2025年1月05日(2090号) ピックアップニュース
特別インタビュー・能登半島地震1年
「住み続ける権利」保障のため行動を
金沢大学名誉教授 高齢期運動サポートセンター理事長 井上 英夫
【いのうえ ひでお】1947年埼玉県秩父市出身。早稲田大学法学研究科博士課程、茨城大学人文学部助教授を経て、金沢大学法学部教授。日本社会保障法学会代表理事、厚労省ハンセン病問題検討会委員長、最高裁ハンセン病特別法廷問題有識者委員会座長、などを歴任。社会保障法、福祉政策論、人権論。『住み続ける権利 貧困、震災をこえて』(新日本出版社)、『医療・福祉と人権』(旬報社)、『生きたかった-相模原障害者殺傷事件が問いかけるもの』、『いのちを選ばないで-やまゆり園事件が問う優性思想と人権』(大月書店)など編著書多数
地震と豪雨で大きすぎる被害
井上 はい。倒壊家屋の撤去、道路整備などが遅れ、復旧からは程遠い状況が続いています。
私も金沢市におり、足が悪くてなかなか直接被災地に足を運べていないのですが、10月31日に門前町深見地区(輪島市)を訪問しました。地震被害がひどく、加えて9月21日の豪雨・洪水で地震以上の被害が出た地域です。ようやく仮設住宅ができて入居したところで、洪水に襲われたのです。神も仏もないのか、という気持ちになりました。
しかし、強調したいのは、神や仏に頼ったのは江戸時代や戦前の話だということです。現代では住民の人権が保障され、そのために国をつくっているのです。
森岡 災害対策は国の義務であり、保障の責任を負わなければならない、ということですね。特に、避難所や仮設住宅という住居は生活やコミュニティの基盤となるもので、非常に重要ですね。
井上 その通りです。今回の洪水被害については、作られた仮設住宅の4割超が洪水浸水想定区域に含まれていたことが分かっており、そういう意味では人災です。地震後は皆で帰ると言っていましたが、洪水後、もう住み続けられないのではと考える方が増えています。
それでも、住民の方々の住み続けたいという願いは強烈です。10月19日、時事通信は、珠洲市大谷地区の住民の声として「ここに住みたい人がいる限り、支えてほしい」「住み続けるには何が必要か考えてほしい」という地区区長らの声を紹介しています。
森岡 福島でも感じましたが、故郷への思い、生業がなければ生きていけないという思いが、非常に強いですね。
井上 ええ。阪神・淡路以来、私は被災地に足を運び、その惨状を目の当たりにして、「住み続ける権利」を提唱してきました。これは「被災者・地域住民が、どこに、だれと住むか、どのように住むかを自己決定し、自分らしく生き、己の願い・希望を実現することを人権として保障する」ものです。
憲法22条は基本的人権としての「居住・移転の自由」とともに、災害などにより自己の意思に反して居所を移されないという「移転しない自由」をも保障しています。この両者と「住み続ける」ために必要な人権を総合的に保障するのが「住み続ける権利」なのです。高齢化の進んだ能登の地域では、特に高齢者の人権保障が重要となります。
国は当事者の声聞き必要な復旧政策を
井上 国による人・モノ・財政の全面的出動がなければ、能登の復旧・復興はありえません。復旧の遅れは、道路の被害が大きいからだと言われますが、東日本大震災後の道路の復旧の速さを思い返すと、人・モノ・金を投じれば、できるのではないかと感じます。
政府は昨年末の補正予算で防衛費を能登半島の復旧・復興費の3倍に増額していますが、災害対策の強化こそすべきです。災害大国の日本の敵は、外から攻めてくるのではなく国内で起こる災害です。
台湾のことが出ましたが、インドネシアについても紹介させてください。2004年のスマトラ島沖地震の後の2010年に私は被災地バンダ・アチェを訪問しました。インドネシアというと発展途上国で災害対策が遅れているというイメージを持ちがちと思いますが、住民の意思を聞き自己決定を尊重した上で減災対策を進めており、その考え方が非常にしっかりしていると感じました。
当事者の自己決定を保障するために国が政策を進めるのが、人権保障の原理原則です。特別なことではないのですが、残念ながら日本では浸透しているとはいえません。
森岡 近代的国家は国民が作ったはずが、日本では国民自身にその意識が希薄で、そこを打破していかないといけません。日本で人権というと「思いやり」となりがちでおかしいと思いますね。
井上 思いやりは「共助」です。仮設住宅でも「国や自治体が与えてくれてありがたい」という封建主義的な意識が人々の中に徹底してしまっています。
よくこれは「日本の国民性」などと説明され、また、「人権意識が薄弱なのは日本に革命がなかったからだ」などとも言われますが、私は違うと思っています。日本人の現在の意識は、権利を獲得しようと運動した人々に対する徹底した弾圧とゆがめられた教育の上に築かれてきたものです。ですから、変えることができ、変えなければなりません。
このことについては、01年のハンセン病熊本地裁判決をもっと広めるべきです。この裁判で、国はハンセン病に対する国民の間の強い差別・偏見から患者を守るために療養所に収容したと主張しましたが、判決は国の隔離収容政策こそ偏見・差別を「作出・助長」したと言っています。
石川県「復興プラン」の見直し求め「提言」
森岡 震災の復興政策として、石川県は昨年6月27日、「創造的復興プラン」を発表しました。兵庫県の「創造的復興」を思い出させます。これに対し、先生が代表となって検討会議を立ち上げ、7月に提言を出されていますね。
井上 石川県の「創造的復興プラン」には、被災者・住民の声・参加が欠落しており、復旧を軽視した内容になっています。医療・介護・福祉等についての見通しも示されていません。
見直しを求めて、提言は「住み続ける権利」を保障するという視点から作成し、県内の方々の賛同を募りました。豪雨被害がこの後加わり、なおさら「住み続ける権利」が重要となっていますが、県の対応は鈍いものです。さらに広げようと現在、全国の人々、団体から賛同を募っています。
森岡 県のプランに「創造的復興」として記載されているのは、観光産業の回復が中心で、マイナンバー活用、ライドシェアなど国の推し進める政策が書かれる一方、大きな被害を受けた志賀原発についての記述は全くなく、とても復興につながるとは思えません。
井上 本来、県は被災者・住民の声・願いを聞いて、その実現のために国を動かさなければならないのですが、全くそうはなっていません。プランは自治体の名前を入れ替えると、全国どこでも通用するような内容です。
石川県は、副知事はもちろん部長、課長クラスまでが旧自治省・総務省等、国の職員の「天下り」です。今回の復興プランも、作ったのは国から来た職員で、能登のことを理解しているとは到底思えません。
自治体は職員数を減らされ、自治の力を奪われているのです。これは病院で特に顕著で、地域の公立病院は医師数、職員数が足りずに統廃合を重ねています。
阪神・淡路後の淡路島や東日本大震災被災地では、統廃合せずに残っていた病院・医療機関が大きな力を発揮しました。地域住民に信頼される地域の病院の役割は大きいのですが、今回のプランにも奥能登の4病院の統廃合が盛り込まれています。
森岡 「創造的復興」というと、阪神・淡路大震災後の神戸空港建設や新長田の再開発のように、大規模開発を災害に乗じて進めるというイメージがありますが、今回は「集約化」やマイナンバーなど国のやりたい政策を進めるための計画という印象です。
先生は、被災地の復興のためには何が必要とお考えでしょうか。
井上 やはり住民が参加し、第一次産業を興していくことだと思います。県や国は観光が復興の柱と言いますが、伝統産業や文化そして観光は第一次産業がしっかりしていなければ成り立ちません。農林漁業をつぶしてきたことをそろそろ反省し、地に足がついた土着の産業を興すための政策が必要です。
国のあり方変えることが義務 「関連死」なくすため行動を
森岡 これから、私たちには何ができるでしょうか。井上 震災を機に、日本の国のあり方が問われており、自治体や国のあり方を変えるということが、われわれの義務ではないかと思っています。憲法12条には、「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」とあります。つまり、人権保障のために声を上げることは、とりわけ被災していない私たちの義務なのです。ここで変えないと、南海トラフ地震等次の地震、災害が来た時にどうしようもなくなります。阪神・淡路、東日本と大きな地震を経験してきた。その経験から学び、今こそ行動に生かしていくことが必要です。
森岡 阪神・淡路では、多くの被災者が立ち上がり、被災者が元通りの生活ができるような「人間の復興」を、と声を上げ続けてきました。協会も「阪神・淡路大震災救援・復興兵庫県民会議(復興県民会議)」に参加し、当時の合志至誠理事長を先頭に運動に加わってきました。その結果、個人補償はしないとしていた国に、住宅再建費用を支給させる「被災者生活再建支援法」を成立させるなど、大きな前進がありました。
井上 私がこの間の能登の動きで、救いと感じたのは、「能登はやさしや土までも」と言われ、国や自治体に対して物を言わないとされる能登の人々が、昨年10月の衆議院選挙で、現職の自民党議員を落として、立憲民主党の近藤和也さんを当選させたことです。近藤さんは、被災地の現場状況を把握し、被災者の声を受け止め、地に足がついた政治を実現すると訴えていました。この結果、比例復活となった自民党議員も地震対策に全力をあげる、というような発言はするようになりました。
直接は黙ってものを言えない人たちが声を上げる、意思表示をするという点で選挙制度は非常に重要であり、このように声にならない声、怒りを表に出すきっかけを作るのが大事だと思っています。
被災して大変な人々も、投票に行きました。国・自治体を変えるために、皆で選挙権を行使しましょうと訴えたいですね。
森岡 加えて、私たちとしては「提言」に賛同することですね。
井上 ぜひお願いします。
もう一つ、医療従事者の皆さんに訴えたいことは関連死の問題です。震災関連死が12月14日時点で261人となり、直接死228人を上回り、今も増え続けています。これは「医療の恥」ではないでしょうか。
保険医協会はじめ、医療関係者の皆さんが、「健康権保障のにない手」として、必死になって被災地医療を支えていただいていることは、重々承知していますが、もっと声を上げ、「医療保障の充実で新たな関連死をなくす」という提言をするなど、行動してほしいです。保険医協会、保団連には大いに期待しています。
森岡 震災関連死が増え続けていることは大問題です。阪神・淡路被災協会の役員として、また保団連の災害担当理事として、地元石川協会とともに取り組みたいと思います。
先生には、協会も参加する「復興県民会議」が1月17日に開催する「30年メモリアル集会」でも神戸にお越しいただいて、講演していただきます。ぜひ会員の先生方も当日足をお運びください。本日はありがとうございました。
阪神・淡路大震災30年メモリアル集会
災害被害者のくらし再建・人間復興へ住み続ける権利と人権
日 時 | 1月17日(金)13時~16時 |
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会 場 | 新長田ピフレホール(JR・地下鉄新長田駅南) |
記念講演 |
「阪神・淡路大震災30年 備え、伝え、繋ぐ」
室崎 益輝 神戸大学名誉教授 「能登半島地震1年 住み続ける権利・人権」井上 英夫 金沢大学名誉教授 |
主 催 | 阪神・淡路大震災救援・復興兵庫県民会議 (復興県民会議) |
関連行事 |
ひと・街・くらし・1・17
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日 時 | 1月17日(金)9時10分~ |
会 場 |
長田区文化センター3階・大会議室
(JR・地下鉄新長田駅南) |
主 催 | 震災復興長田の会・長田1・17実行委員会 |
お申し込み お問い合わせ |
電話078-393-1801まで |
「住民の住み続ける権利」
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二次元コードから
または電話078-393-1807
協会事務局まで
提言の内容(石川協会HP)
石川県創造的復興プラン