのか」という意見もありましたが、栄養士の方にチェックしてもらうと、1日の摂取が300~400キロカロリーの方がいることもわかり「生野菜は難しいが、せめて野菜ジュースを1日1本とれれば」とアドバイスをもらったりしました。
根上 私もそうおすすめしています。地震直後は私自身も、また地震が来て家が崩れるんじゃないかと不安で、食べようと思えませんでした。
広川 女性支援と栄養の視点は、とても大切とわかりました。
現場を訪れる大切さ
聞き手 広川恵一顧問
根上 連絡網や対応の仕方の周知など災害時への備えが必要だと痛感しました。地震翌日2日に当番医だったのですが、医師会も休みで連絡がとれず、断水しており、心細いなかで診察せざるをえませんでした。当院は備蓄の水で何とか対応できましたが、給水車に並んでも水が手に入らなかった医療機関もあり、当番の医療機関には優先的に水を分けてほしいと市役所に連絡しても、できないと言われてしまいました。後に市から医療機関はDMATが窓口だったと教えられましたが、それも分からない状態だったのです。
今後も、必ず日本のどこかで地震が起きますので、水が出ているか、どこで給水されるのか、診療ができる状態かなど、情報を共有し、対応するシステム整備が必要と感じました。
広川 災害に備えた想定が必要ですね。
災害時には現地の状況やニーズの把握が必要です。足を運ぶということが重要と考えます。阪神・淡路の時、電話では「大丈夫、不足はない」と言われていた医療機関を訪問すると、診察室天井からの水漏れのため、廊下で診療し、舌圧子を割りばしで使われていたところもありました。そして心理的な受診抑制がありました。
根上 本当に実感します。避難所でも皆、大丈夫としきりに口にされますが、「やっぱりだめだよ、病院行かないと」と言うと「そうかな」となりました。訪れて初めてわかることが多く、コミュニケーションの大切さを痛感しました。
私自身も地震の恐怖を感じながら過ごしている中、「みんな大変だったよね」「がんばろうね」と言いながら外来も行っていて、皆さんに教えられ、救われていると感じています。
広川 教える・助けるの関係ではなく、大変なもの同士、フラットな目線で相互関係を大事にされていること、すばらしいと思います。
深刻な医療過疎と郵便局活用の試み
根上 慢性的な医師不足の上、今回の地震を機に閉めようというクリニックもあると聞きます。能登北部・能登中部と医療圏が分かれている奥能登地域ですが、このままでは医療圏を一緒にしないと成り立たない可能性があるのではないかと思っています。すると巡回診療が大事になってくると思うのですが、そのマンパワーがあるのか、大変厳しい状態です。
広川 深刻ですね。
むかし、無医村地区で、公民館を使った出張診療所で診療したことがありますが、実に地域の人の拠りどころになっていました。青森県では、大竹進先生(青森県保険医協会前会長)が無医村・佐井村にクリニックを開設し月1回診療されていますが(本紙第2058号・2024年1月5日号新春インタビュー)、このような取り組みもヒントになるのではないでしょうか。
根上 そうですね、実は定期的に受診する患者さんの中には山を越えた七尾市の最東端の遠方の過疎地域から来られる方がいます。
県内では私のクリニックより東側は医療機関も薬局もない状況です。冬になれば道中の山に積雪もあり、過疎地の地域医療のために郵便局でブースをつくり、そこでオンライン診療を受けられるという試みを総務省と行っていました。地震があり総務省からは「こんな事態なのでやめましょうか」と言われましたが「今こそ大事なとき」と予定の2月まで継続しました。郵便局は各地域にあり、近隣に住んでいる人のことをよく分かっています。工夫をしながら、受診しづらい地域の方々に医療を届けたいと考えています。「公民館でも」との話がありましたが、郵便局の人は個人情報の扱いを心得ているので、それも重要です。
危うかった志賀原発原発は廃炉に
広川 今回の地震では原発の危険性も改めて明らかになったと思います。福島の事故以来、志賀原発は13年間停止しており、使用済み核燃料の温度が下がっていたことが幸いでした。根上 そうです。志賀原発周辺の土地が隆起しており、原発敷地内も報道以上に被害があったのではないかと思っています。地震で甚大な被害があった珠洲市にも原発をつくろうという計画がありましたが、住民らの反対で中止になりました。患者さんにこの計画に反対していた方がおられ「自分たちのやったことは間違いでなかった」と言っておられました。福島第一原発事故という、あんな悲しい事故も起こしたのになぜ日本は原発をやめないのかと思っています。人口の少ない半島の端にばかり原発を建設し、決して東京など大都市には作らないのは、やはりそれだけ危険ということでしょう。
広川 福島事故以来、政府は原発を再稼働させようとしていますが、それでも再稼働したのは54機中10機です。地震に対する原発の脆弱性が明らかになったいまが廃炉にできる大きな機会だと感じています。
根上 本当にそう思います。
広川 最後に、兵庫県の協会会員へ一言お願いします。
根上 阪神・淡路大震災を経験した震災の先輩の皆さまは非常に大事な存在で、お話しすれば同じ気持ちを共有でき、皆様のこれまでの取り組みや記録が積み重なり、私たちはゼロでなく、その積み重ねの上からスタートできていると、感謝の気持ちを持っています。
広川 ありがとうございました。