2024年10月25日(2084号) ピックアップニュース
特別インタビュー 兵庫からいのち輝かせよう
赤穂市民病院名誉院長 邉見公雄先生
【へんみ きみお】1944年生まれ。69年京都大学卒業、京都大学医学部附属病院第二外科医員などを経て、79年赤穂市民病院外科医長、87年同病院病院長、2008年公益社団法人全国自治体病院協議会会長、09年赤穂市民病院名誉院長、18年全国自治体病院協議会名誉会長。一般社団法人全国公私病院連盟会長、一般社団法人日本専門医機構理事。その他、国・県・自治体等多数の要職を兼任
医師を増やし偏在解消のため必要な県の取り組み
邉見 私は医師の偏在は、4大偏在だと思っています。地域偏在は言うまでもないですが、標榜科、総合医と専門医、病院と診療所にも偏在があります。とりわけ地域偏在は、もう少し規制的な手法を導入するべきだと思います。
私が会長を務める全国公私病院連盟で主催した第34回「国民の健康会議」では、横倉義武日本医師会名誉会長や山口郁子認定NPO法人ささえあい医療人権センターCOML理事長らを招いてシンポジウムを行いました。その際に「警察官も教員も若いころには、僻地の駐在所とか、分校に赴任する。なぜ、医師にはそうした制度がないのか」という率直な質問が参加した市民から出されました。これはもっともな疑問だと思います。アメリカでは州が、ヨーロッパでは主に学会が、医師の配置について差配しています。日本では長らくプロフェッショナルオートノミーが言われてきましたが、今やプロフェッショナルエゴイズムになっているのではないかと危惧します。
藤末 現在、地域医療支援病院の管理者になるための要件に医師少数区域での勤務経験が求められますが、それを拡大するとしています。
邉見 現場を見ていない対策だと思います。今の若い医師は病院の管理者になりたいなどとは思っていません。ですから、何のインセンティブにもならないと思います。他にも、AIの導入や特定看護師を10万人に増やすということも言っていますが、こちらも実現性がないと思います。
大澤 偏在の解消で言うと、私たち兵庫民医連で30年前に但馬に診療所を開設しました。そこに派遣した医師は、その土地が気に入り、やがて豊岡で開業、その後も続いて計3人が開業しています。やはり都会でなくとも、実際にそこで診療をしていれば、その土地や人の魅力に気づき、そこでずっと診療することを望む医師は出てくると思います。
邉見 その通りです。これまでの医師は、へき地で診療を行った経験がない者がほとんどです。本来は、医学部教育で経験させなければなりません。初期研修も大学病院が中心になっています。こうした医学部教育を見直さないといけません。兵庫県は医師少数区域、いわゆるへき地での診療の魅力を若い医師に伝える努力をこれまで以上にしていただきたいと思います。
地域の実情に合わせた病院再編を
藤末 医療分野における県の重要な役割の一つに地域医療構想の策定とその推進があります。兵庫県の地域医療構想についてはどのようにお考えですか。邉見 そもそも、国の地域医療構想の考え方がおかしいと思います。424の医療機関が統廃合の対象として厚労省に名指しされました。しかし、実際に厚労省の担当官に聞いてみると、現地を見ていない。私は実際に、そうした地域に足を運んできました。そうするとやはりどうしても統廃合できない病院もあります。
たとえば、天草地方の五つの病院は、地図上の直線距離だけ見れば非常に近いと思われますが、実際には、海岸線が入り組んでおり、とてもではないが統合できません。また、徳島県にある徳島県鳴門病院も名指しされましたが、実際には手指の障害・外傷に対する手術では、全国的な実績がありますが、それが反映されておらず、統廃合の対象とされてしまいました。厚労省が地図と数字だけで統廃合を決めているのは大きな問題です。
兵庫県内で、私がかかわった計画でうまくいった例としては県立丹波医療センターが挙げられると思います。県立柏原病院と柏原赤十字病院の統合でできた病院ですが、日本赤十字社には各都道府県に支部があり、支部長は、それぞれの知事が務めています。一方の県立病院は当然、開設者は知事なので、そういう意味でもスムーズに統合できました。それまで、この地域では、小児は北播磨、脳外科・交通事故による多発外傷は神戸や阪神北医療圏まで行っていました。今では、そうした患者を診ることができるようになりました。
西山 三田市民病院と済生会兵庫県病院の統廃合は問題になっています。
邉見 この問題は、地域の変化をきちんと見ないといけません。バブルの時に三田市は日本で一番若年人口の割合が大きな市で、非常に立派な市民病院を作ったのですが、ニュータウンに住む人が高齢化して医療の需要も変わってきました。新病院は神戸市に建設されるので、ニュータウンに住む人が反対するのは分かります。しかし、昔から三田市に住んでいる人は神戸市の北区も同じ有馬郡だと思っているから、それほど強い反対はありません。いずれにしろ、三田市長選の主要な争点になってしまったことが問題です。今の市長が明石の泉房穂前市長の支援を受けて、白紙に戻すという公約で当選してしまった。しかし、結局は三田市民病院の8割の医師が統合しないなら辞職すると言い出すまでの事態に発展し、結局統合を進めることになってしまった。きわめて無責任な選挙目当ての公約だったことでより市民が混乱し、対立が生まれてしまいました。
大澤 三田市民病院もそうですが、統合で病院がなくなってしまった地域には何らかの医療機関が必要だと思います。
邉見 診療所でもいいから医療施設を残さないといけません。その点、川西市立総合医療センターはうまくやったと思います。急性期を回そうと思うとそれを受ける回復期が必要です。旧市立川西病院の跡地には回復期機能をもつ民間病院が移転開業する予定ですし、それに先駆けて、川西市応急診療所ができています。こういう対応をとれば、地域住民も安心できます。
藤末 病院の統廃合により、都市部であらゆる医療を提供できる大病院ができると周辺の民間中小病院は中々苦労するとの声も聞きます。
邉見 都市部では問題も多いです。現在整備中の西宮総合医療センターなどは、地域の病院が、患者が新病院に行ってしまうと戦々恐々としているのは事実です。都市部で新たに病院統廃合する際は、地域の病院と機能のすみわけをしないといけません。
但馬地域でのドクターヘリ運航と米軍の影
大澤 兵庫のへき地医療の代名詞でもある但馬地域ですが、いかがでしょうか。邉見 豊岡病院ではドクターヘリ運用がうまくいっています。但馬は東京都と同じ面積に東京都の100分の1の人口の人が住んでいます。どうしても、密な医療提供体制は取れないので、ドクターヘリが活躍し、年間2000回くらい出動しています。
ただし、問題もあって、米軍基地があるので、Xバンドレーダーに引っかかると撃墜されてしまいます。かといって、Xバンドレーダーを避けて飛んでいては30分以上ロスしてしまう。私が責任者として、米軍の司令官に交渉しましたが、「一人の命と、国の安全どちらが大切なのだ」と言われてしまいました。今では改善されているようですが、大きな問題だと思います。
大澤 在日米軍の負の影響が兵庫県の医療にもあるのですね。県としては、国とも連携をとって、そうした米軍の態度を正さなければならないと思います。
新自由主義と決別し県民の医療費負担軽減を
大澤 ここまでは医療提供体制の話でしたが、コロナ禍でその必要性が改めて注目された公衆衛生やこの間充実してきた自治体による子ども医療費助成制度等についてはいかがですか。邉見 公衆衛生についていえば、やはり保健所がその中心です。それが新自由主義的政策によってこの間、減らされてきてしまった。大阪市では、維新の会の政策もあって、大阪市内の保健所を1カ所に統合してしまいました。結果、当初はPCR検査も満足にできず、一時期大阪では、コロナによる死亡者の割合は、インドと同程度になってしまった。やはり、新自由主義とは決別して、医療や教育を重視する政治が必要だと思います。
自治体による医療費助成制度ですが、子ども医療費助成制度が充実してきたことは良いことだと思っています。しかし、国の政策により高齢者の医療費窓口負担は引き上げられ続けています。医学の発展などで寿命が延びて、いわゆる健康寿命との差が開いています。この期間、高齢者の収入は基本的には年金とそれまでの蓄えだけですから、医療費窓口負担を支払えない方が増えていると思います。やはり、自己負担を減らしていかなければなりません。そうしてこそ、私が常日頃から提案しているように日本の国民皆保険制度は世界文化遺産とされるでしょう。
大澤 国民皆保険制度を世界文化遺産にするというのは大変すばらしいアイデアだと思います。
私も、県知事予定候補として、国民皆保険制度を世界文化遺産にできるように、自治体としてできることをしていきたいと思います。本日は、非常に示唆に富むお話をありがとうございました。
邉見 私たちの仲間である医師が知事選挙に挑戦されることは意義のあることです。期待していますので、ぜひ、頑張ってください。